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第25話 クラス委員長は慥慥爾


 四三野ヨミノ 白凪サナには気に入らない相手がいる。


 彼女が幼い頃、それこそ小学生だった時。世界は家と通学路、それと校舎の内側のみで構成されていた。

 そうして息苦しく退屈な現実は、大人になって外の世界へ行けば、消え去るものだと思っていた。


「37.4度。微熱ね」

「ギリ嬉しくないぃ…………」


 恐らく今日中に治ってしまうだろう、温度計の数字はなんとも休みづらい数値を示している。

 制服のリボンを結わえ直すサナは微かな熱っぽさを恨み、しかし支障になるほどではない気怠さに心底落胆した。


「少し休んでいきなさい。先生は職員室に用事があって少し席を外すけど、何かあったら談話室にも人が居るから」

「……じゃ、そうしまーす」

「すぐ戻って来るから、誰か来たらそう伝えてね」

「はーい」


 ピピーーーッ。


 ホイッスルの音が高らかに響き渡る。換気のためいっぱいに開かれた窓からは、体育に勤しむクラスメイトたちがよく見えた。風と共に巻き上げられたグラウンドの砂が口内にざらついて煩わしい。


「あ、サナちゃーん!」


 白線の間を行き交う幾つもの人影、その中の一人がこちらへ向けて大きく手を振る。

 短く切り揃えられた黒髪は陽が当たって透き通り、猫を連想させる大きな瞳が三日月に笑んでいる。溌剌とした、澄んだ水辺のような声も相まってとても眩しい光景だ。


(単純バカが)


 どことなく連帯感が生まれつつある団体の雰囲気は、もうキズミを余所者扱いすらしていない。あんなパフォーマンスをした彼女を、至って普通に受け入れている。


「くっそだりィ~……」


 保健室の窓辺で絶賛暇を持て余したサナが、あくまで好調を悟られないようフラフラと手を振り返す。

 指定の体操服を忘れた彼女は体調不良を言い訳にまんまと体育をサボっていた。……まさか、本当に具合が悪いなどとは夢にも思わなかったが。天気も良くて鬱陶しいことこの上ない。


「まあ寝とくか……ん?」

「ンンミ」

「あ、ロボじゃん」


 思ったより硬めのマットに腰掛けると、丁度キュルキュルとした異音が耳を衝いた。振り向くと、部屋の境界、そのレールをてちてち跨ぐ小さなロボットが目に入る。


蛭閒ヒルマのヤツだよね。今日いないけど)


 生憎と持ち主は家庭の事情とやらで欠席している。しかし当然の如く持ち込まれた私物だけが独り歩きしているのが、なんとも奇怪な光景だ。

 一体どんなプログラムで動いているのだろう。見れば見るほど奇妙な造形をしている。


「見つかったらアンタのご主人怒られちゃうよ」

「ウャ」

「……バーカ」

「ティットロロウ」

「ひひ、わかんねーよ」


 四つ足の一つを溝に取られたロボット、もといレビを難なく持ち上げる。パタパタと短い手足を暴れさせているが、当たってもくにゃくにゃとした柔らかい素材で出来ているため痛くない。

 よく長持ちするバッテリーだ、と半ば感心しながらサナはその腹を観察した。細かな凹凸が心地良い表面は、一見して電池ホルダーも充電スポットも見当たらない。


 元居たベッドに戻って仕切りのカーテンを閉めると、なんとなく特別感に満たされた空間に、彼女は得をしたような気分になった。


「一緒に寝る?」

「リィ」


 布団を嫌がる素振りを見せるレビを見て、サナは再び笑い声を上げた。しかしすぐに人の気配を感じて口を閉じる。


「ねー誰も居ないよ。そっちは?」

「待って待って、なんか子供いたんだけど」

「わ。かわいー」

「お姉さんも可愛いよ。俺の次に」

「え~やばーい」


 和気藹々とした会話がカーテン越しに聞こえてくる。三人組だろうか、その中で一際中性的な声には聞き覚えがあった。


「てかリーベさんとこの。助手の子? だよね?」

「ああ占い師の人の……なんか完璧って感じの人だよね、あの人」

「頭も良いらしいし、凄いよね~」


(ハ?)


 サナが気に入らない相手、それはクラスメイトの梨辺リーベ 直久莉スグリである。

 理由は明快。口では殊勝なことを言うが、腹の中じゃとことん馬鹿にして、こちらを見下していることを知っているからだ。そして、そういう在り方が楽なことも。


(どいつもこいつも梨辺、梨辺って、バッカじゃないの?)


 利用できるだけ利用してやろうという腹積もりで、サナは本性を露わにする以前からずっとリーベを敬遠していた。

 常日頃から余裕ぶっこいた顔をしているリーベは、表でも裏でも隙がない。勉強も運動もそこそこ出来るようだし、クラス内で順位付けをすればどちらも上位に浮上することだろう。


(ま、あたしのが学年順位は全然上だったけど)


 そんな文武両道を体現した人物だからこそ、それだけで無性に気に食わないのだ。


「アイツが完璧なワケねーだろ」

「!?」


 突然カーテンを引いてその場に現れたサナは、驚愕し狼狽える女生徒たちを真っ直ぐ見据えた。突然のことに硬直する彼女らの傍ら、少し離れた場所でケイが「うわ出た」と吐き捨てる。


「裏じゃフツーに性格悪いし。アンタらバカにされてることにも気付いてないの?」

「何? てか誰?」

「顔も頭も中の下だし。あの強欲デブ。全然完璧じゃねーから」

「は、はあ。ごめんなさい」

「ねえ、もう行こ……」


 二人分の足音がパタパタと保健室から去って行く。授業中ともあって校内は静かで、正当な目的なくうろついていればやがて指導が下るのだろう。彼女らもサナと同じく、療養を求めていただけかもしれないが。

 まあ変なのに絡まれて災難だったな、とケイは胸中で同情した。


「必死過ぎてダサッ。嫉妬か? えぇ?」

「目障りだ。テメーも失せな」

「そりゃこっちの台詞だ」


 いつ殴り合いに発展してもおかしくない険悪なムードに包まれる。

 そんな空気の悪さを知ってか知らずか、動体を追う性質のレビは躍起になってサナの足元をグルグルと回り始めた。無軌道なのはスカートの裾にでも反応しているからだろう。


「ちょ、ウザッ」

「ウャ」

「うや。じゃなくて」

「ゼタロ ゼタロ ツァジリー」

「コラ! 暴れるな、メッ!」

「ヴ」


 鳴いただけで仰向けにされてしまったレビが、今度は大人しくサナに身を委ねる。あらゆる音を継ぎ接ぎで足したような不格好な鳴き声なのに、不思議と不快感はない。


「お前……もしかしてベネラか!? なんでここに……。ていうか縮んだ? 最新のやつ?」

(なんだコイツ)


 意味不明さではケイも負けていない。レビの愛くるしい仕草に態度を一変させた彼は、途端にパッと表情を輝かせた。

 しかも取って付けたような輪の部分に迷わず触れようとするものだから、寸前、サナは取り上げるようにしてレビを遠ざける。


「リィ ヒルマ」

「っぶね……そーそー、これ一応蛭閒のだから。名前もレビだし。突然興奮しないでよ気持ち悪い」


 物言いたげにレビを凝視する瞳からは、圧倒的な猜疑心が滲み出ている。間違いなく知っているのだと、そっちの言い分がおかしいのだという確信があるのだろう。


「その火星訛り……やっぱそいつ宇宙から来てるぞ。ちょっと貸せ、よく見せろ」

「う…………って、ンなワケないじゃん。アホらし」


 渡すまいと奮闘するサナの手の中で、四本足がモゾモゾと蠢く。上下左右に激しく揺さぶられ、まるで嫌がっているようだ。


「どーせ直久莉に吹き込まれたんでしょ? あーあスピ系ハマっちゃってカワイソー」

「お前のそれは逆恨みだろ。言い負かされたからってリーベを僻むなよ」

「ハァ!? 誰がいつ言い負かされたってんだよ、捏造すんなブチ殺すぞクソガキ!」

「おーやってみろよ、ンな度胸もない癖にイキんなボケ」

「撤回しろ! 謝れ! 謝れ!」


 彼女は瞬間的に怒りを爆発させると、それまで後生大事に抱えていたレビを思いっきり床に叩き付けた。三度バウンドした後コロコロとソファの下を転がるが、こういう時は鳴かないらしい。


(人間こうなったら終いやね……)


 度を越した癇癪に面食らいながらも、ケイは哀れむように口を噤んだ。

 丁度初夏の香りをたっぷり含んだ穏やかな風が吹き、温かな一陣が部屋の中を抜けていく。


 異星人が地球に害を成さないのは、その必要がないと本能に刷り込まれているからだ。多くの生命が生まれながらに死や痛みを恐れるように、宇宙人も普遍的な無意識下において、それらが脅威になり得ないととうに理解が済んでいる。

 だから徒に弱者を嬲ることは、言ってしまえば()()()ない。


 彼に言わせれば、「最悪殺してしまえばいい」のだ。

 そうして魂が宇宙へ還れば、あの無機物がいかに口汚く罵っていたかが立ち所に理解できることであろう―――。



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