第24話 梨辺直久莉に関するモブ並みの見解
「海老……あ、亀も見えます」
「ドラゴンは?」
「ないです。恐らく魚類かと」
「えぇッ……!? あ、嘘?」
「いや本当ですけど」
臥竜丘 創実はショックのままに、差し出していた両手をバタン!と机に付いた。ついでに頭から机上に突っ伏すと、傍目には深々と懇願しているようにも見える。
教室の隅で賑わいを見せていたのは、現役JK占い師梨辺 直久莉による前世占いであった。
そう、梨辺。
自分は彼女の幼馴染だ。といっても進んで話す仲ではない。
「リベさん、おれは?」
「……火、炎……そういった属性を司る、竜の化身です」
「なんだか照れるな」
「う、嘘……嘘、嘘! 勝負、勝負しろシン!」
「今結果出ただろ」
現在行われているのは彼女独自の占い方法だ。
上向きに開いた両手を、小指の先から手首の付け根までぴったりと合わせる。そうすると水を掬うような仕草になり、その手の平を覗き込むことで前世が視える……と、いうものらしい。
「リベちゃんこれ、変えれないのぉ~……? お慈悲を……」
「できますよ」
「!」
クラスメイトは嬉々として「占ってくれ」、と梨辺に集る。さながら物乞いのように。挙って両の手を差し伸べるのだ。
でも個人的に、それは前世なんかじゃないと思ってる。
死期が近い人間が見せる仕草として、『手鏡現象』というものがある。
病床に伏した患者は亡くなる前、「透けている」だとか言って自分の手のひらをジッと見つめるらしい。生憎自分の祖母が死んだ時は、そういうのはなかったが。
だからきっと、梨辺の視ているのは前世じゃなくて、その人の死後なんじゃないかと思う。
……あくまで個人の意見だけど。
「……」
そんなことを考えていると、一瞬だけ梨辺と目が合った。ような気がした。
本当に一秒だけ、もしかしたらもっと短かった。きっと偶然、視線の先に居ただけなんだろう。
何故なら梨辺は自分のことが……梨辺の過去を知る人間のことを、嫌っているから。
梨辺は小学校時代、陰湿ないじめの被害に遭っていた。
事の始まりは彼女の母親に起因する。
昔、大人の間で「梨辺」と言えば万引きの常習犯を指す言葉だった。
あらゆる店で出禁とされ、要注意人物として至る所に顔写真が並び、犯罪者として疎まれる。それが梨辺の母親だった。
親の間に漂う彼女への、並びに彼女の家族へ対する当たりの強さは、やがて子供の間にも伝染していった。
今思い返せばいじめというより、周囲の大人からの異端視が、梨辺の幼少時代を狂わせていたように思える。
ある日、いよいよもって彼女の母親は精神病棟へ入院した。都心から外れた、全く聞き馴染みのない土地へ。
不思議なもので、本人が居なくなってからの方が表立った嫌がらせは激しくなった。身内というだけで梨辺は「被害を受けて当然」だとか、家族の犯罪を防げなかったゆえの「自業自得」とも言われていた。
可哀想だとは思いつつ、自分はずっと見て見ぬ振りをしていた。
みんなが言うならそうなんだろうと、当時はそんな程度にしか彼女を見てなかったからだ。
だからきっと、梨辺は自分を恨んでる。
……でも、過去に一度だけ。自分も彼女に占われたことがあった。
『もしもしヨシノさん。梨辺です。……覚えてますかね?』
冷淡な環境に屈することなく、彼女が小学校を卒業して三年。
地元に残った自分は突然の連絡に驚いた。現況を聞くと、梨辺は首都圏の難関中学校に合格していたらしい。もう彼女には驚くばかりだ。
「久しぶり。元気?」
『アルバムを見てたらふと思い出してしまいまして。今度、どこか遊びに行きません?』
なんなんだ出し抜けに……と思ったものの、同時に彼女の出る電話はこんな感じだったな、と懐かしい気持ちになった。
梨辺家に連絡網を回す際、彼女はよく話し手になりたがっていたから。
「こっちに来るの?」
『丁度用事がありまして。ヨシノさんは最近どうです、学校は楽しいですか?』
「あー……まあ……」
『そうですよね退屈ですよね。早く独り立ちして自由に生活したいですよねぇ』
見透かした反応に、そういえば梨辺が占いを続けていることを思い出した。
彼女は口がうまいし、性格や動向をピシャリと言い当ててみせる腕がある。凄腕占い師の片鱗は小学生時代から既にあった。……あったのに、環境が才能を発揮する機会を奪っていた。
『すみません、声に覇気が無かったのでつい。私でよければいつでも相談に乗りますよ』
「凄いね梨辺さん。もうプロなんだ」
『あぁ……よくご存知で』
丁度その頃、梨辺は若者の間でちょっとした有名人だった。なんせ占いの実力だけで雑誌に載るほどだったから。
自分は占い自体にあまり興味がないが、それがどれだけ凄いか流石に理解できる。
「いつも雑誌で見てるから。占い」
『は? え、ヨシノさんそういうの見るんですか? しかもいつもって……』
「ああいや違う、最近、たまたまハマってて! こないだ偶然見つけたからさ!」
『へー……』
あからさまに気持ち悪がる声色に、焦って下手な言い訳をする。
本当はこんな機会をずっと夢見ていた。それこそストーカーレベルでパブリックサーチを極め、わざと自分だと特定できるアカウントで愚痴を吐くほどに、ずっと彼女を意識していた。
親しみがあるからか、梨辺は人の不幸に敏感だ。それが仕事になってしまうのだから世の中不思議である。
そして、まんまとヤバイ勧誘を仕掛けてしまうぐらいにはぽんこつだ。そういうギャップがまた……。
『だから落ち着いてたんですね~、納得しました~。なら恥を承知で言わせていただきますけど、私、おしゃべりするために掛けたんじゃないんですよ。ねえ。どうしてあなたを選んだか、もうわかってるんでしょ?』
正直、今でもこの言葉の真意はわからない。計算高い彼女のことだから、再会の目的がお遊びじゃないことは察しがついていた。
でもそれだけだ。
選ばれたとは言うが、どうせカモになりそうな同級生全員に同じ口上を使っていると思うし。この手の嘘に騙される人間が果たしているのか?
「あの、なんか怒ってる? ごめん。でも俺、本当に凄いと思ってて。ほら、アンチとかしょうもない奴らもいるのにさ。その、頑張ってて偉いっていうか……」
『はあ。まあ。あんまり興味ないので。生涯私の生活レベルに介入する余地ないですから』
「やっぱり、梨辺さんは強いね。昔から」
カツカツとプラスチック同士がぶつかり合うような、軽い音が響いて聞こえてくる。多分梨辺が受話器を爪で叩いている音だ。……苛々させたかったわけではないのに。言葉を間違ってしまった。
はあ、と大きな溜め息が漏れ聞こえて、耳がぞわぞわする。
『残念ですよ、ヨシノさん。あなたがこんなお間抜けさんだったとは』
(お間抜けさん!? 何、その言い方!)
『まず疑いなさいよ、こんなの。要は詐欺でしょうが。ネットリテラシーも低いし、あと空気を読めなさ過ぎです。共感性がない。そもそも見下ろさざるを得ない屑と社会的地位のある私、次元の違う二つを比べること自体がずれてます。以上』
「い、以上……って」
プツン。電話を切られる。すぐに後悔した。
あの梨辺 直久莉に電話越し、「お前は空気が読めない」なんて断言された客が今の今までいただろうか。
久し振りだからと舞い上がって余計なことを口走ってしまった。
……今後話せる機会なんて、ないかもしれないのに。
弾丸のようなダメだしを鑑みるに、いじめの傍観を貫いた罪悪感を見抜かれたんだろうか。やはり自分では逆鱗に触れてしまうのか。
そうして悶々とした日々を過ごして来た。
だから高校で彼女と再会した時、本当にびっくりした。
わざわざ忌々しい故郷に戻って来たのか? でもあの梨辺が? とにかく不思議で仕方がない。
―――復讐の二文字が脳裏を過ぎった。
梨辺の母親は二年前災害事故で亡くなったと風の噂で聞いたが、成功者として帰って来た梨辺の真意は不明瞭だ。
……だってもしかしたら、何が何でも憎しみを晴らしたいのかもしれないから。
「追加料金を頂ければ、より正確に見れますよ~」
「え~、お金取るの……ちょっとおまけして?」
「お断りします。お遊びでやってるわけじゃないので。金銭に興味がないとか執着がないのが美しい、なんてのは資本家の甘言ですよ。聡明な臥竜丘さんなら、そんなものに騙されたりしませんよね~?」
「ううぅ……」
……存外楽しくやってるし、これはこれで良かったのかもしれない。
なんにせよ自分が彼女に物申せる権利は、とっくのとうにないのだから。




