表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

140/300

その138 人の心を壊す敵

 駅周辺を攻めるか。

 ホームセンターを攻めるか。


 この二択に関しては正直、分の良い賭けだと思っていた。


 亮平たちがいるホームセンターには、プレイヤーがいない。

 飢人を、プレイヤー版のゾンビと定義するなら、数の多い方に向かうだろう。

 そういう考えがあったためだ。


 だが、甘かった。


 飢人は確かに、ゾンビに似ている。だが奴らより、もっともっと賢い。

 奴らは、僕を焦らせる方法を知っていた。僕の心を破壊する方法を知っていた。


『兄貴ッ……来た! 襲撃だ。……前より、かなり数が多いぞ』


 奴らは戦力の80%ほどで、ホームセンターの襲撃を企てたのである。


『しかも……しかも、……なんだあれ。信じられねぇ……』

『落ち着け、兄弟。報告は正確に』

『ゾンビだけじゃねえ。あれは、……”怪獣”だッ!』


 亮平が、悲鳴を上げるように喉を鳴らす。


『怪獣? 具体的には?』

『わからん。なんか……でっかいカマキリみたいなやつが、こっちに向かってきてるんだ!』

『カマキリ?』


 アリスがいたら、文句の一つも言っていたところだ。


――おまえ、そんなのまで用意してたのか。昭和の特撮か。


 とか、なんとか。


『大きさは?』

『わかんねー。四メートルくらいか!? すげえでけえ!』


 なるほど。確かに、カマキリ基準では大きい。

 とはいえその体高は、以前見かけたデブ”飢人”より一回り小さいくらいか。


 眉をしかめて、PCを操作する。

 その周辺で人命救助に当たらせていた豪姫の視点を見るためだ。


 そいつの姿は、すぐ画面に表示された。

 自律行動を命じていた豪姫も、その姿に目を奪われていたらしい。


 僕は、無線機に口を当て、一言一言、冷静に言った。


『……今からでも、逃げることはできるか?』

『すまん。無理だ』

『――ペットの件か?』


 だとするとまた、説教に時間をかけることになる。

 すでに亮平たちには、もしもという時の心構えについて、納得してもらっている手筈だ。


『いや。そういうことじゃない』

『では、どういうことだ』


 万が一の場合に備えて、この辺りのゾンビは、みんな掃討しているはず。

 すでにこの三日で、仲間たちのためのセーフハウスを用意してあった。

 もしホームセンターが危なくなったとしても、そちらに逃げ込めば安全なはず。


『あの、カマキリのやつ……! 空の上から、ゾンビをばら撒いてやがるんだ』

『は?』

『だから、ゾンビを! 爆撃機が、爆弾を投下するみてーに! あっちこっちに……あ! また……!』


 豪姫の視点に注意を移す。

 すると僕の見ている前で、カマキリの怪獣が、その羽根を広げ……、


 ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!


 猛烈な土煙を上げながら、空中へ飛び立った。


 巨大な虫がそうしているのは、……かなり、生理的にクる光景だ。特に、僕のような虫嫌いの人間にとっては。


 それに、物理の法則に反しているようにもみえる。

 あの質量の動物が空中を飛ぶのはたぶん、普通じゃない。何らかの、超常現象じみた力が働いているのは間違いない。


 カマキリの姿をよく見ると、その身体にしがみついているゾンビが確認できた。

 やつらは任意のタイミングでその手を離し、――ぼろぼろと街のあちこちへと落下していく。


 ゾンビたちはそれぞれ、落下のダメージで全身の骨を砕きながらも、よろよろと立ち上がり、ホームセンターへ向かって歩き出す。


「なんという……」


 言葉を失う。

 肉体のダメージをほとんど無視できる、ゾンビでなければ考えられないやり口だ。


 決して僕も、油断していた訳ではない。

 だが、やつらがこのレベルの”作戦”を組むとは、想定できなかった。


 もはやすでに、亮平たちが逃げられるような脱出経路はない。


『すまん、兄貴。俺たち、前と同じく……ホームセンターの地下へ逃げるよ』

『そうしてくれ。しっかり戸締まりするように』


 喉を鳴らしながら、僕はいったん、この辺り全体のゾンビ分布をチェックした。


――航空公園のコミュニティは……。


 観ると、当然のようにそちら側にも、ゾンビの襲撃が行われているのがわかった。

 奏さんたちはすでに、戦闘中。

 恐らく、連絡を取り合っている余裕はないだろう。


 眉間を揉み。眼鏡の位置を直す。


 僕はまず、指の体操を行いながら、――使役下においたゾンビたち全員に集合をかけた。

 その後、よし子に声をかけ、ありったけの食糧を部屋に持ち込むよう、命じておく。……魔力切れが発生しても、口の中に食い物を詰め込めるように。


 このゲームのルールは、単純だ。


――王将(ズスラン)の位置を特定する。そして、殺す。


 そうすれば、あっという間に敵陣は崩れるだろう。

 ゾンビどもはみな、”飢人”の命令に従っているだけにすぎない。

 頭脳さえ奪えば、あとは四散するだけ。


 遂に。

 ……遂に、この所沢の支配権を決する戦いが始まろうとしていた。


 人間か、飢人か。


『ソレト、アト。……メイドロボノ命運モ、カカッテマス(>_<)』


 よし子の軽口が、微笑ましい。

 すでに僕たちは、完全なコンビネーションを完成させている。

 求めに応じて食事を口に運び……トイレに行きたくなったらペットボトルを用意する。


――まさかこの僕が、本格的なペット()ボトル()の中に()用を足()す人になる日が来るとはな。


 なるべく、そういうことにはならないことを願っているが……真のヒーローは時として、人に見えないところで足掻くものである。


「まず、消耗戦になる。やろう」


 決戦の火蓋は、カマキリの怪獣が行った。

 周囲を飛行していたヤツが、遂に、――ホームセンターに向かって、跳びだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] シリアスとギャグのせめぎあいが楽しい! それにしても、ゾンビを操作する引き篭もりのヒーローか。 なんか、良いっす!
[一言] 勝利の為には尊厳など些細なこと......か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ