その131 不調
ロボ子……雛罌粟雪美の行動に驚かされていたのは、美空だけではなかった。
上空からその様子を伺っていた一色奏も、たっぷり冷や汗をかかされている。
――なに、あれ。
とはいえ彼女の隣には、臆面もなくこちらの顔を覗き込む、少年ゾンビがいた。
だから奏は、精一杯のドヤ顔で、
「…………ま、これがあちしの仲間ってわけよ」
ふふんと鼻を鳴らしてみせる。
”ゾンビ使い”は、しばらく口を開かなかったが、
『うん。たいしたものだ』
と、お世辞めいた言葉を口にした。
「降参するなら、いまのうちでし」
『わるいがそれは、こっちの、せりふだ』
「むー……あんた、なかなか強情なやつでしねぇ」
『そっちこそ』
なんだか、意地の張り合いじみてきているが、――こちらにも譲れないものがある。
たぶんだが、相手もそうなのだろう。
奏は深く嘆息して、
「ひとつ、聞いてもいいでしか」
『なんだ』
「おまえにとって……ゾンビたちは、大切な存在、なの?」
すると”ゾンビ使い”は、たっぷり時間を置いてから、
『そうだ』
と、答えた。
『かれらは、ぼくの、てあしだ。きずつくと、くるしい』
身体の一部、か。
そこで奏は、しっかりと”彼”に向き合って、
「それじゃ……、ごめん。前に、あんたの仲間を撃ったこと。謝って済む話じゃないかもでしけど」
頭を下げた。
この”勝負”は、相手に致命傷を与えないという紳士協定がある。
こちらはすでに、その協定を破っていたわけだ。
彼は、しばらく黙り込んで、
『そうだな。たしかに、あやまってすむ、もんだいじゃない』
別に奏は、赦しの言葉を求めていた訳ではない。
それでも内心、哀しい気分になっている。
『だが、きっとこれから、こういうことは、たびたびおこる。……なれていくしかない』
「そうね」
二人、うなずき合って。
『ところで』
「――?」
『この、こどもゾンビだが。ぶじ、かえして、くれるよな?』
「もちろん」
そういうことになった。
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その後、美空とロボ子を回収し、子供”ゾンビ”を地におろした奏は、”移動型マイホーム”をいったん、航空公園のコミュニティ内、――最も背の高いマンションの屋上に着地させて、一息吐く。
この場所を、護る。
今朝、相談して決めた動きだ。
ただ一点、想定外の事態が起こっていた。
ロボ子が……なかなか本調子に戻らないのである。
どうやら”飢人”を始末するのに彼女が使った《必殺剣Ⅹ》とやらは、魔力の消耗がかなり激しい技らしい。
”魔力切れ”を起こした彼女の身体は、いくら食べ物を口に入れても、元通りになることはなかった。
結局、念のため奏が備蓄しておいた食料(軍用レーション)の大半が、線の細い少女の胃の中へと消えることになる。
「これは、――困りましたね」
どこか他人事のように、ロボ子は嘆息した。
「ボディが鉛製になったような気分です。……これ、下手するとコンビニ一軒分くらいの食糧が必要かも」
「ふむ」
マイホームのリビングにて。
だらしなくあぐらをかきながら、奏は唇を尖らせた。
かといっていま、ここを動くわけにはいかない。
敵の襲撃が行われた直後。いま、このタイミングが最も、攻撃を受ける可能性が高いのだから。
「この場所を動かず、大量の食糧を確保する必要がある、か……」
「あの、ロボットのメイドさんを使ってみるのはどうです?」
「うーん。あいついま、頭に矢が生えてるからな。大騒ぎになっちゃう気がする」
悩ましい……。
ウムムと腕を組んでいると、
「そういえば、ミソラはどうしたのです?」
ロボ子がふと、思い出したように言った。
「わからん。なんか変身したまま、ふらっとどっかへ。遠出はしていないはずでし」
「おや。それはどうしたことでしょう」
「しらない。あんたが”飢人”ぶっ倒したあたりから、ちょっと調子がおかしくなってた」
「そう……ですか」
二人、少々間の抜けた表情で見つめ合う。
「すこし、怖い話をしてもいいですか?」
「なんでし?」
「先ほどの戦いの後、……恐らくは”ゾンビ使い”も含めた私たちみんな、連続してレベルアップしました。――そうですね?」
「ん。そうね」
ちょっぴり身を乗り出して、奏は頷く。
まだスキル選びは済ませていないが、先ほどの戦いで3つほどレベルが上がっていた。
「これまでの話を聞いていると、――どうもミソラは、”スキル選び”を行っていないように思われます」
「へえ、そうなんだ」
プレイヤーは皆、レベルアップ時に、覚えたいスキルを選択するのが普通だ。
だが美空の場合は、次に覚えるスキルの選択権がないらしい。
「それで? その話の何が”怖い”んでし?」
「以前、彼女にスキルを見せてもらったとき、――少し、気になるものがあったのです」
「ほうほう」
「《狂気(中)》。……恐らく、変身した彼女の奇妙な振る舞いの元凶となっているスキルでしょう」
「ふむ」
彼女の言いたいことが、だんだんわかってきた。
「ひょっとすると、さっきのレベルアップで《狂気》の段階が上がった……?」
「かも、わかりません」
ちょっとだけ、下唇を噛んで。
「……仮にそうだったとしても、いまはあの娘の自主性に任せるしかない、でしね」
こっちが出張って、無理矢理連れ戻す訳にはいかない。
《移動型マイホーム》を空ける訳にはいかないのだ。
「ええ。ただ、万一の可能性も考えた方がいいのかも。場合によっては、誰かに助けを求めるべきか……」
「うげー。めんどくさっ」
頭痛を覚えつつ、ごろんとソファに横になる。
――ここのところずっと、いろいろなことが起こりすぎている。
何もかも、杞憂に終わればいいのに。