その116 小さな幸運
どうやら、話はついたらしい。
三人はいま、円陣を組むように手を繋いだ後、それぞれ別れを告げている。
PC前の僕は、神妙な表情で顎を撫で、このように独り言ちた。
「……ふーむ……。結果論だが……」
ここに来た甲斐は、あった。
彼女たちはさっき、この僕が見ているとも知らず、決定的な隙を晒したのである。
――最低でも、二つ。
二つ以上のスキル(あるいは”実績報酬アイテム”かもしれないが)の組み合わせで、カナデさんはこちらの位置を把握していたらしい。
カナデさんには、万能の索敵能力はない。
で、あれば、今後はある程度、大胆に動いても良さそうだ。
その事実を把握した時点で僕は、すでにゾンビたちにいくつかの行動を命じていた。
豪姫、マッチョを航空公園周辺に。
ミント、サクラを物資回収に。
今のうち、せめて二、三度は余裕で戦えるよう、食糧を確保しておきたい。
あとできれば、カナデさんの”隠れ家”の正体を見極めたい。
しばし、少女たちの動向を見守る。
と、その時だった。
『やべーやべーやべーやべー! まじでやべーって!』
本日三度目の登場。性欲強い系男子のたっちゃんである。
『……また、あなたなの?』
さすがに付き合いきれないと思ったのか、ミソラさんがここまで聞こえる声を上げた。
『悪いけど、これ以上からんでくるようなら、酷い目に遭うよ』
『ちがうちがうちがうちがう! やべーやつ! まじのやつ! すっげ! まじまじ!』
『……えーっと』
うーん。なんとも絶妙な語彙力のなさだ。
とはいえここからでも、彼の動向が普通じゃないことくらいはわかる。
やがて彼は、マンション中の人間に聞かせるつもりで、こう叫んだ。
『ゾンビ! たくさん!』
この世の中においてその二言は、「全てに優先しうる緊急事態」と同義だ。
『…………!』
少女たちの表情が、同時に険しくなった。
「……ちっ」
ヘッドセットをコツコツ叩いて、渋い顔を作る。
そういえば、彼は”マンション組”であったか。
高所から街を眺めた結果、敵の進軍に気づいたのだろう。
無論、”ゾンビ”たちの動向を常に把握することができている僕は、大群がこのコミュニティに向かっていること、とっくに気づいている。豪姫とマッチョを航空公園に近づけさせたのは、それに対応させるためだ。
――できれば、彼女たちは何も知らずにいて欲しかったが。
さすがに、そこまで望むのは馬が良すぎたか。
大きく嘆息しつつ、視点を豪姫へ。
場所は、国道463号線。
”飢人”の拠点へと真っ直ぐに繋がる、航空公園駅から歩いてすぐの二車線道路である。
乗り捨てられた乗用車が放置されている、ごく一般的な道。
決して広々とはしていないその奥で、ゾンビたちが行進していた。
規模は恐らく、数百かそこら。
連中の狙いは、まだわからない。恐らくは威力偵察、といったところだろうか。
その割にはちょっとした大群だが、これはそれだけ、連中の戦力が無尽蔵であることを意味していた。
「はて、さて……」
指をもみほぐし、ぱきぱきと音を立てる。
豪姫には、鋼鉄製の頑丈なバット。
マッチョくんには、実績報酬で得た”てつのつるぎ”。
どちらも、主に鈍器として運用している武器である。
「やるか」
小さく嘆息して、マッチョくんを”掃討”モードに切り替える。
ここから先は、ゾンビ一匹、通すつもりはない。そのつもりで。
『おお、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お……』
ゾンビたちの合唱が、徐々に近づいてきた。
そこで僕は、”W”キーを押下して豪姫を前進させる。
それに応じるように、数匹のゾンビが突進してきた。
僕はまず、ホームセンターから持ってきた投擲物を取り出す。
包丁。ナイフ、アイスピックにマイナスドライバーまで。
力を強化された豪姫なら、十分な武力になり得るアイテムが勢揃いだ。
僕は、それらを一つ一つ丁寧に、ゾンビたちの額に投げつけていく。
連中の動きは、テレビゲームの雑魚キャラみたいにスローだった。まるでその姿は、「攻撃を当てて気持ちよくなってください」と言っているかのよう。
「一つ、二つ、三つ、四つ………」
五つ、六つ、七つ、八つ、と。
動かなくなったゾンビたちが、次々と地面に転がっていく。
敵の数が、減っている実感がない。焼け石に水。埒があかない……そんな思いに囚われながらも案外、こういう仕事が終盤の詰めで効いてくると、そう信じている。
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
なんて、小さなラッキーにも恵まれたりして。
これでたしか、レベル15だったか。キリの良い数字だな。気に入った。
「《死人操作Ⅷ》を。いま、すぐに」
こうなったとき何を取るかは、事前に決めていた。
単純な、戦力強化。これだ。
『《死人操作Ⅶ》を確認。新たな能力がアンロックされました。
・操作する”ゾンビ”の基礎ステータスが上昇します。
・操作する”ゾンビ”を通して《スキル鑑定》が可能になりました。』
――《スキル鑑定》?
一瞬、脳裏に疑問符が浮かんだが、今はどうでもいい。
単純な戦闘力の強化。この土壇場でこの能力は、とても助かる。
気づけば口角が、にやりと笑っていた。
「シンプルにステータス強化って……。おいおい、アリスちゃん。ネタ切れか?」
なんて軽口を叩きつつ、自身の豪運に感謝。
――終末も結構、悪いもんじゃない。
そんな風に思っていると、
『ハイ、ゴ主人様。コーヒーデスヨ(^^♪』
ベストタイミングで、よし子が差し入れをくれる。
本当にこの娘、気が利くロボだ。
『ノミヤスイヨウ、ヌルメニ淹レテマス。ガンバッテクダサイネ٩(ˊᗜˋ*)و』
僕は無言で、親指を立てた。