その12 足場固め
その後、僕は、ラーメンとおにぎり、サラダ類を片っ端から胃の中に放り込むと、再びPC前に座り込んだ。
「そのパソコンで……”ゾンビ”を操作するのか」
「そういうことだ」
「へー」
モニター上には、赤点が蠢く近隣の地図が表示されている。
僕は、家から少し離れた位置にある緑の点をクリック。――最初に警官”ゾンビ”を発見したのに使った個体の視点に移る。
通勤ラッシュの時間帯が過ぎたためか、通りを歩く”ゾンビ”の数はかなり少なくなっていた。
その中から僕は、新たな相棒となる”ゾンビ”を吟味する。
「すげー、……よくできてるな、それ。本当に兄貴が操作してるのか?」
「ああ」
「それで、ここに食糧を運ばせてきたって?」
「ああ」
「その結果、兄貴は一生引きこもる羽目になっちまって」
「ああ」
「食糧は全部、近所のあのセブンイレブンから?」
「……ああ」
僕は顔をしかめて、
「わざわざ同じ質問を繰り返すなよ」
「だっていや、その……びっくりじゃん。ちょっと信じられなくてさ」
気持ちはわからんでもないが。
「それにもし、――その力を自由に扱えるならさ。人助けだって、できるかもしれない」
「人助け……ね」
まあ、必要ならそれも、視野に入れていいかもしれない。
――”プレイヤー”って連中がいてな。そいつらは基本、生き物を殺したり、人に感謝されるなどして経験値を稼ぐ。んで、レベルアップして、強くなっていくわけよ。
アリスは確か、そう話していた。
つまり”人助け”も重要な経験値稼ぎの手段だということだ。
まったく、訳がわからない。
世界に”ゾンビ病”をばらまいておいて、彼女は我々に、お互い助け合うことを求めている。
「それでさ、もし余裕があるなら、まずは”ネイムレス”のみんなを助けられないかなって……」
僕は、しかめ面で頷いた。
「そうだな……――」
天宮綴里。
神園優希。
そして僕と弟を含めた四人はかつて、”ネイムレス”というストリーミング集団だった。
主な活動内容はゲームの配信。――それもいわゆる”ゲーム実況者”という括りの中ではわりとハイレベルなプレイを提供するチームである。
とはいえいま、僕と彼女たちは諸事情あって、喧嘩別れしてしまっているのだが……。
「もちろん、そうするつもりだ。しかし残念だが、世の中全体がこの状況だ。二人が生きているとは限らない」
「でも……っ!」
「わかってる。最善を尽くす」
うなずきながら、内心、僕は二人の無事をほとんど諦めていた。
単純に、確率の問題、である。
こんなふうに世界中が死人に溢れていて、あの二人だけが都合良く助かっているとは思えない。
「だがその前に、我々は足場をしっかりと固めておかなければならん」
「具体的に、どうする?」
「食糧の確保、武器の確保」
それと、レベル上げ。
「……武器、か」
「それで、悪いんだが亮平よ。我が家にあるもので、武器になりそうなものを片っ端から集めてくれないか。――それと、残った食糧はちゃんと冷蔵庫にしまっておくように」
「わかった」
そう命じてやると、弟はさっさと部屋を出て行って、家中を探り始めた。
僕は引き続き、強い”ゾンビ”が通りがからないかモニターを睨む。
「優希と綴里、か……」
二人が無事、仲間になってくれればどれだけ心強いだろう。
こういう時こそ、――少しでも信頼できる相手が必要だ。
せめて、どちらか片方だけでも生き残っていてくれれば、いいのだが。
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その後、弟が家中を探って持ってきた武具は、
使い古された金属バット。
『洞爺湖』と彫られた木刀。
料理用の包丁各種。
草むしり用の小さな鎌。
焦げ跡の残ったフライパン。
父愛用ののゴルフクラブ一式。
花壇を作る時に使ったショベル。
新品同様のトンカチ。
以上。
「まあ、一般家庭で見つかる武器となると……この程度が関の山か」
「これでも結構、がんばったんだぜ?」
「わかってる。ありがとう。亮平」
すると弟は、「てへへ」と、この男にしては可愛げのある笑い方をした。
「そういや、先の尖った出刃包丁が一本、見当たらないんだけど。しらない?」
僕は、それを使って弟の脳みそをこねくり回したことを思い出し、視線を逸らす。
「それなら、僕が持ってる。……護身用に」
「ああ、そうだったんだ」
「何にせよ、これだけ武器があれば事足りるだろう」
話題を変えて、僕は今後の作戦を伝えた。
「まず、亮平。お前、塀の上に昇ることはできるかい」
「そりゃ、できるけど。ハシゴを使えば」
「では、そこから”ゾンビ”どもを引きつけてもらいたい。声を上げたり、挑発したりして」
「マジかよ。それは、――」
そこで言葉を切って、
「いや、できる。やらせてくれ」
「よし。では連中がお前に夢中になっている間に、僕が操作している”ゾンビ”に武器を投げ渡してくれ。僕はそれを使って、連中を背後から仕留めていく」
「おう」
弟は神妙に頷く。
「でも、……兄貴の方はどうだ? ちゃんと準備できてるのか?」
「もちろん。たったいま、手駒が揃ったところだ」
でなければ、わざわざこんなことを言い出したりはしない。
弟が作業している間、すでに僕の手元には十分な戦力が揃っていた。
とはいえその際、少々意外な出会いもあった、が。