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その112 お節介焼き

『げ』『うえ』『……ちっ』


 男たちが、そろって厭な顔を作る。いかにも「面倒なのに絡まれた」という感じだ。

 どうも彼女、同じクラスだったころと、それほどキャラは変わってないようだな。


――ガミガミとやかましい、委員長気質の関西人。


 それが、当時と変わらぬ、彼女の印象だった。


『おんどりゃ、こんちくしょーども。前にもいっぺん、言ったよなぁ? スケベもたいがいにせへぇんと、そのうちここのコミュニティ、追い出されることになるぞっ』

『いやいやいやいや! むーやん、勘違いよそれ! おれら、そーいうつもりないって! この子、気分悪いのかなって。そー思ってさあ』

『ほな、家連れ込む必要ないんとちゃうん、岸田さんとこ連れていきーや』

『いやいや。”テント組”のショボい休憩所よか、うちらの家の方がよっぽどいいし』

『うそこけっ。鼻の下伸ばしながら話しかけといて、説得力ないんじゃぼけっ』


 うーん。

 聞いていて気持ちが良いくらい、容赦ない罵倒だ。


――こりゃあおんどれ、なぁに体育の授業サボっとるんや!

――はあ? 『暑いから外に出たくない』?

――言い訳になっとらんのじゃ! はっ倒すぞ宇宙人!


 かつて僕も、がつんと言われたことがある。

 結局この場は、六車涼音の威勢の良さに勝ちを譲る格好になった。


『……ったく、あー、うぜー』


 男たちはそれぞれ、つまらなそうに大通りへ消えて行く。

 その際、


『ちょっと、ひーちゃん』


 連れの女の子に、六車が声をかけた。

 どうやら二人は、知り合いらしい。


『あんなんとあんまり関わってても、ええこと一つもないで』

『……………………』

『もし良かったら、……こっちに引っ越さへん? 寝袋ならまだ、予備あるし』

『…………………テント生活は、厭なの。屋根がちゃんとある家がいい』

『でも――』

『べつにあいつら、ゴムつけてくれるし。いいでしょ』

『……………そか』


 そんな、画面内のやり取り。

 僕はそれを、テレビドラマでも観ているような気分で、じっと眺めている。


『でももし、なんや辛いことがあったら……』

『しつこい。私、帰る』


 そうして彼女は、ぷいっと男たちの方へ消えて行った。

 僕はと言うと、


「六車のやつ、いまも元気にお節介焼き、やっとるなあ」


 関心混じりの独り言を漏らしている。

 彼女だってきっと、目の当たりにした悲劇は一つや二つじゃなかろうに。


『ほんでぇ。――お次は、あんた』


 モニター越しに、六車と目が合う。


『あんた、はじめましてやね。どこの子?』


 僕は、少しだけ考え込んで、


『ひみつ』

『秘密……。なんで?』

『なんででも』


 と、コミュ二ケーションが苦手な人の感じで逃げようとする。

 救い主である彼女には申し訳ないが、長く関わっている時間はなかった。


『やくそく、あるから』

『え?』

『いかなきゃ』

『いや、質問の答えになってないんやけど……』

『さよなら』


 「あなたに興味がありません」。

 言外にそう匂わせつつ、ツバキを去らせる。


『ちょっとちょっとちょっと!』


 その背中を追う六車。

 とはいえ彼女も、無理矢理行く手を阻むような真似はしない。彼女なりにこちらの気持ちを察したのだろう。

 ただ六車は、ツバキを引き留める代わりに、


『ほな……せめて、これ!』


 と、一枚の紙切れを押しつけた。


「……………?」

『もし自分の居場所に迷ったら、ここまで来たってぇ。歓迎するし』


 その内容に、さっと視線を走らせる。

 それは、あらかじめ用意していたらしい、手書きの地図のようだ。いま六車が住処にしているテントの位置が示されている。


「……………………余計なお世話を」


 思わず、渋い表情になる。

 僕が、この情報を活用する機会は恐らく、ない。

 こんな、手間暇のかかったものを受け取る資格はないのだ。


 とはいえ、これを突っ返すのもまた、失礼に当たるだろう。

 僕は、一瞬だけ迷った後、


『ありがと』


 最低限の礼儀としてそう入力し、その場を後にする。


『あっ…………あの…………あんた、ひょっとして…………』


 六車はどうも、最後に何か言いかけたようだが……すでに約束の時刻が近づきつつあった。さすがにそこまで関わっている余裕はない。

 大通りに出た頃には彼女も諦めたらしく、例の威勢の良い関西弁は聞こえなくなっていた。



 ちょっとした邪魔が入ったが、――これでようやく、予定していた行動をとることができる。

 僕はぐるりと遠回りするルートで、この辺りでは唯一の緑地公園を目指す。

 一応到着は、少し遅れてくるつもりであった。カナデさんの反応を見るためである。

 もし、彼女の能力がゲーム用語で言うところの”常時発動(パッシブ)スキル”であった場合、それだけで彼女の脅威度を推し量ることができるだろう。

 逆に、能動的に発動させなければ意味のないタイプのスキルであったならば……つけいる隙はまだ、十分にある。


「さて。どうなることか……」


 祈るようなつぶやきを漏らしつつ、そっと公園の裏手へ。

 草むらに紛れて、様子を伺う。


 そこにはすでに、ミソラさん、ユキミさん、カナデさんの三人が揃っていた。

 少し離れた場所には、優希の姿もある。


――さすがに、……攻撃は……届かないか。


 ここまでは、予想していたとおり。

 カナデさんはいま、公園内のアスレチックを背に、用心深く周囲を警戒している。優希ですら、自分の近くには居させていない。その点では彼女、”プレイヤー”である仲間以外、誰も信頼していないようだった。


 一応、PCの音量を最大にしてみたが、風の音が耳障りなだけ。彼女たちの会話までは聞こえなかった。

 画面に表示されている映像はしっかりと録画しているものの、ここからわかるのは、彼女たちの身振り手振り、くらいだろうか?

 とはいえカナデさんが仲間に、あれこれ相談していることくらいはわかる。

 その様子から……ずいぶんと、焦っているらしい、ことも。


「僕のスキルの……話、なのかな」


 独り言ちつつ。

 ただ、なんとなく違和感があった。


 アリス特製の《死人操作》が、想定外の性能であることは、想像に難くない。

 ひょっとすると、この場所を立ち去った方が手っ取り早い。そういう風に思っているのかも。

 だが、今の彼女たちの表情はまるで、死活問題について論じているようだ。

 別に、危険だと思えばこの土地を去ればいいだけの話なのに。


「――おや?」


 と、その時だった。

 なんだか突然、ミソラさんがカナデさんを、ぎゅっと抱きしめたのである。


「…………フムフム。これは…………」


 百合か?

 百合展開、なのか?


 くそ。何を話しているか、すごく気になる。


――話だけなら、後から優希から聞けるだろうか。


 そう考えていると、


『お、お、お、お………~~?』


 ここからでも聞こえる大声で、男たちが現れる。

 彼らの顔には見覚えがある……のも、当然のこと。

 ほんの先ほどまで、顔を合わせていた三人組だ。


『知ってるぜ知ってるぜ知ってるぜ! あんたら噂の、スーパーガールじゃーん!』


 そう言いながら、元気よく近づいていく三人。


『三人とも、すっげぇ可愛いじゃん。ところで飯食わない? 奢るけど』


――嘘だろあいつら。性欲が強すぎる。


 もうこうなってくると、勇者と呼ぶべきレベルである。相手はただの女子高生ではない。呪文一つで、簡単に人の命を奪う女子高生だ。痴話げんかなどしようものなら、ワンパンでこちらの命を刈り取ってくるタイプの娘たちなのだ。


 とはいえ僕の視点では、


――これは……運が向いてきたかも。


 という気持ちがあった。


 いかにも軽薄なナンパ男に、――彼女たちが、どのような対応をとるか。

 巧くすれば、思いも寄らぬ情報を引き出せるかもしれない。


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