その130 必殺剣
「再確認でし。……奴はどうやら、近づいた敵の身体をメチャクチャにする力があるっぽい。ツバキの様子をみた感じ、数秒くらいなら大丈夫っぽいけど」
奏ちゃんはそこで、お相撲さんみたいな姿のゾンビに目配せした。
どうもあれ、ゾンビ使いの手先らしい。
「あんまり近くにいすぎると、――ああなっちゃうってことね」
「うん」
さすがにそれは……困っちゃうな。
あそこまで太ると、ダイエットしても皮膚がべろんべろんになっちゃうもの。
「よーし。そんじゃ、行ってくるよ」
「ん。たのんだ」
あたしはまず、目標とする野菜畑上空で、ぴょんと”移動拠点”から飛び降りて、……
「――《ういんど》!」
呪文詠唱。
《風系魔法Ⅰ》で、ふわりと着地した。
すかさず、のっしのっしと接近する”飢人”に対して、
「――《すわんぷ・ふぃーるど》、《すわんぷ・ふぃーるど》、《すわんぷ・ふぃーるど》!」
《地系魔法Ⅰ》を三回、唱える。
意味があるのかどうかはわかんないけど、……どうにかなれ!
『ア”、イ”ア、イ”イ”……ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ』
意味があるような。ないような。
そんな叫び声を上げながら、”飢人”はあたしに向かって、ぶにぶにの両腕を広げる。
みたところそいつ、ほとんど知能はないみたい。
野生動物以下の間抜けさで、まんまと畑に足を踏み入れた。
するとどうだろう。
ベシャ!
と音を立て、巨体が土中に沈む。ほとんど落とし穴に嵌まったみたいだった。
「わ、は! あはは」
その動きがあんまりにも滑稽だったから、あたし思わず、笑っちゃった。
まるでバラエティ番組でやる、いたずらみたい。
《すわんぷ・ふぃーるど》重ねがけ。
ちょっとした小技に使えそうね。
ただ一点、想定外のことを上げるなら。
なーんか奴さん……ぜんぜん元気に、こっちに向かってきてるってこと。
”飢人”のやつ、まるで水中ウォーキングするおじいさんみたいな動きで、あたしに向かって、のろのろと歩いてきたんだ。
「ええええええっ。……なんで?」
「ミソラは、やり過ぎたのです。泥の粘性が低すぎて、相手の動きを拘束するに至らなかった」
振り向くと、縄ばしごを伝って下りてきたロボ子ちゃんが、呆れ声で助言してくれた。
「まじか。……一度発動した魔法って、取り消しできないのかな?」
「難しいでしょう」
うーむ。
……うむむむむむむ。
あたしひょっとして……やらかしちゃった?
顔色を青くしている間も、”飢人”はぶくぶくと膨らんでいる。
いまにも、泥の中から這い出そうだ。
「どうしよ。これもう、いったん逃げた方がいいかも!」
「ご心配なく。その時のために、私が来たのです」
「えっ? どういうこと?」
ロボ子ちゃんとは、これまで何度も一緒に戦ってきた。
けど、戦闘能力はきほん、技巧派って感じの印象だ。
ああいう敵に対抗するための大技は、特になかったはず。
「先ほど、少しばかり天啓が下ったもので。魔女の力を借りることにしています」
「魔女の、力……? アリスちゃんってこと?」
「ええ」
そういう彼女、ちょっぴり物憂げだ。動作もどこか、ぎこちない。
「ロボ子ちゃんって、アリスちゃんと仲良かったりするの?」
「仲が良い? まさか」
「…………それ、ほんとぉ?」
「ええ。私はいつも、彼女の尻拭いをさせられているのですよ」
ふーん。
いつも、ねぇ。
なーんか引っかかる言い回しだけれど、ま、いっか。
ただ、ちょっぴり気づいたことがある。
あたしたち、アリスちゃんに力を授かったプレイヤーはみんな、最低でも一つ以上の”強み”が与えられていると思う。
あたしの場合は、”ウィザード・コミューン”。
奏ちゃんは、”移動拠点”。
となると、ロボ子ちゃんに与えられた”強み”って、なんなのかしら。
「ねえ、美空ちゃん」
「え?」
「一つだけ、お願いしてもいいでしょうか? 私たぶん、このあと”魔力切れ”になっちゃうと思うんです。そうなった私を、救い出してくれるって」
あたしは目を丸くした。
「そんなの、当たり前じゃない。友達でしょ」
するとロボ子ちゃん、優しげに笑って、
「……そうですか。どうもありがとう」
と、どこか客観的に、言った。
その時だ。
身体の七割近くを泥まみれにした脂肪の塊、――”飢人”が、お風呂から上がるみたいな動作で、沼から這い上がってきたのは。
そこでロボ子ちゃん、
「はい、はい。わかってますよ」
と、砕けた口調で呟く。
――誰かと話してる?
不思議に思って顔を覗き込むと……彼女、ちょっぴり冷めたような表情で、
「下がってください」
と、あたしを制した。
その、次の瞬間である。
ロボ子ちゃんの身体が、消えたのは。
あたし、びっくりして口をぽかん。
でも、彼女が消えたのは、なんてことのないことだったんだ。
ロボ子ちゃん、いきなりトップスピードで走り出しただけだったんだから。
のちのち彼女から「”縮地”という技です」と聞かされたその走法は、あたしの想像を遙かに上回る素早さで”飢人”へ接近していく。
「………………あっ!」
驚いて、彼女の姿を目で追う。
”飢人”はずっと、セピア色のオーラを身に纏ってる。
あの中に接近した者がどうなるか。――話を聞いてなかったのかな。
そんな風に思えたから。
けれど、結論から言うとあたしの心配は杞憂だった。
ロボ子ちゃんが”飢人”のトドメを刺したのは……それから、数秒もしない間の出来事だったから。
「――《必殺剣Ⅹ》」
太陽を背に受けて、彼女の持つ両刃の剣が、深淵を思わせる黒に変色する。
何か良くわからない、不吉なエネルギーのようなものが、剣を中心に集まってきている……そんな感じがした。
その、次の瞬間である。
しゅごおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ…………。
巨体が、刀の中に吸い込まれていったんだ。
まるで、超強力な掃除機を使ったみたいに。
一撃。
たった一撃の攻撃で、あの恐ろしい”飢人”は、跡形もなく消滅してしまった。
「嘘…………」
驚いていると、そのままロボ子ちゃん、ぱったりと倒れてしまう。
――私たぶん、このあと”魔力切れ”になっちゃうと思うんです。
どうやら、気を失ったらしい。
あたしは慌てて、彼女の元へ走った。