その114 三人の男
「うおおおおおおおおおおおっ」
「ひょうひょうひょうひょう!」
「よっすよっすよっすよっす!」
……と。
なんか、アニメに出てくるやられ役のキャラみたいな奇声を発しながら、彼らが近寄ってくる。
正直、第一印象ですでに、厭な感じはしていた。
決してみんな、見た目はそれほど悪くない。
ゾンビが発生してからまだ、一ヶ月も経っていないけれど……すでにみんな、身ぎれいにすることを忘れつつある。
そんな中で彼らは、自分たちにできる精一杯の方法で、自身を清潔に保っているように見えた。これってたぶん、ちょっとした努力の賜物だ。
けれど、その……。
なにごとにも、タイミングってものが、あるんだよね。残念だけど。
「……ミソラ」
ロボ子ちゃんが、冷え切った口調で呼ぶ。
なんなら、「いますぐ斬り殺しましょうか? 私別に、なんとも思いませんよ。ロボなので」くらい言い出しそうな雰囲気だ。
あたしは慌てて、こう言った。
「待って。あたしが話すから」
あたしだって、美少女の端くれ。ナンパ男に絡まれるのは初めてじゃない。
「あ、すいません。いま、忙しいので」
とはいえなんだか、怖い気持ちもあった。
この人たち、今まで出くわしたナンパ男とは、ちょっぴり違う。
飢えている。それも、強く強く。
「忙しい? 忙しい……ふむふむ。…………け~ど~も~……?」
「えっ」
「だ~け~ど~も~?」
「……あの」
「し~か~し~?」
「ええと。……ちょっと、向こうへ行ってもらえません……?」
「はははっ。受ける」
いけない。
これ、会話にならないタイプの人たちだ。
「三人とも、すっげぇ可愛いじゃん。ところで飯食わない? 奢るけど」
いかにもな口説き文句に、「慣れているな」と思う。
だったらきっと、断られることにも慣れているはず。
あたしは落ち着いて、語調を強くした。
「悪いんですけどあたしたち、忙しいから」
「えー、冷たいこと言わないでよぉ。……こんなとこで話すより、俺たちの家の方がよっぽど、たのしーことあるぜ?」
「そういわれても……」
ちらりと、奏ちゃんを見る。
こういう時、いの一番に拳銃をぶっ放しそうなのは、彼女だったから。
でも、その時の奏ちゃんは、少し意外なほど、無力だった。
怯えている……というよりは、どうしたらいいのかわからなくなってる感じ。
そういえばこの娘、男の人が嫌いなんだっけ? こういうタイプ、苦手なのかな。
あたしが向き直ると、男の人はぽんと手を打つ。
「んー。じゃ、わかった! 俺たち、その辺に居るからさ。そっちの話が終わったら、そのあと話そうよ」
「いや、その。……できればもう二度と、現れないで欲しい……」
「え? なんでなんで?」
「なんでって……私たちだけで、相談したいことがあるから……」
「えーっ。なになに、悪巧み?」
「ちがいます」
「じゃ、なんでこんな暗い時間に密会してんの? そんだけ強いんだから、コソコソする必要、ないじゃん」
「それは、……そうなんですけど」
「ひょっとして、あれ? あんたらのスーパー・パワーで、ここのグループを支配しちまおう、とか……」
「だから、そういうんじゃないですって」
話していくうちにだんだん、良くないことが起こっていることに気づく。
いま、あたしたちは、ここのグループと良好な関係を築いている。
下手に悪印象を遺して、よくない噂を流されるのはまずい。
生存者はみんな、経験値をくれる貴重な存在だ。
ここのグループの人に嫌われるってことは、レベルアップが滞るってこと。
”プレイヤー”として強く在り続けるためにも、それだけは避けなくちゃいけない。
――どうしよ。
八方塞がりになって、あたしは言葉に詰まった。
と、その時だ。
「はいはい。彼女たち、困ってるじゃん。そこまでにしよっか」
神園優希さんが、間に割って入ってくれたのは。
「なんだよぁ、あんた……」
三人はそこで、初めて優希さんの存在に気づいたみたい。
そして、未明の闇にいてもはっきりとわかるその美しさに、一瞬にして目を奪われたんだ。
その時あたしたち、こう思った。
――人が、恋に落ちる瞬間を、目の当たりにした。しかも立て続けに三回。
ってね。
「うお」
「すげ」
「まじ」
彼らはそれぞれ、たった二文字で構成される台詞を口にして、……その意識の全てを、優希さんに向けた。
彼女は、あたしにちょっとだけウインクして見せたあと、
「飯なら、俺が付き合うからさ。見逃してあげなよ。いいだろ?」
「ああ」「おけ」「うす」
すると三人は、セイレーンに魅入られた旅人みたいに、彼女の後に続く。
あたしは呆然と、その背中を見送って。
「………あっ………」
そして数秒後、ようやく我に返った。
いけない。いくらなんでも、優希さんを犠牲にするわけには。
そう思ったあたしの肩を、ロボ子ちゃんがぎゅっと掴んだ。
「落ち着いて。優希さんが自ら選んだことです」
「でも……」
「彼女なら、自分でなんとかするでしょう」
その口ぶりはどこか、以前から優希さんのことを知ってるみたい。
「――?」
頭の上に、一瞬だけ疑問符が浮かんだけれど、
「それより、奏。中断していた話の続きを。早く」
確かに今は、そっち優先だ。
「ん………ああ」
そこで、しばらくポンコツになっていた奏ちゃんが我に返る。
「ええと……どこまで話したっけ」
「”ゾンビ使い”の能力の法則性がわからない、……と」
「ああ、そっか」
「それともう一点、問題があるとか」
「ああ、それな」
すると奏ちゃん、ぽんと手を打つ。
「どうもこの街に、第三勢力が入り込んでるっぽい」
「第三勢力?」
「うん。……この前、ミソラたちが戦った……あいつの仲間。誰のネーミングか知らんけど、ゾンビ化した”プレイヤー”のやつ」
「”飢人”ですか?」
「そうそれ」
あたしは、二人の顔を交互に見て、
「その、”飢人”がどうしたの?」
「いま、ここの近くに陣取って、なにか良からぬコトを考えてるっぽいでし」
「……ふうん」
それは、かなり危険だ。
「”ゾンビ使い”の仕業、かな?」
「いや、それはないでしょう。”飢人”は、亮平くんたちを襲っていました。”ゾンビ使い”と”飢人”は、敵対しています」
ああ。
だから、”第三勢力”か。
「当然ながらあちしたちは、このグループを守らなくちゃいけない」
「そうだね」
「かといって、”飢人”との戦いに集中すると……”ゾンビ使い”との戦いにも支障が出る」
「……………」
「これを、どう対応するか。どうしても、みんなと相談したくって」
たしかにそれは、独断で決められる状況じゃあない。
奏ちゃんが、直接会いたがるわけだ。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
三人、公園の隅で、しばらく考え込んで。
「これは……ひとつひとつ、詳細に検討していくしかなさそうですね」
ロボ子ちゃんが、長い嘆息とともに、そう漏らした。
「まず、カナデ。あなたが見聞きした情報をお教えください。一つ残らず」
早朝の会合は、もうしばらく続きそうだった。