その125 奇跡の助け
ツバキが壊れた。
辛うじて言葉を発することはできるが、あらゆるキー操作を受け付けない。
恐らくこれは、――再起不能だろう。
「……………………」
だがまだ、死んではいないらしい。
例のあの、魔力が減少した感じがしないためだ。
口の中の唾を、ごくんと飲み込む。
「次の、手を……」
考えなくては、ならない。
落ち込んでいる暇はない。
カナデさんがまだ、敵と戦っている。
理由は、よくわからない。「逃げろ」と言ったつもりなのだが。
とはいえ何ごとも、打ち合わせ通りには行かないものである。状況には、常に対応出来るようにしなければならない。
現れた”飢人”が、スズランではなかったことも、そう。
アリスはただ、この辺りに”飢人”がいると言っただけ。
それを勝手に、スズランのやつだと思い込んでしまっていた。
僕としたことが、寝惚けていたのか。
頭をぶんぶんと振る。
『いひひひひひひひ。おもろ』
背後から、意地の悪い笑い声。
――化け物め。こっちは命が掛かってるんだぞ。
内心毒づきながらも、思考は冷静だった。
いまはとにかく、禍根を断たねば。
どうも、飢人は飢人同士の繋がりがあるらしい。
放置しているとまた、仲間を呼ばれかねない。
「敵はしっかり協力し合ってるのに、人間の方はそうじゃない……か」
『そうじゃのー。おぬしらってほら、ノリで死ぬとこあるから』
「……まあ、たしかに」
視線を、逸らす。反論のしようが無い。
だからこそ素晴らしいと、僕なんかは想うのだが。
『その点、連中は手強いぞぉ。ただただ目的のため、真っ直ぐに行動する。寄り道をしない生き物なんじゃ』
「なるほど。根っこのところは、”ゾンビ”と同じってことか」
『そーいうこと♪』
「なら、虫けらと同じ行動原理ということだ。ヒトが負ける理由には、ならないね」
『ふふふふふふ♪ 言ってくれるのぉ! だんだんおぬしのこと、まじで気に入ってきたぞ」
「そりゃどうも」
会話しつつも視線は、PC上に存在する赤い光点をめまぐるしく追っている。
仲間を呼んでいる時間はなかった。
マンション周辺はすでに、”ゾンビ”軍団の壁ができあがっている。戦っているうち、状況はどんどんややこしくなっていくだろう。
――と、なると……。
使えそうな駒は、ひとつ。
先ほど見かけた、”飢人”を発見するきっかけとなった個体である。
実質、その他に選択肢はなかった。よく注意してその周辺のゾンビを見張っていたが、どいつも一塊の群れを創っていて、選択した次の瞬間には袋だたきに遭いそうだ。
とはいえ、別の問題もある。
敵は、こちらの能力をある程度把握しているはず。にもかかわらず、放置されているのは、何故だろう。
――罠の可能性もある、が……。
数秒、考え込んで。
一応、よし子に追加の食材を準備してもらいつつ、件の個体をクリック。
「良いゾンビでありますように」
祈りつつ、切り替わった視点は幸い、目も、耳も無事な個体であった。
とはいえやはり、ただ放置されていたわけではない。
どうやらこのゾンビ、犬猫がつけるような首輪を付けられているらしい。
首輪に接続された頑丈な紐が、鉄のフェンスに縛り付けてあるようだ。
「さて…………」
この状況をどうするかはさておき、F1キーを押下。
キャラのステータスをチェックする。
なまえ:みせってい
レベル:6
HP:2
MP:53
こうげき:6
ぼうぎょ:7
まりょく:31
すばやさ:11
こううん:18
「ぬ」
そのまま、使える魔法に目を走らせると……、
――《謎系魔法Ⅰ》。
これだ。
何となく察するものを感じて、僕はいったん、その個体の身体をチェックする。
――男の子。歳は十歳前後。
そういえば以前見つけた《謎系》を使える個体も、まだ子供のゾンビであった。
あの、太っちょの”飢人”のやつ、この子供なら役に立たないだろうと思って放置しておいたらしい。
それ意外にも何か、不愉快な趣味を感じずにはいられないが……。
頭を掻きむしる。
「参ったな。運ゲーするしかないのか」
実を言うとまだ、《謎系魔法》の検証は済んでいない。
――効果がランダムの魔法、か。
この手の魔法の立ち位置は大抵、「最後の悪あがき」という印象があるが……はてさて。
「……なあ、アリス。この魔法ってどういう効果?」
一応、そう訊ねたところ、
『ごめん。いま、読書中で忙しい』
とのこと。
余計な時だけ口を挟むくせに、役に立たんやつだ。
「……僕は、きみのお気に入りなんだろ」
『たったいま、ちょっと嫌いになった』
「やれやれ。あくまで、ネタバレはなしってことか」
『それがわかっとるなら、最初から訊ねてくるなよ』
そっかー、と呟き、しばらく間を置く。
そして、
「でもこれ、『ドラクエ』でいうところのパルプンテ的な位置のやつだろ」
続けて質問する。
なんか……うまいこと誤魔化せないかな、と思ったためだ。
するとアリスは、
『うん。ぶっちゃけ、そのへんのネタから持ってきたヤツ』
実にあっさりと裏事情を話してくれる。
結局コイツ、おしゃべりすぎるんだよな。
「なーんだ。それじゃあこの魔法、ハズレかぁ」
するとどうだろう。
アリスのヤツ、本から目を離して、僕の顔をじーーーーーっと見つめてくるのである。
それはもう、じーーーーーーーっと。
――それは、どーじゃろねえ。
なんて、そんな言葉が聞こえて来るようだ。
しばし、考え込む。
この感じ。
僕が考えているより、リスクは少ない、のか?
だが、このひねくれ者のすることだ。
何か、裏があってもおかしくない。
しかしここで、僕にとってのアキレス腱とも言うべき、危険な性分が飛び出した。
――これが、いつものネット配信なら、うっかり実行してしまうだろうな。
そんな風に思えたからだ。
いずれにせよ、このままここでぼんやりしていても、カナデさんの危険は増すばかり。
「じゃ、一丁やるか」
そして僕は、大した熟考もせずに、《謎系魔法Ⅰ》を起動した。
するとアリスは、
『おっ。やるのか』
「うん」
『……うふふふふ!』
実に楽しそうに笑う。
だんだん、ろくなことが起こらない気がしていたが……。
こういう時こそ、奇跡の力が必要だ。
物事がうまく運ぶときはきっと、そういうものの助けが必要なのである。