その10 最初の成果
「レベルアップか……よし」
呟いて、僕はさっそく《死人操作Ⅲ》を取る。
こういうのは基本、ある程度ピーキーなスキル選びが重要だ。
……とはいえ、次くらいは《拠点作成》をとっても良いかも知れないが。
例によってPCが一瞬、読み込み画面になって、
『《死人操作Ⅲ》を確認。新たな能力がアンロックされます。
・操作する”ゾンビ”の攻撃力と防御力が上昇。
・車の操作(近づいてFキー)。
※乗り物の使用には生前の”ゾンビ”の運転技術が反映されることに注意。
・待機状態の”ゾンビ”が攻撃を受けた場合、自動的に反撃を行うモードを追加します。』
「ふむ」
唸って、ちょっとだけその効果が期待外れだったことに落胆する。
もちろんこれも大切な一歩であることに間違いないが、――この飢餓感を緩やかにするような追加要素はないようだ。
まあ、それも仕方がないか。恐らくそのための《飢餓耐性》だろうし。
「何にせよ、まずは……お値段100%オフのお買い物タイムだ」
引きちぎられた”ゾンビ”の足を放り捨て、半ばドアが開いているセブンイレブンへと入り込む。
その内部は少し荒らされていたが、ほとんどの商品は無事だ。
焦る指先を必死に宥めて、僕は買い物用カートの中に物資を放り投げていった。
――とりあえず、明太チーズもんじゃ味のベビースターラーメンは外せないな。
――それと、とみ田監修の豚ラーメンも、今なら完食できるだろう。
――冷たいそば類も外せない。
――亮平は、カレーが好物だったっけか。
――おにぎりは片っ端から。宝の山だ。
――サラダ類も、今後のために取っておいた方がいい。
――カップ麺など、長持ちするものは後回しでいいか。今は賞味期限が近いモノから食べていこう。
――酒。……酒か。特に必要ないが、ブランデーを一本くらいなら。念のために。
品物が豊富だからといって、落ち着いてほしいものをクリックしないと間違ったモノを拾ってしまう。
そこを良く注意する必要があったが、正確なエイムに関しては自信があった。
仕上げとばかりにポータブル電池を全て突っ込むと、当面の間は頑張れるくらいの物資がそろう。
できれば、両手にモノを持たせたかった。先ほどの戦いでの負傷が悔やまれる。
とはいえ、我が家からコンビニまでのルートをしっかり確保できれば、今後はもっと安全に行き来が可能になるだろうが。
「よし、戻ろう」
▼
もちろん、課題がもう一つあることを僕は忘れていなかった。
我が家付近にいる三匹の”ゾンビ”たち。
かつて弟に襲いかかった連中だ。
奴ら、未だにこの辺をたむろしているらしい。
物資を自宅に届けるには、最後の関門として奴らを排除しなくてはならない。
「さて、――」
とはいえ、ここは必殺のアイテムを使うつもりでいた。
拳銃、である。
警官”ゾンビ”がこれを使用可能であることは、すでに確認済みだ。
「ありがとう、警察のおじさん」
心からこの個体に感謝の言葉を述べる。
”終末”以前は、彼らの世話になるような真似は恥だと思って生きていたものだが。
買い物かごを右手に、コンビニから我が家までの最短ルートを進む。
すると、すぐに見えてきた。
コンクリートの塀に囲まれた、二階建ての木造建築。
高校時代、とある後輩を家に招いた時、「なんか、遺産相続を巡る連続殺人事件とか起こりそうっすね」などと言われたこともある、先光家の邸宅である。
見ると、玄関先にある鉄の格子戸を、一匹の”ゾンビ”が必死にがしゃがしゃとしていた。その顔には見覚えがある。ヤクルト配達員のおばさんだ。
「――ッ」
見知った人の死に哀しい気持ちになりつつも、これ以上扉を弄くられては困る、という焦りが上回る。
僕はひとまず買い物かごを傍らに置き、拳銃を引き抜いた。
すると、画面中央に十字線が出現する。僕にとっては実に見慣れた、――FPSの照準だ。
そして確実に、しっかりと狙いをつける。
日本の警官が携帯している銃はニューナンブM60。ミリタリーオタクの友人曰く、この命中性能はとてつもなく低く、動き回っている標的にはほとんど当たらないという。
とはいえ、僕の腕があれば、――
「南無阿弥陀仏……」
呪文のように唱えて、引き金を絞る。
たーん、たーん、たーんと、高らかに銃声がして、”ゾンビ”の脳漿が三つ、我が家の壁を濡らした。
「……よしッ」
ホッと一息。再び、買い物かごを手に取る。
と、その時であった。
ぞ、く……っ、と、厭な感覚がする。
それと、ほぼ同時だ。全身の力が一気に抜けた気がして、身体が言うことを効かなくなったのは。
マズい。
良くわからんが恐らく、力を使いすぎてしまったらしい。
このまま気を失ってしまって、警官”ゾンビ”の操作ができなくなってしまっては終わりだ。銃声を聞きつけた周辺の”ゾンビ”たちに襲われて、食べ物も役に立たなくなってしまうだろう。
「……くっ」
僕は咄嗟に視点を空に向け、Gキーを操作。我が家の囲いの中へ、買い物かごを放り投げた。
どか、という着地音とともに、それが庭へ落ちたのを確認する。
最悪これで、一部の食べ物は使えなくなってしまうかもしれない。だが、何も食べられないよりマシだろう。
……あとは……、
PCを離れ、よろよろとした足取りで部屋を出る。
そして、最後の力を振り絞って、こう叫んだ。
「亮平……ッ! 庭を……、庭を見てくれ……ッ!」
ぷっつりと意識が途絶えたのは、その次の瞬間である。