その137 三日後…
例の、巨大な”飢人”を倒してから、三日ほどが経過した。
その間、なにも変化が起こらなかった訳ではない……が。
何よりまず言えるのは、――僕と、恐らくは三姉妹にとってこの三日間は、かなり焦れったい日々だったということだ。
なにぶん、スズラン側に動きがない。
それならこっちから打って出てやろうかとも思ったが、どうもスズランの奴、――前までいた拠点を出て、いまはどこかに隠れ潜んでいるらしい。
こうなってくるともう、お手上げだった。
――もっと、早く始末を付けるべきだったか。
と思っても、元の木阿弥。
現状、使役下にいるゾンビを広く展開させ、スズランの姿を探す他、やるべきことは消えてしまっている。
亮平たちのグループと、航空公園のコミュニティ。
そしてもちろん、僕自身がいる周辺の治安。
この辺を守護しつつ、あれやこれやと動くのは、寝る間を惜しむ忙しさだった。
▼
なお、ここで、前回の”飢人”との戦いで取得したスキルを紹介しておく。
レベル:18
《死人操作Ⅹ》《飢餓耐性(強)》《拠点作成Ⅲ》《武器作成(上級)》
なお、スキルの詳細に関しては、以下のようになっている。
《拠点作成Ⅲ》
――拠点『先光家・邸宅』を性能が向上します。
――拠点内の電力が強化されました。(35Aまで)
――拠点内の水道水は、常に浄水された状態で使用可能です。
――拠点内に留まる仲間を登録可能になりました(5人まで)
この能力に関しては正直、「うん……そっかあ……」という感じ。
電化製品を気兼ねなく使えるようになったことは嬉しいが。
と言うわけで、残ったスキルを全て、《死人操作》に割り振ることにする。
『《死人操作Ⅸ》を確認。新たな能力がアンロックされます。
・使役下においた”ゾンビ”を特徴付ける、何らかのスキルを付与しました。』
『《死人操作Ⅹ》を確認。新たな能力がアンロックされます。
・使役下のゾンビの知能が向上します。
チャット機能を利用した会話が、僅かにスムーズになりました。
また、”自律行動”が可能になりました。
これにより、あなたは使役下のゾンビに対して、単純な命令が可能になります。』
以上、二つの能力が、当たりか外れか。
それは、今のところははっきりわかっていない。
いろいろと実験しがいのあるスキルではあるが、のんびり検証していられる暇もなかったのだ。
『①”飢人”を探せ。
②人助けをしろ。
③敵対するゾンビを殺せ。』
僕が命じたのは以上、三点の命令。
”自律行動”を行うゾンビたちは、それぞれの判断で仕事をしてくれている。
この能力はかなり便利で、すでに十数人ほどの人命を救っていた。
だがそれでも、事故がない訳ではない。
すでに僕は、仲間にした個体のうち、”足を悪くした老人”を失っている。
理由は不明だが、どうやら、救助した一般人の反撃に遭ったらしい。
普通の人にしてみれば、僕が使役するゾンビたちはただの”敵”だ。脅威は排除せねばならない。そいつが反撃してこなかったとしても、いつ気が変わるかはわからないのだから……。
いずれにせよ、仲間を失ったのは大きな痛手となった。
特に”老人”は、《風系魔法Ⅰ》を使える唯一の個体だ。
恐らくだが、”飢人”との決戦でも役立ってくれただろうに……。
▼
『――こっちは、そういうカンジだ。そっちのホウは、どうだ?』
ツバキの口を借りて、情報共有。
『こっちも、変化なし、でし』
視界は開けていない。目隠しをされているようだ。
『それ、ホントウ、だろうな?』
『嘘を吐く意味、ないでしょ。今んとこあちしたち、目的だけは一致してるんだから』
奏さんの、ため息交じりの返答が聞こえる。
『イチオウ、アタラしいルールをカクニンするぞ。コウクウコウエンは、キミたちが、まもる』
『ん』
『それイガイのバショは、ボクがまもる』
『そうね』
『そういうことだから。よろしく』
『はいはい……』
そうしてしばらく、ごそごそと布ズレの音がして……視界が開けた。
どうやら、目隠しを取ってくれたようだ。
カナデさんの顔のどアップが、PCモニター上に表示される。
『それと、もう一つ。あちしたちは、協力し合わない。助け合わない。どちらか片方が苦しいことになっても、放っておく。……いいでしね』
『うん』
それが、僕と彼女たちの新しい取り決めだった。
――馴れ合うことはない。
――しかし決して、避難民を傷つけない。
この条件で、意見は一致している。
『ちなみにキミは、スズランのコウドウを、どうミている?』
『決まってるでし。絶対勝つために、戦力を整えてるの』
……だろうな。
僕もそう思う。
アリス曰く、彼らは”知能の高いゾンビ”とでも呼ぶべき存在らしい。
それはつまり、精神の根っこのところに、昆虫じみた執拗さがある、ということ。
必ず何らかの、一手を打ってくる。
その結果、自らが死ぬとしてもたぶん、スズランのやつは構わないだろう。
飢人どもはいわば、敵対NPCだ。
奴らを相手取るには、通常の人間とは違った戦略を練らなければならない。
『ところで、カナデさん』
『なんでし?』
『なんで、メカクシを、とったの?』
『いや……べつに………なんとなく』
彼女はなぜか、さっきからずっとツバキを凝視している。
何をしているかは、なんとなく心当たりがあった。
たぶん、僕が使役しているゾンビの眼球運動を調べているのだ。
こちらに関する、何らかのヒントを得るために。
抜け目のない娘だ。僕はすでに、マウスから手を離している。
――この子たちとの”勝負”もまだ、終わってないからな。
やがて奏さんは、再び目隠しを戻して、……対話はそこで、打ち切りとなった。
▼
事態が動いたのはそんな、三日目の夕刻。
世界がオレンジ色の光に包まれた、その頃合いであった。