その119 隠れ家
「ハァ………ハァ……ハァ……」
「……………………………ふう」
「おわっ、た…………………?」
「みたい、ですね」
結果、一時間。
まるまる一時間ずーっと、短距離走を続けさせられるみたいな時間が過ぎた。
それだけ時間をかけても、連中を全部、やっつけられたわけじゃない。
ただ、煙が消えて行くみたいに、ゾンビたちの群れが散っていったんだ。
明らかに、いつものゾンビがする動きじゃなかった。やつらは普通、生きた人間を襲う以外の行動、しないもの。
「ところで……、”飢人”は?」
「わかりません。とりあえず、それらしき個体はいませんでしたね」
「”ゾンビ使い”のやつ、嘘、吐いたのかな」
「かも、わかりません。我々を攪乱するために言った情報かも」
しばし、すぐそばで棒立ちになっている女の子ゾンビを見る。
彼女はただ、『うー』とか『あー』とか言いながら、虚空を見つめているだけ。
試しにちょっと話しかけてみたけれど、とくに反応はなかった。
「……どーする?」
「とにかく、残った作業を片付けましょう」
たしかに。
おっきな脅威は去ったけど、まだ仕事は残ってる。
何百匹ものゾンビを相手にしていると、どうしても倒しきれなかった個体がでてくるからね。
こういうのは、二次被害を生み出しかねない。
丁寧にぜんぶ、やっつけてしまわないと。
トドメの作業は、あたしとロボ子ちゃんが手分けして行うことになった。
ぷち、ぷち、ぷちと。
元気そうな個体から順番に、脳を破壊していく。
すると、
「………おねえさーん! ありがとー!」
頭の上から、声援が。
見ると、初老のおばさんが手を振っていた。
あたしもそれに、サムズアップで応える。
「もし、何か困ってることがあったら、いつでも声をかけてくださいねー!」
「だいじょうぶー!」
「この街は……あたしが、まもる!」
「ありがとー!」
ってさ。
うん、うん。正義の味方の仕事をしたね。
と、そこいらのタイミングで、『ぴろりろりーん♪』という着信音。
ウィザード・コミューンだ。レベルアップできたみたい。
「えーっと。新しいスキルは……《水系魔法Ⅲ》、か」
どんな感じかな、と思って、試しに使ってみる。
指先からぴゅーっと、水が噴き出た。
「――?」
これ、前に使った《水系魔法Ⅰ》と、ほとんど変わらないよね?
「えーっ。ハズレってことかなー? そんなはずは……」
不思議に思って、匂いをちょっと嗅ぐ。
なんか、ポカリスエットみたいな匂いがした。
「ふーむ……」
少し考え込んで、指先をペロリ。
「ちょっと!」
どうやら様子を見守っていたらしいロボ子ちゃんが、目を丸くして私を見た。
「なんでも口に含むものじゃありません! 毒だったらどうするんですか」
「えへへ」
と、ちょっぴり笑って。
「でもこれ、甘い味がするよ。たぶん悪いものじゃないと思う」
「本当ですか?」
「うん。おいしい」
するとロボ子ちゃん、無言のまま、つかつかとどこかへ歩き去ってしまった。
……怒らせちゃったかな?
魔法少女に変身している時は、慎重に行動しなきゃいけない。それはわかってるんだけど。どうしてもね。
しばらくして彼女、あたしの元へ戻ってきて、
「使ったのは、《水系魔法Ⅲ》ですか?」
「えっ。……なんでわかったの?」
「私の陽電子頭脳は、一度記憶したものを忘れないのです。あなたたしか、《水系魔法Ⅱ》まで覚えていたでしょう。であれば、次に覚えるのは、Ⅲです」
ロボ子ちゃんは、嘆息混じりにそう応えて、
「《水系魔法Ⅲ》は、自分の魔力を仲間に分け与えたりする際に使う魔法のようですね。魔力切れを起こした仲間の口にじゃぶじゃぶ注ぎ込んで、ガソリンみたいに補給するんです」
「へー。なるほど」
なんかそーなると、体液を注ぎ込むみたいでちょっと気持ち悪いな。
非常時以外、あんまり使いたくない魔法だ。
「でも、どこでそんな情報……?」
そう訊ねた、その時だった。
「ちょっとまって。……”ゾンビ使い”は?」
「え」
首を傾げて、すぐそばで棒立ちになっている女の子ゾンビと、筋肉ムキムキゾンビを見る。
「あそこにいるけど」
「あれは、ただの抜け殻です。先ほどから一応、ヤツの動きをチェックしていましたが、……”ゾンビ使い”はどうやら、特定の一匹に意識を宿す力があるみたいです」
「ふーん。じゃ、トイレとかじゃない? コーヒー飲みすぎて、オシッコ近くなっちゃってる、とか」
「そんなばかな」
ロボ子ちゃんは呆れて……少しだけ、額に手を当てる。
「ひょっとすると……、いや、ひょっとしなくても……カナデを探しているのか」
「え、それまじ?」
思わず、弾丸が飛んできた方向を振り返って見る。
「助けに行かなきゃ」
「いいえ。その必要はありません」
「なんで?」
「彼女いま、”隠れ家”にいますから」
隠れ家に?
あたしは、少し眉をひそめて、
「隠れ家って、ここの近くにあるの?」
ずっと気になっていたことを訊ねる。
どういう訳か二人とも、そこのところを秘密にしてたから。
とはいえそれは、しょーがないことだって納得してる。
魔法少女形態のあたしって、いつ口を滑らせるかわからないもの。
けれどロボ子ちゃん、小さく嘆息して、
「……この分だともう、秘密にする必要も、ないかもしれませんね」
そう応えた。
「敵ももう、”隠れ家”の秘密に気づいている頃合いでしょうし」
私、少女漫画っぽくデザインされた友達の目をじっと覗き込んで、
「……つまり?」
「簡単に説明すると、――彼女はアリスに、あれを願ったのです」
「……あれ?」
「ええと、……なんて言ってたかな……なんか、スマホのゲームでよくあるやつ、だそうです」
「?????」
スマホの、ゲーム?
あんまり詳しくないけど……。
ロボ子ちゃんもその点、あんまりピンときていないみたい。
しばらく考え込んで彼女、かつて聞いた言葉を復唱するように、こう応えた。
「スマホのソーシャルゲームによく登場する……移動拠点? とかなんとか」
移動拠点。
………はあ。なるほど。
あんまりイメージはわかないけど……。キャンピングカーみたいなもの、ってことかしら?
でも、これで一つ、合点がいった。
カナデちゃんって結構、神出鬼没な感じがしてたんだよね。
どこにでも移動できる隠れ家があるなら、それも納得。
「でもそれ、本当に安全なの? ちょっと不安じゃない?」
”ゾンビ使い”なら、それでもなにか、策を考えそうな気がするけれど。
けれどロボ子ちゃん、口元に笑みを浮かべて、こう応えたんだ。
「ご安心を。彼女の拠点には他にも、いろいろと便利な機能があるのです……」