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第28話 あなたは猫を見てますか? 猫はあなたを見ています


(わたしって全然、友達いないな……?)


 その衝撃の事実に気が付いたのは、キズミが校内の清掃に励んでいる最中のことであった。


 交代制の掃除当番には、各場所ごとの役割分担がそれぞれある。中庭の落ち葉をホウキで掃いていたキズミには、頭上を横断する渡り廊下の喧騒がよく聞こえた。


(わたしが友達だって言い張ってるだけで、ワタリちゃんたちはそんなつもりないんだろうし)


 そしてきゃらきゃらと降りかかる笑い声は、彼女に久方ぶりの孤独感をもたらした。

 元々友情を重んじる方でもないが、ふとした瞬間身に染みて寂しくなってしまう。


「ほら、あそこあそこ」

「ほんとだ! 可愛い!」


(ぬ?)


 にわかに中庭が騒がしくなってくる。キズミはその関心の正体を知りたくて、億劫ながらも辺りをキョロキョロ見回した。


臥竜丘ガリョウキュウ


 同じ区画で当番にあたっている蛭閒ヒルマが何やら手招きしているのが目に入る。彼は渡り廊下のほとんど真下、学校のシンボルでもある記念樹の木陰で立ち尽くしたままだ。


「あ、ねこちゃんだ!」


 駆け寄るや否や何を言うでもなく木の上を指差される。先を見れば一匹の黒猫が枝にしがみついて蹲っており、そこから身動きできなくなっていた。

 それは幸い並外れて背の高い木ではなかったが、かといって彼らが背伸びして届くような低所でもない。


「どうやら降りられんらしい」

「任しといて! ほらほら、ねこちゃんおいで~!」


 有無を言わさずキズミが幹に手を掛ける。並外れた行動力と託されたホウキに、蛭閒が少しだけ困ったような顔をした。


「おまえが手を貸すこともなかろうに」

「え? なんか言ったー!?」

「早いな……」


 するすると器用に木登りをこなすキズミは、当然だが時折大股を開いて足を引っ掛ける形になる。つまりスカートの中が丸見えになり、スパッツを履いているとはいえかなりはしたない恰好にならざるを得なかった。


「あれ見えそうじゃね?」

「いいね~」


 その事実に蛭閒が気付いた時にはもう手遅れで、既に通りがかった男子生徒のグループがザワザワと色めき立ち始めていた。校内に動物が迷い込むというレアイベントに気を取られ、大概の見物人、そしてキズミ自身もその悪意に感付いてはいない。


 しかし上級生と思しき彼らは覗き込むような素振りを見せ、ヒューヒューと下劣な野次を飛ばし囃し立てる始末であった。

 その異様な声に驚いたキズミが、木の上でビクリと身を竦ませる。


「喧しいぞ! 散れッ!!」


 どこからともなくカラスの群れが飛び去ると、彼らの間に無数の影が駆け抜けた。

 身体の奥底が震えるような怒号。日頃取り澄ましている蛭閒の一喝によって、完全に賑わいを見せていた空気が一瞬で鎮静する。


「なんだよ、ノリ悪いな……」


 不穏な雰囲気に何かを察したキズミは、おずおずと下方を見渡した。容姿端麗、加えて上背もある蛭閒の威圧はなかなか寒心に堪えないものがある。

 ゾロゾロと踵を返す男子生徒らは、最後まで不満そうに彼女のいる木を見上げていた。裏を返せば、彼らしかキズミの方を見ていなかったのである。


「ねこちゃんをおどかすなー!」


 妬み半分、後悔半分。さりげなくスカートの裾を払った彼女は、次いで降りかかるけたたましい「にゃあん」の鳴き声に天を仰いだ。もう目と鼻の先に猫を捉えている。だが……。


「すまない」

「あと、あとさ! こっからどうしたらいいと思う!?」

「……小動物の扱いはわかるか?」

「わかんない!」

「……」


 プルプルと頼りなさげに震える足を見て、蛭閒はいつものように物憂げに溜め息を吐いた。



***



「あ、直久莉スグリ見て見て、キレーじゃない?」


 別棟へ続く渡り廊下を歩いていたリーベは、ふとクラスメイトの四三野ヨミノ 白凪サナに呼び止められた。見れば両手に花瓶を抱えており、葉に混じった鮮やかな黄色が彼女をやけに清楚たらしめている。


「なんですか? この花」

「スイセンだって。なんか咲いてたから引っこ抜いて来たのー」


 今しがたクラスへ戻ろうとしていたリーベは、そういえばと普段の教室風景を思い浮かべた。

 通常、室内の後部に飾ってあるそれには観賞用として造花の葉が挿してある。しかし今はサナの言葉通り水が張られ、花瓶には水仙の花のみが添えられていた。


「へぇ~委員長も可愛いとこありますねぇ」

「ハア? ンなわかりきったこと今更ァ?」

「そういうとこですよ~」


 リーベはふと、幼い頃に同級生が花の蜜を好んで吸っていたことを思い出した。見様見真似で吸ってみたものの、どうにも思うようにいかなかった覚えがある。

 当時は友人の一人もいなかったため、正しい方法を誰かに尋ねることも叶わなかったのだ。


 懐かしい記憶に触発され、彼女はなんの気なしに花の先端部分へ触れようとする。


「あ、それ毒あんだって」

「!?」


 瞬時に手を引っ込める。


「ちゃんと指六本残ってる?」

「いちに……ご、五本しか無っ……!」

「あはははっヴァーカ! はは、げほ、えふっ」


 笑うサナが咽る度、水仙も嘲笑うかの如くゆらゆらと揺れ動く。リーベは一瞬でも戯言を信じた己を恥じ、行き場のない不甲斐なさに赤面した。


「触ったらカブレるらしいよ、創実キズミが言ってた。直久莉も手ぇ洗いな?」

「臥竜丘さんが?」


 その時、リーベはなんとなく一歩二歩と後退った。

 無意識に花から距離を取ろうとしたのか、はたまた強い毒ではないことへの安堵か。とにかく険しい顔をして、不用意に後方へと寄ったのだ。


「うわっ!?」

「え?」


 とん、と背に何かがぶつかり、直後に唸るような悲鳴が耳を劈く。

 彼女は反射的に、眼前に迫った足先を慌てて引っ掴んだ。


 何故こんなところにこんなものが。爪先から腹、顔へと視線を移すと、その男子生徒の顔には図らずも見覚えがあった。身を乗り出して外でも見ていたのだろう、ぶつかった拍子に頭から場外へ突っ込み、手すりから宙吊り状態になっている。


「ヨシノさ……!? ちょ、ちょっと委員長、手を貸しなさい! 気が利かないんだから!」

「えー。放っといても死にはしないでしょ」

「死にますけど! 馬鹿か!? いいから手伝えっつってんですよ、お使いのお耳は正常に機能してます!?」


 這い上がろうと必死に藻掻く片足がすり抜けてしまわないよう、彼女は負けじとそれを抱き抱えた。


 現在地の階層は校舎の三階に位置する。落ち方によっては無事でいられる高さでない。

 それに落下先である中庭は芝生のクッションがあるが、同時に無数の人通りもあるのだ。第三者を巻き込んだ最悪の展開など想像に難くない。

 

「お願いですから助けてくださいっ、委員長!」


 立ち合った周囲も咄嗟の出来事に動けないままだ。ハラハラと固唾を飲んで行く末を見守るばかりである。中には先生を「呼んで来る」と言って別棟へ駆けて行った生徒もいたが、未だ戻って来る様子はない。


「あ……」


 遂に体重を支えきれなくなったリーベの足が浮き、ヨシノ諸共落ちそうになった瞬間―――。


「あーハイハイ。しつっこいなー。あ、これ教室持ってって」


 友人を発見したサナは、身軽になったと同時に手すりから下方を覗き込んだ。そのままフラフラと揺れていたヨシノの足を片手で捉ええると、今までのくだりはなんだったんだと呆れるほどに、いとも容易く彼の身体が引き上げられる。


 ……宙に投げ出されてしまったリーベ一人を置いて。


梨辺リーベ!!」


 今度はヨシノが彼女へ手を伸ばした。

 しかし指先を掠めただけで、リーベは入れ替わるように中庭へと真っ逆さまに落ちてしまったのだった。


「そんな……梨辺……、梨辺ぇーッ!」

「あはは、ざまあねーな直久莉! てかダレお前?」



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