その136 些細な分岐点
まず、アリスの顔をまじまじと見る。
そして、
「ええと俺、神園優希。……んでこっちは、天宮綴里。よろしく」
頭を下げてご挨拶。
すると少女は、
『うむ。よろしく』
どこかの会社の重役みたいな態度で、鷹揚に右手を挙げた。
「ちなみに俺たち、センパイ……先光灰里の、後輩なんだ」
『ああ。カイリの。どうりでなんか、訳知り顔な訳か』
訳知り顔。
まあ、言われてみればそうかも知れない。
優希は苦笑して、チョコレートのパッケージを剥く。
「それで……ひとつ、お願い事があるんだけどさ」
『ん?』
「俺も、――プレイヤーにしてもらえないか?」
と、そこで、思い出したように綴里も手を挙げる。
「あ、それなら私も」
するとアリスは、ずぞぞぞぞーっと湯飲みを傾けた後、
『えー。どーしよっかなー?』
と、なんだか可愛らしく、もじもじした。
優希は素直に、彼女を拝むようにする。
「おねがいっ。頼むよ。俺、センパイの役に立ちたいんだ」
「うーーーーん。でもなーーーーー。そうするとなーーーーー。いろいろとなー。パワーバランスがなーーーー」
「でも、美空ちゃんたちは三人体制じゃないか」
アリスは、リスのようにほっぺを膨らませた。
どうも彼女、おいしいもので口の中を一杯にするのが好きらしい。
「まあ、あの展開はぶっちゃけ、儂にとっても意外じゃった。あの三人はたぶん、早々に殺し合いを始めると思ってたからなー」
「殺し合い……」
悪意のない表情から飛び出したその台詞に、一瞬だけ固まる。
やはりこの娘、一筋縄ではいかない。センパイの言っていたとおりだ。
優希は、今までの人生経験全てを総動員して、アリスの説得方法を考える。
少々準備不足だが……それでも、千載一遇のチャンスだ。
アリスがこの場所に出入りするのは、今回が最後の可能性もある。
「なあ、アリス。もしなにか……大変な条件があっても、考慮するからさ。頼むよ」
『ふーむ。……じゃ、いいよ』
「君はそういうかも知れないけど、俺たちにとっては、大切な問題なんだ。世の中を救うか救わないかっていう……え?」
耳を疑って。
「…………いいの?」
『うん。おっけー。許す』
アリスは、当然のように頷いた。
『ちなみに、どんなプレイヤーになりたい?』
「えっ。要望にも応えてくれるの?」
『まあ、ものによるけど』
――嘘だろ。チョロすぎる。
確かにアルフォートは美味い。最高だ。チョコレートとクッキーのバランスがすごい。……が、スーパーパワーを授けられるレベルとは。
一人、感心していると、綴里が口を挟んだ。
「それ、私も?」
『んー。……二人かあ。さすがにそれは、ちょっとなあ』
「じゃ、優希か私か、どっちかだけってこと?」
『そうなる』
なんだその、微妙なケチ臭さは。
「……お菓子、もっといる?」
『べつに、チョコレートが足りないから言ってるんじゃない』
馬鹿にされたと思ったのか、アリスはちょっと唇を尖らせて、
『ただ、このたび――灰里のやつにちょいと、迷惑をかけたからな。だからちょっぴり、サービスしてやろうと思ったってわけ』
「へえ。そっか……。センパイが……」
”魔女”に借りを作るとは、――さすが、センパイだ。
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
そんな優希を見て、綴里は実につまらなそうに、
「ねえ、優希。私の前であんまり、メス顔晒さないでくれる?」
「誰がメス顔だって?」
「わかんないなら、鏡を見せてあげようか?」
言いながら、新しいお菓子を引出からとり出し、その中身をひっくり返した。
山盛りになったクッキーに、美男美女が手を伸ばす。
『それで、どーする? そこの、オトコ女か、もしくはそっちの、オンナ男か。”プレイヤー”にしてやれるのは、二者択一じゃぞ』
優希と、綴里。
二人の、目と目が合う。
「……この結論、少し後回しにしてもいい?」
『悪いが、それはできん。儂はこう見えて、忙しいからな』
計らずも、センパイと同じ状態。
アドリブで対応するしかない、ということか。
「うーん。……普通に考えたら、男である私、だけれど……」
「でも、――」
優希は、腕を組む。
「センパイの話を聞くに、綴里だとキツいんじゃないか? だってお前、戦うのとか、苦手だろ」
これまで、綴里と過ごしてきた優希にはわかる。
天宮綴里は、”牙もたぬ者”。先天的に、戦いを回避するタイプの人間だ。
むろん、優希がそうでないとは言わない。
だが少なくとも、綴里よりはましだという自負はあった。
『ああ。それは辛いな。”プレイヤー”は、ほら。戦ってレベルアップするから』
「えー? でもセンパイ、こうも言ってたよ。プレイヤーは、人助けすることでもレベルアップできるって。……そういう意味じゃ私いま、たくさん人助けしてる」
たしかに。
人助けとゾンビ殺し、そのどっちがレベルアップの効率がいいかはわからないが……。
「そのへん、どうなの?」
『状況によって、まちまちじゃなぁ。強敵をやっつけるか、難しいミッションをクリアするか……。どっちにしろ、得られる経験値は大きい』
そういうことか。
「ちなみに、得られるパワーは、どういう類の奴?」
『どういう……って、言われてもなあ。うーんと……』
そしてアリスはまず、優希を指さして、
『奇跡使い』
次に、綴里を指さして、
『奴隷使い』
そう言って、うんうんと頷く。
『……が、それぞれ向いてると思う。……どうする?』
「それだけ? それ以外の選択肢は?」
『いちいち提案するのがめんどうなので、この二択で選んでくれ』
「二つの能力の……説明は?」
『それも、なってみてのお楽しみ、ということで』
人生を左右する選択を”めんどう”の一言で片付けるとは、とんでもない少女である。
とはいえ、他人の気まぐれで生き方が変わってしまう、なんてことは……普通に生きていても日常茶飯事だ。
その点でいうとアリスは、素直なだけ御しやすいのかもしれない。
「ちなみにそれ、……センパイや、……三姉妹の娘たちみたいな、デメリットはあるのか?」
『ああ、それな。それはもう、なしってことで。あいつらは特別枠じゃからの。おぬしらは、普通の”プレイヤー”として覚醒してもらう』
「…………………」
一瞬だけ、綴里と目配せ。
些細なものだが、情報ひとつゲット、と。
今朝の会合の時点である程度は予測していたが、――やはり三姉妹にもそれぞれ、何らかの”普通とは違う”ところがあるようだ。
「それじゃ、今回は残念だけど、私は手を引くよ」
天宮綴里が、両の手を挙げて『降参』のポーズを取った。
『おや? なんで? 気に入らなかった? ”奴隷使い”』
「うん。正直、そんな酷い名前の能力を選ぶ人の気が知れないな」
『あー……たしかに、さいきんはイメージ、悪いよな。”奴隷”ってワード』
「そんな能力選んだら、きっと誰かの手下になるオチだよ。……私は止めとく」
そしてアリスは、最後のクッキーに手を伸ばす。
『そんじゃ、プレイヤーになるのは、そっちのオトコ女の方ってことで……異存はないな?』
「ん。――頼んだ」
そういうことになった。