その115 大いなる責任
――”ゾンビ使い”と交戦した際の動向。
――”飢人”の潜伏地点と、その現状。
これらの情報を共有したあたしたちは、「うーんうーん」とそれぞれ唸って、
「……どーしよ」
出ない結論に、すっかり困ってしまっていた。
――責任が、重すぎる。
そんな風に、思えたから。
あたしたちの行動一つで、たくさんの人の生死が左右されるかもしれない。
いますぐ答えを出せっていわれても、怖くてできないよ。
もし自分の発言が原因で、ここのグループの人たちが死んだりしたら、……たぶん、おかしくなっちゃうと思うもの。
とはいえ、いつまでもそこでぼーっとしている訳にもいかなかった。
「……このまま悩んでいても、緩慢な死が待つばかりですね。そうしているくらいなら、一人でも多くの人助けをして、一つでもレベルを上げた方が、よっぽど世のため人のためになる」
ロボ子ちゃんの、言うとおり。
「で、あれば。……いっそまた……」
「”幸運のコイン”でしか?」
「そうですね」
「でも、あちしたちまだ、問題を二択にすら絞ってないでし」
たしかに。
コインの裏表で方針を決めるのなら、問題を”A、またはB”の状態まで詰めなくちゃ。
いまあたしたちが考えているのは、もっと根本的な部分、――「これからどうする?」ってところだもの。
けれどロボ子ちゃんは、深く深く嘆息して、こう言った。
「いいえ。我々はいま、もっともっと根っこの根っこ……基本的なところで足踏みしています。今後について決めるのはその、大まかな方針から決定していかなくては」
「え?」
「状況はいま、混沌としています。”ゾンビ使い”との戦いに集中すれば”飢人”と戦うことはできず、”飢人”との戦いに集中すれば、”ゾンビ使い”に足元を掬われかねない……」
まあ、それはそうね。
しかも両者ともに、あんまり交渉の余地がないときてる。
「であればいま、優先すべきは間違いなく……」
「”飢人”、でしか」
「おっしゃるとおり」
たしかに。
意味もなく人を殺すわけじゃない”ゾンビ使い”より、”飢人”の方がよっぽど危険だもの。
「……そう言われちまえば、話は簡単でし。これからあちしたち、”飢人”の撃退に集中する……」
「基本的には、その通りです」
そしてロボ子ちゃん、見事な黒髪をふぁさっとかき上げて、
「ただし。”飢人”はいま、とある建物に潜伏している。……恐らく、現状の私たちのレベルでは、ヤツを倒すのは不可能でしょう」
その言葉に内心、ほっとする。
――たぶんあたしたち、”飢人”には勝てない。
言い出しづらかったその言葉を、代わりに言ってくれたから。
”プレイヤー”が”飢人”と戦う場合、必ず無傷で勝たなくちゃいけない。
さもなければ、あたしたち自身が”飢人”となってしまう。
その展開だけは、どうしても避けなくちゃいけないんだ。
「で、あれば、積極策は打てません。使えるのは、消極的な作戦のみ」
「消極的な……?」
「これまで通り、どこかに陣取ってレベルアップを図る。それだけです」
「なんだ」
そういうことか。
それなら別に、難しく考える必要、ない。
”幸運のコイン”を投げる必要もないんじゃ……。
あたしがそう思っていると、
「ただし」
厳しい目つきで、ロボ子ちゃんが”コイン”を突きつけた。
「どこに陣取るか。――要するに、どの場所を我々の目に届く位置に置くべきかは、十分に検討する必要があります」
「……?」
「考えられる案は、大きく分けて、二つ。
この、航空公園のコミュニティ。
あるいはそれ以外、です」
あたしと奏ちゃん、きょとんとした顔を合わせる。
「これまで通り、飯田さんの家にいるのは……?」
「……それだと、ここを”飢人”が襲撃したとき、誰が護るのです」
ああ、そっか。そうだった。
なんか知らないけど、ぜんぜん頭が回ってなかった。早朝だからかな。
「とはいえミソラのいうとおり、いっそ『ここを護らない』という手も、十分に考えられる」
「なんで?」
「その場合おそらく、”ゾンビ使い”がここを守護しようとするでしょう。”プレイヤー”にとって生存者は、経験値をくれる貴重なリソースになるので」
確かに、そうね。
「そして、その場合は……」
「当然、”ゾンビ使い”は消耗します。そうすれば今後、ヤツとの戦いを有利に進めることができる」
「なるほど……」
すごい。
賢いやり方だ。
ロボ子ちゃんったら、すっかり軍師ポジションね。
「ゆえに。私は提案しているのです。
ひとつ。いまいるこの場所、航空公園のコミュニティに居座って、ここの人々の守護者となるか。
ふたつ。安全地帯に引きこもって、駆虎呑狼を待つか」
そう言ってロボ子ちゃん、コインを親指に乗せる。
「……表なら、前者。裏なら、後者」
そして有無を言わさず、それを弾いた。
朝日を浴びて輝くコインが、宙を舞う。
「……あっ」
あたしはすぐさま、それを受け止めようと前へ出て……奏ちゃんとぶつかった。
「いたっ」「でしっ」
コインが地に落ち、跳ねる。
「……………っ!」
あたしは慌ててそれを踏みつけ、その裏表を見えないようにした。
そんなあたしたちを、ロボ子ちゃんは呆れたように見据えて、
「人類のみなさん特有の、意味不明な動きですね」
率直な感想を言った。
とはいえその口元には、不敵な笑みが浮かんでる。
まるで、あたしたちがそうすること、最初からわかっていたみたいに。
その期待に応えるように、あたしは言った。
「二つ目の案は、ぜったいなし。あたしたちで、ここを護ろう」
そう宣言すると、奏ちゃんもこくこくと首を縦に振る。
「そのやり方だと、ここの連中の命を危険に晒すことになる、でし」
「……仮にそうする方が、我々にとって良い結果を招く……と、しても?」
ロボ子ちゃんの質問に、あたしたちは同時に頷いた。
「あたしたちは、危機迫る人々を見捨てない。……決して」
それが、スーパーガールの義務だもの。
「わかりました」
ロボ子ちゃん、満足したように目を細めて。
「で、あれば。我々が取るべき行動は、ただ一つ、ですね……………」
すべて、想定通り。
そんな口ぶりで、にっこりと微笑んだ。