その118 指示厨
ミソラさんはまず、子供向けスマホみたいなのを天高く掲げ、こう叫んだ。
『うおおおおおおおおおおおおおおッ! 変身!』
すると、どうだろう。
彼女の着ている洋服が解けるように消失、……再構築されていく。
肌からは非現実的な虹色の輝きが放たれ、そのボディ・ラインが丸見えになった。
「うわっ、なんだこれ。えっちすぎるだろ、これ」
録画モードを起動しておいたのは、のちに戦術研究を行うためだったが……これは、想定外に有益(意味深)な動画を手に入れてしまった。
服はいつしか、いつものコスプレ衣装に変化している。毛量も、もさっと増えているようだった。
『大いなる勇気の戦士! 魔法少女ミソラちゃん、ここに推参ッ!』
その隣で、殺人マシーンみたいな顔つきのユキミさんが、無言のまま両刃の剣を構えている。
位置関係を整理する。
東側、航空公園へ通じる道に、ミソラさん、ユキミさん。
西側、”飢人”の拠点へ通じる道に、ゾンビ軍団。
それに挟まれる形で、豪姫とマッチョくん。
『へー。なんか、面白いことになってるのォ』
……そして、そこから離れた位置にあるPC前に、僕とアリス。
「僕は、見ての通り、とても、忙しいから。……邪魔しないでくれ。頼むな?」
『べつに、邪魔はせんよ? でも口は出したい。楽しいから』
「君…………」
渋い表情でいると、
『でーもー。ひょっとするとちょっぴり、口を滑らせちゃうかもなー? ……例えば、その辺りのどこかに、……”飢人”が潜んでるかも、って』
「なに」
メガネをくいっと上げて、モニターを睨む。
少なくともいま、豪姫の視界内には、例の”飢人”、……スズランの姿はない。
だが、ヤツがゾンビの群れに紛れても、ぱっと見で判別するのは難しいだろう。
僕は、しっかり気を引き締めて、
「助言、助かる」
とはいえそれは、指示厨の言うことである。
信じるか信じないかは、五分五分くらいの気持ちで。
『いえーい★ ”ゾンビ使い”さん、元気してるぅ?』
ミソラさんが、へらへらと笑いながら近寄ってきた。
少なくとも、向こうに敵意はないらしい。
内心、ほっと安堵する。この状況で戦闘になったら、”ゾンビ”とミソラさんたち、両方を相手にしなければならないところだった。
とはいえ、考えてみれば、それも当然の判断か。
『普通の人を困らせてはいけない』は、向こうが言い出したルールだ。
ここで争っては、無駄に被害が広がりかねない。
『ちょっくら大変そうだったから、助けにきたよ!』
『たすけ、いらない』
『えっ。まじ?』
『うん』
『でもそれってぇ……経験値をゲットしたいから……無理してるんじゃないのぉ?』
『それはそう』
ここはまあ、率直に応えておく。
『うふふっ。素直な人ね。それじゃーあたしたちも、ご相伴にあずかろうかしら』
『じゃま』
『だめだめっ! 一緒に戦うから!』
やはり、彼女たちを追い返すことはできないか。
『……しかたない』
『ちーなーみーにー! こいつらを追い払うまでの間はお互い、攻撃し合わないこと! おーけー?』
『……わかった』
大きく、ため息を吐く。
そして、次の言葉を言うかどうか、たっぷり迷ったのち、
『このなかに、きじんが、かくれてる、かも。きをつけろ』
と、先ほど聞かされたヒントを共有しておく。
『あ、そっかー。そういう作戦もあるのか』
『うん』
『アドバイスありがとー♪ きをつけるね!』
『うん』
そうして僕たちは、今もって迫りつつあるゾンビに向き合う。
あちらのフォーメーションは、前衛がユキミさん、後衛がミソラさん。
こちらのフォーメーションは、前衛が豪姫、後衛がマッチョくん。
――そういえば、カナデさんは……?
とう思ったのと、ほぼ同時であった。
……ッたーん、と。
彼女のものと思われる弾丸が、敵軍のゾンビを一匹、撃ち抜く。
――いるのか。
これは、少し意外だ。
彼女のようなタイプなら、ここはあえて、戦わない可能性もあったから。
――絶対に、この辺りの住民を傷つけない。そういう覚悟なんだな。
目を、細める。
僕にとっての”飢人”は、《死人操作》の力でいつでも殺せる敵に過ぎない。
しかし、彼女たちにとってはそうではない。
彼女たちのようなプレイヤーにとっての”飢人”は、全ての戦力を総動員しても、勝てるかどうか怪しい敵だ。
故にここで、僕と協力する判断をした、と。
「…………ふむ」
では、このチャンスを利用しないわけにはいかないな。
僕は、素早いキー操作でツバキを選択、カナデさんが狙撃に使っている可能性の高い建物に目星をつけ、その背後から忍び寄るようなルートで移動指示を行う。
操作には、十秒もかからなかった。
豪姫に視点を戻すと、
『……んじゃ、やってこー!』
早くも突撃するユキミさんの背中が見える。
『そこの、マッチョなヤツを、たてに、つかっていい』
『ん、ありがとー♪』
遅ればせながら、僕もその後ろを追う。
――ここから先は……経験値の取り合いになる。
できれば彼女たちは、そっちに集中していて欲しい。
その間に僕はこの、不毛な”勝負”を終わらせる。
▼
血みどろの戦いが始まった。
ユキミさんが敵の首を刎ね、豪姫がゾンビの頭部を粉砕。
遠方からミソラさんが火球を投げ、カナデさんの銃撃が、孤立した個体を片っ端から撃ち抜いていく。
四、五分もしたころには僕も、マッチョくんを突撃させたほうがよっぽど役に立つことに気づいて、実際にそうした。
戦闘力的には、完全にこちらが優勢であった。
――さて。問題は……。
例の、この辺りに潜んでいるという、”飢人”だが。
「なあ、ひとつ聞いて良いか」
『なぁにー?』
仰向け、がに股のだらしない格好のアリスに尋ねる。
「間違いなくスズランは、この中にいるんだろうな」
『えー。どーじゃろ。わかんない。わしただ、思ったことを言っただけだから』
「……だがその一言で、僕の行動に影響が出ている。本当ならいま、カナデさんの位置を探っていたところだ」
『そこは、まあ。与太話を信じた、おぬしの責任っちゅうことで』
「…………むう」
あくまで彼女のスタンスは、中立、ということか。
「ところできみ、賄賂とか受け取るタイプの魔女?」
『ノー。仕事に関してはわし、ストイックなほう』
「ホントか、それ。……最初会った時、平気で食い物を取られた気がするぞ」
『あれは、おぬしの心意気を受け取ったのよ。あの時のあのトーストは、おぬしにとって最期の食事になるはずだった。……貧者の一灯には、普通とはひと味違った価値がある。甘露じゃ』
「……ああ、そうかね」
ため息を吐く。
やはりこの生き物、簡単に理解できるような存在ではない。
……。
…………。
…………………………。
だが、まあ、こいつ。
不思議な魅力は、あると思う。
ほんの、少しだけ。