その121 ガチャポン
一色奏は、現れた”それ”を感知して、生唾を飲み込む。
――………………きたか。やっぱり。
とはいえ一応、この展開は想定していた。
むしろそのため、”移動型マイホーム(特注版)”を着地させておいたといっても過言ではない。
だが、いまの行動が最適解かどうか、……リスクとリターンが見合っているかどうかは、よくわかってなかった。
室内にいる”アレ”を、捕縛する。
それが、一応の目的。
だが、なぜそれを行うのか。
自分でも、うまく言語化できていなかった。
――ひょっとするとあちし、”ゾンビ使い”と話し合おうとしている?
わからない。そうすべきとは思えない。
とはいえ、
――甘くなってるな。我ながら。
そういう自覚は、あった。
奏にとって人殺しは、なんてことのない行為である。ゲームの中の悪者をやっつけるのと、そう変わらない行為である。
だが最近、このように思うようになっていた。
平然と敵を殺す者を、――仲間は、どう思うだろうか。
凪野美空と雛罌粟雪美は、どう思うだろうか。
故に奏は、こんなにもリスクの高い行動に出ている。
血の流れぬ解決策の、模索のために。
一瞬だけ、視界の隅にあるカプセル自動販売機に目配せ。
――ソシャゲにしょっちゅう出てくる、移動拠点のアレのイメージ。
……というのが、これを付けてくれた”魔女”、アリスの言葉だ。
ガチャポンは、一日に一回だけ使うことが出来て、様々な”実績報酬”をランダムに排出する。
具体的な確率は、
虹色カプセル(SSR。ちょー強力なヤツ。まだ一回しか出ていない)
⇒5%
金色カプセル(SR。そこそこ使えるヤツ。”メイドロボ”はこれ)
⇒15%
銀色カプセル(R。あんまり使えないヤツ。”鉄の剣”とか、おいしいお菓子とかが出てくることも)
⇒30%
銅色カプセル(N。修学旅行で買ってくるお土産のキーホルダーとか。ほとんどゴミ)
⇒40%
という具合。おおよそ70%の確率でハズレだ。
とはいえ、本日の引きは大当たり。
奏が引いたのは、虹色のカプセル。SSRだった。
まだ、中身は確認していない。
今朝は早かったため、その時間がなかったのである。
一色奏はいま、このカプセルに賭けていた。
――いま起こっているこの事態が、より善く解決する、その手段を。
勝算は、高くない。
どれほど存在するかわからない”実績報酬”の中から、都合良く役に立つアイテムの出現を願うなど……単なる運試しの域を出ない行動だ。
けれど彼女は、奇跡を願っていた。
物事がうまく運ぶときはきっと、そういうものの助けが必要なのだ。
『きみ』
そこでふと、美女”ゾンビ”が口を開く。
『どういうつもりか、しらんが。……もう、やめに、しないか』
「……なんで?」
『ふもうだ』
フモー?
一瞬、言葉の意味がわからなくて眉をひそめ……一拍遅れて、”不毛”という文字を当てはめる。
「そっちにとってはそうかもだけど、……こっちにしてみりゃ、そーでもないんでし」
『なにか、じじょうがあるのか?』
「……………」
”冒険者ランキング”のことが、頭に浮かぶ。
さすがに、応えるわけにはいかない。
『いまのうち、いっておく』
「え?」
『ぼくは、きみたちを、たすけたいと、おもってる』
「……………………………」
ぼく、か。
これが、見た目通りの人ならば。
もう少しだけ、検討したかも知れないけれど。
自分は……やっぱり。
男の人が、怖いのだ。
彼らは結局、要するに。
すぐ、ちんちんとか入れようとしてくるし。
そうして彼女は、虹色のカプセルを開く。
さすがに、それを許すほど”ゾンビ使い”も甘くなかった。彼はすばやく引き金を引き、――放たれた矢は、するりと身体をすり抜ける。
「はずれ」
室内から、異音。
部屋にはすでに、
――”蜃”は、その場に幻を出現させることができる置物です。ハマグリによく似た形をしており、普段は加湿器として使うことも可能です。
こちらのアイテムを仕掛けさせてもらっている。
敵が見ていた奏の姿は、単なる幻に過ぎなかった。
彼女が今いるのは、玄関の反対側にある、裏口から出てすぐのところ。
入り口からリビングに向かった場合、どうやっても死角になるルートの向こう側だ。
とはいえ、”ゾンビ使い”がもう少し注意深くこの家を調べていたら、今とは違った展開になっていたはず。
案外、敵の感知能力は、大したことがないのかも。
「…………………さて、と」
この状況下で、大きく深呼吸。
カプセルの中身を確認する。
目の前にはすでに、一丁のライフル銃が出現していた。
カプセルのサイズとは明らかに縮尺が異なるが、そういう細かいことに驚くのは、世界がゾンビだらけになった瞬間から辞めることにしている。
「銃、か」
少なくとも、自分のスキルには適合している、が。
「こいつの効果を教えて」
――”チェーホフの銃”は、極めて存在意義の高いライフル銃です。この銃に装填された弾丸は必ず発砲され、それはあなたの物語にとって重要な意味をもたらすでしょう。
眉を、潜める。
「なに、これ? これが、SSRアイテムなの……?」
それに対する、返答はない。
「この説明だけじゃ、ぜんぜんわかんない。どういうことでし?」
これにも、返答なし。
渋い表情になる。
ハズレか。
ならば、仕方ない。手持ちの武器で乗り切るだけだ。
たぶん、敵を限界まで痛めつけるはめになるから、それだけは避けたかったが。
『おい、カナデさん』
室内から、気持ち大きめの声が聞こえた。
一色奏は、戦闘中のおしゃべりが好きではない。
それとも何か、恨み言でも言いたいのだろうか?
『いったん、しょうぶは、おあずけだ』
「……?」
眉をひそめる。
この状況で、それを言い出す意味がわからない。
「なんでし? ……この期に及んで、命乞いでしか?」
それに応えるのに、少しのタイムラグが発生していた。
LINEの既読を待つような気分で、じっと続く言葉を待ち受けている、と……。
『きじんが、すぐそばにいる』
不吉な言葉が、聞こえてきた。