第3話 彼女はドラゴンの末裔
(なんか、つまんないなぁ)
疎外感からだろうか。あちらこちらで絶え間なく笑い声が飛び交っているのに、傍観に徹した際陰鬱な印象を抱くのは何故だろう。
彼女と違い自ら孤独を選んでいる者もいるのに。どうして、「寂しそう」などと決めつけてしまうのだろうか。
「ガリョーキューさん」
気の抜けるような、鼻にかかった猫撫で声。
自席でボケーっとしていたキズミは、名を呼ばれたことで傍に立った人影を仰いだ。
「あ、あたしクラス委員の四三野 白凪。なんか知んないけどセンセーからヨロシクねって頼まれたから。わかんないことあったら聞いてねーヨロシク」
クラス委員を名乗る少女はニコニコと笑みを浮かべつつ、萌え袖状態のセーターから覗かせたピースをだらりと揺らして見せた。
透明感のある茶色の髪は垢抜けた印象が強く、サラサラのはねっ毛が時折頬をくすぐる様が愛らしい。
寝不足から目も開き切っていなかったキズミの惚けた表情が、一瞬にしてパァッと華やいだ。
「よろしく!」
「キズミちゃんって呼んでいーい? あたしも白凪でいーし」
「うん、いいよ!」
サナの艶々と潤った爪が肩に滑り落ちるツインテールを払うと、途端に甘い香りがふわりと鼻腔を擽った。
その嫌味なほど主張の強い石鹸のにおいにキズミが立ち上がると、丁度目線の位置が同じぐらいになる。
「せっかくだしライン交換しよ?」
「あ、ごめん。スマホ持ってないんだ」
「ハ? あ、そうなの」
意外そうに目を丸くしたサナはおもむろに、胸ポケットから学生手帳を取り出した。
「電話番号だけでも貰えるのかな……」などとキズミが勝手にドキドキして待っていると、彼女はシャーペンで紙面にちょん、と文字にも満たない何かを書き込んだ。
そうして期待は叶わず、無情にもポケットサイズの手帳が閉じられてしまう。
「じゃ、そーいう感じでヨロ」
(……え、なに!? 今の!)
遠くの席からケラケラと哄笑が上がると、サナは吸い寄せられるように一度そちらへ身体を向けた。
自己紹介と同じく緩慢とした動きで別れの手を振られると、キズミは戸惑いつつも去り行く彼女にコクコク頷いた。自然と人の輪に入ってしまった彼女を、どこか夢見心地で眺める。
(サナちゃん……行っちゃった……)
まだまだ話し足りなかったのに。キズミは一層の孤独感に不安を抱え、教室全体をぐるりと見渡す。
中学までは一芸さえあればそれだけでヒーローになれた。
持ち前のギャグセンスや足の速さ、勉強の出来具合等々で、キズミも常に注目を浴び続けていた。
何かに特化しているわけではないが、大抵のことは平均以上にできる。生まれながらの器用さで以てクラスの中心に君臨していたのだ。
いた、のに。
そう、彼女は最後にやって来た主役のつもりでいたが、その他大勢にとっては本当に”ただ遅れて来た人”に過ぎなかった。
保身のため顔色を伺い合う彼らは決して訳アリのキズミをおちょくったり、ちやほや祭り上げるなんてことはしない。
みんな大人なのだ。それほど他人に関心がない。
「ねえねえ竜、さっきヨミノと話してた?」
「え? うん。サナちゃんとね!」
前方の席の生徒、名をワタリという。彼女はキズミの自称を面白がって、愛称としてキズミを「竜」と呼ぶ。
見計らったように席に戻って来た彼女は、すっかりクラスの中心グループに溶け込んだサナをうんざりした顔で睨み付けた。
「あの子ちょっと怒りっぽいから、あんまり話しかけない方がいいよ」
「そうなの? 優しかったよ」
「でもメモ取られてたでしょ。あれってヨミノが気に入らなかったことリストだから、竜なんかしたんじゃないの?」
「えっ……」
現状キズミが抱いている好感度は、サナとワタリ、二人とも変わらず百点満点である。
こうして訳知り顔で話すワタリが、もし、個人的な感情からサナを批判していたとして。キズミにはそれを責める勇気はない。
それに、例えサナがどれだけ理不尽な理由でキズミを突き放そうとしても、これから先彼女を避けるような振る舞いもきっとしないだろう。
たった一つ懸念しているのは、その節操のない良い顔しいが、両者にとって癪に障るものではないか。
心優しい友人を失うのではないか。
そんな心配だけだった。
「気を付けた方がいいよ。ページいっぱいになったらアウトらしいから」
「アウトかぁ……なったらどうなるの?」
「さあ? 殺されるんじゃない?」
「殺されるの!?」
高校って怖い。キズミは痛感した。