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その126 謎系魔法Ⅰ

――《謎系魔法Ⅰ》。


 以前使用した時は、特に何も起こらなかった。

 何となく嫌な予感がしたので、そこで検証を中止したが……。


 今回起こった現象は、単純だった。


「これは……」


 少年ゾンビの手に、チャッカマンくらいの火が灯っている。

 これには見覚えがあった。《火系魔法Ⅰ》だ。


「と、いうことは…………ふむ。もう一回、《謎系魔法Ⅰ》を」


 今度は、野球ボール大の水球が、彼の手のひらに出現する。

 これも知っている。《水系魔法Ⅱ》だ。


「これは……ひょっとして、あれかなぁ? 何種類かの魔法を、ランダムに使うタイプのぉ……?」


 ちらちらと、すぐそばにいる”魔女(アリス)”に視線を向けながら。

 すると彼女は、『ぐーすかぴー……』と、わざとらしい寝息を立てながら、無視。


――どうも、それだけじゃなさそうだな。


 そう予測し、ぽいっと水球を地面に捨てる。

 もう一度、《謎系魔法Ⅰ》。


「………?」


 今度は、何も起こらない。

 どうやら時々、不発のパターンがあるらしい。


「もう一度、謎系」


 僕が呟くと、その時だった。

 少年ゾンビが、眼前に向けて手のひらをかざし……火炎放射を放ったのである。


 これもまた、見たことがある魔法だった。


――以前に戦った、岩田さんが使っていた魔法……。


 たしか、《火系魔法Ⅳ》だったか。

 そう判断した後は素早かった。マウスを大きく動かして振り向き、少年ゾンビを拘束していた紐を焼き払う。


「よし」


 とりあえず、状況を打破。

 だが、問題はまだある。ステータスの値を見るかぎり、この少年ゾンビは”こうげき”の値が極端に低い。これは要するに、直接攻撃がほとんど役に立たない、と解釈して良さそうだ。

 もしこの状態で戦うのであれば、……武器は、ただ一つ。

 この、極めて不安定な《謎系魔法Ⅰ》の他にない。


――場合によっては、この個体を犠牲にしてしまうかもしれない。


 運頼みの戦術はあまり好きではないが……やるしかなかった。


 僕は、泥のように甘い清涼飲料水をグビリと飲んで、作業に取りかかる。


 まず、非常階段を昇って屋上を目指す。

 カナデさんの気配を探るため、忙しくマウスを操作。あっちこっちに視線を向けながら、敵の姿を探す。


 と、その時だった。


 ダーンッ!!


 という、力強い銃声がマンション内に響き渡ったのは。


 見上げると、マンションの外廊下に、――皮を剥いだ大型動物の死骸に見える”何か”が見えた。

 ただ、その”何か”は断じて、死骸ではない。

 筋繊維がむき出しになったその肉体のまま、もごもごと前進しているためだ。


 まず間違いなく、あれが向かう先に、カナデさんがいる。


「させるか……ッ」


 眼鏡の位置を直しつつ、《謎系Ⅰ》を起動。

 出現したのは、《火系魔法Ⅱ》だった。


「いいぞ。ラッキーだ!」


 さっそく敵に向けて、それを投擲する。

 どう! と音を立てそれは、肉塊の一部を焼き払った。

 が、期待に反して、これっぽっちも効いている様子はない。

 廊下を歩くそれは、数秒ほどこちらに振り向いて、そのおぞましい顔面を向ける。


「う……ッ。こ、これは……」


 毛のない、ぶくぶくに肥大化した顔面に、小さな目が二つと、口が一つ。

 辛うじてその形状から、先ほどみた”飢人”と同一人物だということがわかる。


 ”飢人”は、こちらの姿をみても反応を示さず、無言のまま前進を再開した。


 ダーンッ! ダーンッ!


 銃声が、二つ。カナデさんが戦っているのだ。

 とはいえ、彼女の攻撃はほとんど無意味だった。むしろ、状況を悪化させていると言って良い。……”飢人”は、ダメージを受ければ受けるほど、その体積を増加させているらしい。


「こいつ……なんなんだ? なんのスキル持ちなんだ……?」


 疑問形の独り言。

 ちらりとアリスを見ると、やはり『ぐーすかぴー』。

 僕は続けて、


「《治癒魔法Ⅳ》かな? これは……」


 と、自分なりの推理を口にする。

 するとどうだろう。アリスの口角が、数ミリほど上がったのである。


――まさか、正解か?


 あるいは、当たらずとも遠からず、か。

 自分の傷を癒やしつつ、周囲にいるものにも影響を与える魔法、――僕は他に、心当たりがなかった。


 ただ、奴の場合、傷を癒やすために使われるはずの魔法を、攻撃に使っている。

 やつのスキルの効果範囲に入った者はどうやら、ぶくぶくの脂肪まみれになって、身動きが取れなくなるらしい。


――実際には、絶対出会いたくない敵だな。


 ……ダーンダーンダーンッ!


 カナデさんの銃を撃つ間隔が、どんどん短くなっている。

 恐らく彼女も、恐れているのであろう。”飢人”が使うあの、醜悪な魔法を。

 確かに女の子にとって、自分の身体が脂肪の塊に変異してしまうというのは、……悪夢という他にないかもしれない。


 僕はというと、階段を少し昇った先の踊り場に出ている。

 ガン・ファイトを行う者がいる場合、対角線上にいる訳にはいかない。

 僕は多少、アクロバットな角度からの狙撃で彼女を手伝うしかなかった。


「よし。――では、《謎系Ⅰ》を」


 そう宣言する、と。

 お腹の当たりに、謎の違和感が起こる。


 十秒ほどたっぷりかけて、その違和感の正体を調べたところ……「なんだかお腹が一杯になっている」という事実に気づいた。


「これは……魔力が回復した、ということか」


 《謎系魔法Ⅰ》には、こういう効果もある。

 とはいえ、その事実についてあれこれ検証している暇はなかった。

 いまは、戦わなくては。


「もう一度、《謎系Ⅰ》を」


 そう唱えた、次の瞬間である。


『もう一度、《謎系『もう一度、《謎系『もう一度、《謎系『もう一度、《謎系『もう一度、《謎系Ⅰ》を………』


 僕の声が、画面も向こう側から、木魂となって反響しているではないか。


「な…………なんだッ、これは……!」


 すかさず、


『な…………なんだッ、こ『な…………なんだッ、こ『な…………なんだッ、こ『な…………なんだッ、これは……!』


 さすがに、呆気にとられる。

 動画配信の設定をミスると、ときどきこうなることがあるが……。


 まさかアリスに、「もっとスムーズに会話したい」と言った意趣返しではあるまい。

 恐らくこれも、《謎系魔法Ⅰ》の効果の一つだろう。


――声が、木魂と鳴って反響する……。


 と、言うことだろうか。

 厄介な。僕の存在は、可能な限り透明であるべきなのに。

 とはいえ最早、引き下がってはいられない。

 毒を食らわば皿まで、である。


「――ああ、くそ。いい加減に……。《謎系Ⅰ》ッ」


 すると、PC画面の中に虹色の羽根を持った蝶が現れ、


『私が死ぬことにより百年後、人参に催淫作用が含まれるようになります。老いも若きも、人参を食べて発情いたします。よろしくお願いいたします』


 そう言って、自ら壁にぶつかって死んだ。


「――????????」


 僕は一瞬、いま起こった出来事の意味を考えて、……思考を放棄する。


――たぶん何かの、趣味の悪いジョークだ。


 そう思うのが手っ取り早かったためである。


「ええい。次こそ……ッ」


 なんだかこの魔法、連発すると良くないことが起こる……気がしてきたが。

 それでも、カナデさんを見捨てるよりはマシだ。


「……《謎系》ッ」


 状況が大きく変わったのは、その時である。

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