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第39話 夕星と異種遺恨

死の表現があります


 ―――ジリリリリ。

 止まない呼び出し音はいよいよ三コール目を逃してしまった。ケイは仕方なしに自らのデスクを殴り付け、衝撃で零れ落ちた受話器を拾い上げる。


「はい、熒惑宇宙人保険でございま……はあ……宇宙人がUMAに憑依して怪獣大戦争するわけねーだろ! 馬鹿が!」


「ただいまー」

「!」


 やや乱暴に電話を切ると、同時に観音開き式の扉が勢いよく跳ね開けられた。とはいえ開いたのは事務所のガラス扉ではなく、そちらは物言わぬまま鎮座している。

 声のした給湯室を振り返ると、案の定両開きの扉と、盛大に漏れ出る冷気の気配が直下に蟠っている。


「今日は暑いな。よっと」


 冷蔵庫の()から現れた細身の女は余裕たっぷりにブロンドを靡かせ、ついでとばかりにドアポケットからペットボトルの麦茶を手に取った。そうして無邪気な子供のように、腰掛けていたそこからひょいと飛び降りる。


「せめて窓から入って来いや……」


 衛生観念への指摘をする前に、息つく間もなく再び外線がけたたましく鳴り響く。ネヤが「鳴ってるぞ」となんでもない風に呟くと、事務作業にあたっていた女社員がとうとう彼女に泣きついた。


「社長~、朝からずっとこれなんです~」


 その女はネヤと全く同じ顔立ちをしていた。というより、ここで勤務する火星人の女は皆揃って同一の風貌をしている。ネヤの『お気に入り』である証だ。


「詳しく聞こうか」

「ほっとけ。どうせでっかいワニがどうのこうのって、城跡直せって電話だよ。管轄外だっつってんのに」

「そう。でっかい鰐ね、フフ。随分派手に暴れてくれたそうじゃないか。緋月、君そういうの好きだろ? 見て来なよ。どんなものか後で報告してくれ」

「後でって、いつまでに?」

「なあ、君って確か先月は休みも給与もなかったよな。まあ今月もないけど。たまには気晴らしに遊んで来たら?」

(なんじゃそら。いよいよクビか?)


 彼女は度々こうして、過干渉な親よろしく一方的な決め付けでケイを排斥することがある。それも所詮その時々の機嫌に過ぎないのだろうが、強引に持ち場から追い出される彼の心情は穏やかでない。


 階段を降る直前、ガラス越しにそっとオフィスを振り向くと、中では見目麗しい二人の女性がぴたりと寄り添い合っていた。


「ぼくもワニ行きたかったー」

「駄目。君は内勤」

「え~それってさみしいから~?」

「うん。寂しくて死んでしまうから」

「社長かわいぃ!」


(職場で! イチャ! つくな! 口ばっかで手が動いてねえんだよ、手が!)


 怒りに任せ会社を後にする。

 くだんの事件についてはニュースを見る限り、多数の死者ないし怪我人が確認されており、城跡の歴史的価値等を鑑みてもかなり被害規模が大きいらしい。


(って、天才チンパンジー共が言ってるだけで、信憑性はゼロやからな……)


 実際の状況を知るためとにかく駆けずり回るというのは、調査における基礎中の基礎である。そのためネヤの指示自体はなんら不自然ではない。だがそんなことは彼女自身が行えばいいだけの話であり、わざわざケイを介して情報を得る意味がわからないのだ。


 と、道中モヤモヤと悩んでいたが、その疑問はすぐに払拭された。

 現場へ近付くほど独特の腐敗臭が強まり、やたらめったら目に沁みるのだ。五感が優れているとこういう時に損である。


 人だかりの間を縫って臭いの元まで辿り着くと、改めてその巨大さに慄く。

 水堀全体を囲う継ぎ足しされたブルーシートはその隙間にハエが集っており、昨日降った水溜まりだろうか、周辺からも酷い臭いが漂っている。どうやら時折隙間から蛆の如く湧き出ている、黒にも赤色にも見える液体が異臭の根源らしい。

 何より目を引くのが、そこまで手厚く保護されているにも拘わらず秘匿し切れない、鱗に覆われた表皮だろう。頂だけがぽってりと顕在しているのがなんとも気味悪い。


「うわ、デカすぎて固定資産税かかりそうだな。なっ?」

「え? あ、はい」


 ケイはたまたま隣にいた、若いスーツ姿の男に声掛けた。人当たりの良い自然な愛想笑いを見るにかなりのお人好しなのだろう。

 素直な反応を返され、期待していなかった分思わずにっこり笑顔で会釈する。


(しかし、こんだけ人が多いとな。下手に掻っ捌いて爆発でもしたらやばいやろ)


 座礁したクジラが破裂するGIF動画を知見として覚えていた彼は、それがクジラでなくとも同じような被害を出す危険性を瞬時に察知した。

 この場には善性を感じられる一般人もいるのだから、余程の事がない限り手荒な真似はできないだろう。


 しかしながらこうした異常事態が起きた際、無知な人間は決まって「地球の終わり」だの「宇宙人の仕業」だの荒唐無稽な言い分で騒ぎたがる。電話口で顔を真っ赤にしている白痴の有り様が目に浮かんで、ケイは想像だけでげんなりした。


 そうしてどう報告しようかと逡巡する足先に、柔らかな衝撃がぽて、とぶつかる。


「ゼタロ マリャルト」

「お、レビたん。どした?」

「ゼタロ ギヴリネン」


 その場でくるりと回転したレビは、そのまま野次馬の中へと突進した。

 無数の足を潜り抜け人気のない路地裏へとケイを導くと、()()()()()()()()()()()()()、そこでピタッと静止する。


 喧騒を置き去りに、路地には数台の警察車両だけが群れを成していた。とあるワゴン車に迷わず飛び付いたレビは、鉄壁のバックドアに無情にも跳ね返されてしまう。


「何しとんねん」

「ウウ」

「……やけに静かだな。誰も居ないみたいだし、しゃあねえから開けてやるよ」


 必死の形相―――顔と呼べるパーツのないロボットには凡そ似つかわしくない表現ではあるが、実際レビの纏う焦燥感は命を削るような覚悟と信念を感じられた。

 ケイが鍵を破壊するまでもなく荷室は無防備に開かれ、中から厭にひやりとした冷気が漂う。

 それは家電から溢れる日常的な肌寒さでなく、心をざわつかせるような寒気であった。


「ヒルマ……!?」


 荷に積まれた一面の黒袋。いっそ狂気然としたレビが真っ先に向かった先を見て、彼は愕然とした。

 異臭と寒気の中横たわっていたのは、全く()のない、且つ見覚えのある顔だったのだ。


「え、なんで? ヒルマ死んじゃったん?」

「ゼタロ」

「そんな……」

「ゼタロ マリャルト」


 悲嘆に暮れる彼の膝元に、レビがそっと短足を乗せる。


(意思を……いや、脚を寄越せ……?)


「ヒルマ ティットロロウ ツァジリー」


(……愚鈍な竜を、ヒルマへ……)


 表面から見て取れる凹凸に、特におかしなところはない。否、異常な点はあるのだが、それは唯一蛭閒を除いた黒袋の話である。彼以外は上体部分しか膨らみが存在しないのだ。


「シャンリィ ヴィットライ」

(だから、古い所有者を破棄する)


 火星訛りを解読したケイは、次の瞬間には「俺が?」と思わず口を衝いていた。これはドッキリか何かなのだろうか。そうだとしたら流石に趣味が悪すぎる。

 でもそうじゃないとしたら、悪夢みたいな状況だ。


 レビ曰く、蛭閒はお前”も”手を汚せと要求しているらしい。

 神に肉体を捧げた人間は須らく事切れているが、そこには未だ意思が残留している。だから一片の未練も残さぬように、煮るなり焼くなりして人とは程遠いものにしなければならないと。


―――「死んだ方がいいやつなんて他にいくらでもいるだろ?」

―――「例えば誰だ」

―――「えっと、いきなり人の頭カチ割ってきた魚竜の女とか……」


 痛烈な心当たりにケイは閉口した。

 間違えようもない、あの魚竜は自分の発言が原因でああなったのかもしれない。対価として最後の最後、せめて後処理していけと当然のように言うレビの言葉が正しければ。

 無意識でもなんでも、自分が神様にお願いしたから? 浮かれて悪し様に言ったから、蛭閒が言葉通りに聞き入れてしまったのだろうか?


「いや、でも、俺が悪いの?」

「ティットロロウ」

「いや地獄に堕ちろじゃなくて。言ったは言ったけど本気にするなんて思わんやろ、普通、ただの愚痴で」


 動揺して落ち着きないケイの身体にレビが纏わりつく。彼はこんなことを望んだのではなかった。

 死に体の蛭閒より、忌々しい魚竜の女より、コンビニ袋片手に「約束ですよ」と笑むリーベの顔が脳裏にチラついて、絶望的な気分になる。


「じゃあこいつら全員、実質俺が殺した、って感じ……?」

「ゥサギ」

「……どういたしましてじゃねェよ」


 意図的に身振りを止めたケイは、同じく動き回ることを中止したレビを道路上へと下ろしてやった。間髪いれず、心臓部ごと思い切り踏み抜く。


「ン ンミ? ゥ」


(ヒルマには悪いが……こいつを野放しには出来ない)


 このレビとかいう存在は、創造物にしては人心を得過ぎている。異星の民が地球人を攻撃するなど、本来あってはならないことだ。


「すまんなレビたん。お前がいると、きっと社会が成立しないから」


 木が軋むような低音はどれだけ潰しても和らぐことなく、メリメリと骨が拉げるような感触がまるでそういう玩具のようであった。頭蓋を踏み躙っているような錯覚に陥りそうで不快極まりない。

 やがて沈黙すると、目の前でいくら手を振ろうと、風に服がはためこうと、反応が返ってくることは終ぞなかった。


(どうせクビだし……)


 面倒事のそもそもの発端がくだらない文句だったなんて、あの暴君社長が知ったらどう思うだろうか。

 ただでさえ煙たがられているのに、許されるはずがない。


 元あったように車両のドアを閉めると、バラバラになったレビの部品が風圧によってあちこちに飛ばされた。詰めが甘かろうがなんだろうが、もうケイには徹底的なトドメを刺す気力は残っていなかった。


(ま、いっか。俺元から運良いし。宝くじ当てて生計立てて、毎日昼まで寝て過ごそ)


 画面の隅々までひび割れた社用携帯を取り出す。「かっこいいから」という理由で破損の報連相を怠った支給品も、この際ついでに返してしれっと退職してしまおう。

 辞めると思うと不思議と肩の荷が下りた。いつかのリーベの言葉を借りると、ケイは正直、ネヤのことが怖くて怖くて仕方なかったのだ。

 それがようやく終わってくれる。


「あ、社長? 馬鹿ほどでかいワニは見れたんやけど、トラブルで数人やっつけちゃったから、また裏工作頼む」

『何かあったの?』

「いや……まあ、クズが調子乗ってたから。正当防衛だよ」

『へえ』


 僅かに消沈したケイの声色を読み取ってか、彼女は猫撫で声で語り掛ける。


『よく頑張ったね。君の正義に敬意を表するよ』

「……えっ」

『気違いから刃物を取り上げるのはさぞ大変だっただろう? 無下にして済ますという行為は、彼らに成功体験を与えることに他ならないからね。気に病む必要はない。理性で本能を抑制できない生物は、人になり得ないのだから』


 あり得ないほど厳しい折檻を想像していた彼は、自身を正当化する物言いにすっかり拍子抜けしていた。

 確かに正義感故に暴力を振るったのは事実なのだが、それをいざ肯定されたところでなんの感慨も湧かない。


『化け物退治ご苦労様。これからも期待してるよ、緋月』


 音声が途切れて画面が暗転する。


 化け物、化け物。

 彼女の言う化け物とは、一体何を指していたのだろう。



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