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第7話 未知を欲し未知を恐れよ


「おはよー! え、何!?」


 朝、キズミは登校するなり教室前で入場制限を食らった。満員電車の如くごった返した出入口は、右往左往する彼女になど欠片も関心を引かない。


 わらわらと屯する人だかりは、よくよく見れば見たことのない顔ぶれも混ざっている。どうやら他クラスの生徒もいるようだ。


「あ、竜おはよ」

「ワタリちゃん! おはよう! なんかわたしの席知らない人座ってるんだけど!」

「え? リーベさん知らないの?」


 お手洗いに行っていたのだろう、ハンカチで手を拭きながら現れたワタリが困ったように言う。

 初めて聞く名にキズミが「り、べ?」となんともいえない鸚鵡返しをする間にも、教室の後方は変わらず騒がしい。


 寄り集まった生徒の注目の的となっているのは本来キズミの席だ。そこに、やはり初めて見る女子生徒が当然の権利のように座っている。机上にはトランプより少し大きめのカードが数枚伏せられており、何らかの儀式のようでもあった。


「あの、私、とある先輩を追いかけてこの高校に来ました。……連絡先も知ってますし、前にジャージを貸してもらったこともあります。これって、私から告白してもいい、ですよね……?」


 人だかりの内の一人、やや前方に出た生徒が不安気に話し出す。すると席に座った女子生徒はそちらを見ることもなく、ぺら、と一枚カードを捲った。


 群衆がゴクリと唾を飲む……ような気がした。


 女子生徒が顔を上げると、「サラサラ」という効果音が聞こえて来そうなほど繊細な髪が肩に垂れ落ちる。

 毛先は肩甲骨を覆うように伸び、黒色、それもより黒い漆黒だ。前髪はぱっつんと横一文字に切られており、重ための雰囲気と併せ幼気な佇まいを醸し出している。


「親切というのはお金のかからない投資です。将来性がなければ関わる利もないですからね。先を見据えた繋がりを望まれているということは、脈は十二分にあるでしょう」


 低く掠れた、ハスキーな声。

 楚々とした佇まいに似つかわしくない据わった目つきも相まって、不思議な貫禄と妖しさで彼女が告げる。


「脈アリだってぇ~!」

「えーウソー」


 丁度キズミが来た時のように生徒たちが一気に湧いた。きゃあきゃあと大衆が色めく様は、彼女の言葉一つにいかに影響力があるかを物語っている。


(な、何者……?)


「もう時間ですね。何かありましたらまた昼休みにでも来てください」


 髑髏の描かれたカードを裏返し、一纏めに携えた女子生徒が席を立つ。彼女は周囲のどの人間より身長が低かった。

 次いで散り散りになる観衆を呆然と眺めるワタリと目が合うと、心底申し訳なさそうな声色で彼女へと声を掛ける。


「すみませんワタセさん、席に居づらかったですよね」

「あ、ううん……」


「ワタ”リ”だよ」


 すかさずキズミは彼女に食って掛かった。

 興奮冷めやらぬまま散開する生徒たち。その中心にいた女子生徒は、ワタリの顔を見てしっかりその名を間違ったのだ。


「そう、でした? ごめんなさい。ワタセさんだと思ってました」

「ううん、いいよ全然。竜もありがとね」

「竜……?」


 怪訝な顔をされる。ワタリが「あっ」と思ったのも束の間、キズミは彼女に訂正の余地を与えず、先日そうしたように堂々と名乗りを上げた。


「その通り! 臥竜丘ガリョウキュウ 創実キズミ、ドラゴンです! よろしくリベちゃん!」


「……初めまして。梨辺リーベ 直久莉スグリと申します」


「名前可愛いね!」

「はあ、どうも」


 リーベは冷ややかさすら感じる視線でキズミの顔を凝視していた。

 ハラハラと二人の顔を見遣るワタリの心中など知ったこっちゃないという具合に、キズミが追撃をかます。


「一個聞きたいんだけど、さっきみんなの前で何してたの?」

「もう先生が来ますよ。臥竜丘さんもお掛けになってください」

「待って待って、どうやってあんないっぱい人を集めたの? それだけ教えて!」

「また休み時間にお話しましょう、ね」

「待ってリベちゃん! 行かないで~~~っ!」

「どこにも行きませんよ。私の席、ここなんで」


 そう言って、リーベはキズミの二個前の席を指差した。

 間に挟まれたワタリが相変わらず困った顔をしている。否定されないということはそうなのだろう。


「めちゃ近っ!」



***



『有名カリスマ占い師 ←らしい』


 授業中にも拘わらず、キズミは素っ頓狂な声を上げかけた。咄嗟に両の手で口を覆い、喉元まで出かかった奇声をなんとか飲み込む。

 教壇に立つ八柱はそんな彼女を「また欠伸してら」とでも言いたげな顔で見ていた。メモを回した当人であるワタリは、既に素知らぬ顔で板書に戻っている。


(そっか……あれって、タロットカードか)


 リーベの扱っていた特殊な柄のカードたちを思い起こす。相談内容に応じて真価を発揮するタロット占いは、見聞きはしたことがあっても実際に目にしたのは初めてであった。


(でもあんなに騒ぐほどのこと?)


 しかしながら占いに抱く静謐なイメージと、あの異様な熱狂ぶりがどうにも合致しない。


 休み時間になって尚強烈な違和感を拭えないでいると、前方の席、それもワタリよりもっと前の方から和気藹々とした会話が聞こえてきた。


「直久莉見てコレ、新しいの買っちゃったー」

「可愛いですね」

「でしょー」


 廊下側の席で一番教卓に近いのはヨミノである。その次にリーベ、ワタリと続き、五十音順に席が設けられなかったキズミの順で一列並んでいる。


 結局、幾度目の授業を終えてもキズミがリーベと話す機会は得られなかった。

 大抵がヨミノに構っている上に、彼女自身も有名人という噂は真実なのだろう、同年代の筈のクラスメイトにおずおずとした態度で接されていることが多かった。


「スクールバッグなんかにブランド物使うって、ちょっと感覚わかんないよね。ねえ竜?」

「……」


 ヨミノをやけに敵対視するワタリは、気に食わない彼女が上機嫌にしているとすこぶる意地が悪くなる。

 嬉しそうに見せびらかされる革のカバンが良いものなのかすらキズミにはわからないが、控え目ながら存在感ある馬車のロゴは確かに見覚えがあった。

 ファッションにこだわりがあるのは別に珍しいことでも忌避すべきことでもない。そんなのは個人の自由なのだから放って置けばいいと、しかしキズミはその一言が言えなかった。


(この意気地なし……!)


 いよいよリーベとは一言も話すこともなく、且つ特に目立てるチャンスもなく放課後を迎えてしまった。

 物理的な距離は近いのに、どうしてか底無しの溝があるようにそこはかとなく近付き難いのだ。


(なーんか、ワタリちゃんもあんまり知らないっぽいしなぁ)


 幼い頃から「人間は怖い」と母から言い聞かされてきたキズミは、相手が未知数なほどうまく対話を図れない。いざ自分のペースに巻き込もうとして失敗したくないのだ。右肩下がりの付き合いはキズミの最も望まないところである。


「臥竜丘さん」

「!」


 昇降口でローファーの踵を摘まんだキズミは、不意に背後から掛かった声に振り向いた。


「もうお帰りですか?」


 そこには案の定リーベが立っていた。意外なことに、その顔は人好きのする笑みを浮かべている。

 朝の自己紹介時とは一転して優し気な雰囲気に、束の間ほっとしたキズミはつられてニコニコと破顔した。


「うん。リベちゃんも?」

「今朝、どうして私が臥竜丘さんの机を使っていたのか。気になりません?」

「え……」


「実は前から話してみたかったんです、臥竜丘さんと。最近、何か事故やトラブルがありませんでした?」


 上目遣いにリーベが問うと、どうしてか背筋が凍るような寒気に襲われた。

 彼女は何もおかしなことを言っていないのに。事実ひき逃げに遭い間一髪無傷で生還したキズミは、何食わぬ顔でその日も登校したのだ。


 ……だが駐輪場で変形した自転車を見て、「あぁ事故に遭ったのか」と推測はできても、果たして今のような迂遠な言い方になるだろうか。

 初対面のキズミに対して、持ち主もわからぬ自転車への言及もなしに。


「なんで知ってるの?」

「なんででしょうねぇ? ここじゃあ何なんで、場所を移しません? 良い場所があるんで案内しますよ」


 そう言うとリーベは踵を返して歩き出してしまった。慌てて靴箱を閉じたキズミは、内履きに履き替えることも忘れその後ろを追いかける。


 ―――秘密を掌握するミステリアスな雰囲気は、どうしたってキズミには出せそうもない。

 小さな背を追いながら、キズミはなんとなく彼女が人を惹き付ける理由がわかった気がした。



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