その120 移動型マイホーム(特注版)
ツバキ視点、にて。
「なッ……。なんだ、これは……!」
PC前の僕は、目を剥いていた。
すでにツバキは、カナデさんの狙撃位置、――国道463号線を一望できるマンションの屋上にまで移動している。
あとは、こっそり近づいてコツンとやれば、この”勝負”を終わらせることができるはず……という目論見は、少しばかり見通しが甘かったかもしれない。
僕が向かった先。
そこにあったのは……、一軒の家、とでも呼ぶべきものだった。
正方形の、豆腐を思わせる白壁の建物に、不釣り合いなSF的ギミック(UFOの下部にくっついてるようなやつ。反重力装置か何かか?)を取り付けたようなシロモノである。
驚いていると、
『ああ、それな。”移動型マイホーム(特注版)”、ちうもんじゃ』
と、アリスが嬉しそうにネタバレしてくれた。
「移動型……?」
『そ。結構いろいろ、作るのに手間取ったんじゃケドね。わりと自信作』
「………ふーん。そーなんだ」
その奇妙な建物は、まるでマンションの屋上に最初から建てられていたアート系建造物の如く、鎮座ましましている。
ターン……ッ。ターン……ッ。
幸い、というか。
敵はまだ、こちらに気づいていない。
僕は、落ち着いてその、奇妙な建物に接近した。
罠……は、ない、のか?
玄関に『一色』と名前が掲げられているその部屋は、広さで言うと50~60平米ほどだろうか。一人暮らしのサラリーマンが利用するには十分なくらいの大きさだ。
かちゃ……り……、と、無接点方式のキーボードを押す。
空気を読んだツバキが、ゆっくりと家の扉を開けた。
中は、ごく一般的なマンションのような作りになっていて、特に奇妙な点は見られない。
ターン……ッ。ターン……ッ。
銃声が続く。
よし、よし。彼女はまだ、油断しているな。
街中へ散っていったゾンビたちの対処に追われているのであろう。
――いける。
そういう直感があった。
……が。
『アーラ、オ客様デスカー?(>_<)』
どこかで聞いた気がするニュアンスの声を聞いて、指先がびくん! となった。
「よし子……?」
驚いて目を見開くと、部屋の一室から、”メイドロボ・よし子”……を、二回りほど人類に近づけたようなデザインのロボットが現れた。
咄嗟に、マウスを持つ指が反応、……しかけて、ぎりぎりのところで抑える。
『きみは?』
『”メイドロボ・さなヱ”ト、申シマスm(_ _)m』
そうか。さなヱさん……。
眉間を揉む。
こっちのメイドロボは、おっぱいが柔らかそうだな。できれば、こっちの子が来てくれたらよかったのにな……と、頭の片隅で思いつつ。
『オ客様、デスネ! デハ、御主人様ヲ呼ンデキマス!(^^ゞ』
『いや、ひつよう、ない』
一応そう言って、一歩、前に出る。
その、次の瞬間だった。
すっ……と、スカートで隠れた彼女の足が上がる気配がして、咄嗟にバックステップ。モニター前を、強烈なハイキックが横切ったのを視認した。
『デハ、不法侵入者デスネ! 撃退シマス( ^o^)ノ』
「……ちっ」
間髪入れず、手持ちのクロスボウを構える。
もはや、容赦はしていられない。「すまん」と思いつつ、あらかじめ装填しておいた矢で、彼女の側頭部を撃った。
『グエー(;_;)』
頭部に14インチの矢が突き刺さり、”さなヱ”さんは沈黙。
罪悪感が胸に去来したが、「むこうはすでに、ココアを殺っている」と自分に言い聞かせ、前へと進んだ。
さすがに、すでに銃声は止んでいる。
こちらの侵入は、気づかれているだろう。
「やれやれ……」
呟き、クロスボウの矢を再装填、リビングへと繋がる引き戸に張り付いた。
曇りガラスごしに、ぼんやりと立ちすくんだカナデさんが見える。
「…………………」
精妙なキー操作で、引き戸を少しだけ開けて。
『やあ。ぼくだ』
と、挨拶した。とくに反応はない。
そのまま、ツバキの肩先だけが覗き見えているような格好で、
『きずつけたくない。こうさんしろ』
『……厭だ』
『マンションの、あちこちに、なかまが、いる』
『…………………』
ブラフ込みで、そう宣言する。
視界が限られているため、カナデさんの反応はわからない。
やがて彼女は、
『……嘘でし』
と、答えた。
『――お前は、そんなにたくさん、仲間を増やすことはできない』
……ふむ。
どうして、そう思う?
そう思って一瞬、片目だけ室内を覗き見ると、――カナデさんの顔が見えた。その目はいま、青い輝きを放っている。
――例の、スキル。
先ほど、三人の男たちの前でも使っていた、あのスキル。
いまの僕は、その正体にまで見当がついている。道中、《死人操作Ⅶ》で覚えた、新しい力を調べておいたためだ。
彼女が使っているのは、《スキル鑑定》と呼ばれる能力だろう。
ずっとこの能力によって、敵か味方かを判別していたらしい。
むろん、それだけで全ての謎が解けたわけではないが……。
僕は、そこまで予測した上で、駆け引きを続けた。
『おまえが、みているのは、ぼくのナカマの、いちぶに、すぎない』
『……………』
カナデさんは、ポーカーフェイスを貫いている。
反論がないところを見ると、「そうであってもおかしくない」くらいには思っているのかもしれない。
いける。そう思った。
彼女、ぼくを恐れている。実力以上に。
ならば、この不毛な”勝負”を、言葉だけで終わらせることも不可能じゃない。
とはいえ僕は彼女たちに、この土地を去って欲しい訳じゃなかった。
――あわよくば、協力関係を築きたい。
それくらいに思ってる。
同じ”プレイヤー”同士、協力してこの所沢を護っていく。
みんなハッピー。大団円。そういう結末でいいじゃないか。
ぼくは、いったん文字入力を済ませた後、もっともそのタイミングに適したと思われる間で、……ッターン! と、エンターキーを叩いた。
『ゲーム、しゅうりょうだ』
とはいえ僕の心には、一さじの不安が紛れ込んでいる。
先ほど室内を覗き見たとき、……カナデさんが手にしているものが気になっていた。
彼女は普段、小型のハンドガンを持ち歩いていたはず。
にもかかわらず、敵の侵入を感知した彼女の手には、それが握られていなかった。
その代わり、後生大事に握りしめていたのは……、
――ガチャガチャのカプセルかなにかか? あれ。