表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/46

第21話 親愛なる滄海の一粟


(予想はしていたが……)


 それは例えば、『食』であった。『衣服』や『SNSの投稿』、日々の『表情』に至るまで。

 大まかにフォルダ分けしてみても、以前と比べたらまるで別人なのである。それほど長い付き合いのないネヤが気付けるのだ。―――八柱が最近、やけに機嫌が良いことくらい。


 ジリリリリ。

 道すがら、彼女はカバンの中からスマホを取り出した。画面に反射した晴れた夕焼け空は鮮やかで、昼間は夏日と遜色ない気温であったことを思い起こす。


「社長お~!」


 ネヤが雲の少ない五月晴れを仰いでいると、丁度歩道橋の上からこちらを見下ろす顔見知りと目が合った。

 コンビニ袋と共に無邪気に振られる細腕、顎までずらされたマスク。夕空に溶け込んでしまいそうな髪色をした少年、ケイは、耳元に当てたスマホをそのままに大声で声を掛け続ける。


「さっきコンビニでレシート断っちゃったんやけど、これ経費で落ちますかー!?」

「緋月……そこから話しかけるな。不愉快だ」


 太陽と被った顔が眩しくてぐっと目を細める。手の中へ囁くように不満を零すと、そんなことわかるはずもないのに、上方から息を呑む音が聞こえた気がした。


「あ、失礼しました」


 突如彼女の頭上を影が横切る。

 横断歩道橋の頂上、更に高い手すりに昇ったケイがそこから飛び降りたのだ。

 あっという間に歩道のアスファルトを捉えた足裏が、衝撃を和らげるため数メートル地面を滑る。風を伴って巻き上げられた髪、背広の裾、領収書のない麦茶。ネヤの目の前で順番に常態へ落ち着くのに、彼が落下して来てから十数秒とかからなかった。


「せっかく買ったのに居留守使われて……あれ、切れとる」


 慣性を完全に殺しきったケイが、何事もなかったかのようにトコトコと歩み寄る。そうして今更になって通話の切れた電話口に気が付くと、改まって引き下ろしていたマスクを正した。


「居留守? それは確かなのか?」

「おう。チャイム鳴らしても全然出て来なかったぜ、絶対居るのに。あと周波数見た感じ、一人暮らしでもなさげ」

「まだ家の中か?」

「多分な。暫く張ってみるか?」

「いい。直接会う」


 彼は不思議に思った。人に擬態する宇宙人を見分ける方法はなく、なんの力も持たない原住民の地球人が不安に思うのはわかる。

 しかしネヤは『火星人』だ。

 熒惑(火星)を冠する組織の主であり、通常下っ端がこなす身辺調査など到底役不足な仕事である。


「なあ。ちょっと思ったんだが、契約者が宇宙人を囲ってんじゃないかって疑ってんだろ? なら先に本人を問い詰めた方がいいんじゃないか?」

「口を割るまで拷問でもする? ははは。ボクに手を汚せって言いたいのかな。血気盛んも大概にしておけ」

「そこまで言ってねぇし……」


 飄々と追及を躱す態度にいつもと変わった様子はない。思い過ごしか、とケイがモヤモヤ考える内に、気付けば目標のマンションに着いていた。


 部屋番号を確認した彼が耳をそばだてると、確かに内側から一人分の()()()が伝わってくる。

 こくりと頷いたケイに、ネヤは改まって扉の前に佇んだ。


「八柱さん。保険会社の者です、開けてください」


 建前のノックが繰り返される間も、辺りは学業や仕事を終えた人々で段々と活気づいてきている。

 同じ階に住むこのマンションの住人もセールス紛い、もっといえば異色の容姿を有した二人を、部屋に入るまでの数刻思わずといった形で目で追っていた。


「人が増えて来たな……」

「おい、外から鍵だけ壊せ」

「え? なんで俺? 嫌なんですけど。自分でやれよ」

「いいから早くして貰える?」

「……」


 気圧されたケイが渋々ドアノブを握るが、鍵のみを破壊して部屋に入る術など彼が知るはずもない。というより素人が都合よく開錠出来るわけないのだ。

 故に力技で玄関扉をひらすらに押し込み、扉を固定しているボルトを折るという荒業に打って出た。徐々に金属が引き千切られる、日常ではおよそ聞き馴染みのない異音が廊下に響き渡る。


「おや。開いてしまったか」

「は!?」


 無理やり捻じ切られた側面の器具を指して、ネヤが「あーあ」と肩を竦める。そうして非難をしておきながら、護りを失った部屋へ悠々足を踏み入れた。


「つくづく杜撰なセキュリティで呆れ返るよ。けど八柱の家に強盗でも入ったら大変だ、ボクが見張ってあげないと」

(マジでなんなん? こいつ)

「緋月、危ないから離れるな」


 土足で躊躇いなくフローリングを踏み付けながら、家中隈なくを睨め付けるネヤ。カーテンの閉め切られたリビングは暗く、どことなく湿り気を感じる。暫くうろうろしたかと思えば、ふと押し入れの戸へゆっくり手を掛けた。


「うわあ……」


 まず目に飛び込んできたのは、その乱雑具合であった。

 上下で二段に分割されていたと思しき収納棚は、どうしてか見るも無残な切り傷塗れになっている。猫が爪を研いだような無数の跡がそこらに散らばり、しまってある敷き布団や毛布のどれもが引き裂かれていた。

 奥行の隅にはこびり付いた血の跡もある。


「なんこれ~……、も、帰っていい? しゃちょ……」


「誰だ」


 獣の唸り声が耳朶を掠める。いきなり湿度を増した室内の一帯に二人が振り返ると、そこに、一匹の化け物が立っていた。


「でっか……」


 思わず口に出すほどあらゆる意味で大きい。それは身体中に鱗を纏った、大きな”人”の形をした生き物だった。額から突き出た歯列から、絹糸のような雫がポタポタと間断なく落ちている。


 彼らが呆気に取られていると、化け物はふっと微笑んで胸の前で両手を組んで見せた。敬虔な信者が祈りを捧げるようなポーズに、ついつい意識がそちらへ向かう。


 しかし直後、目にも止まらぬ速さで両拳が振り上げられた。


 やはり風を切りながら降り迫った巨大な狼藉に、ネヤは咄嗟に逃げようとしたスーツの上襟を掴んで引き寄せた。


「いッ……?」


 頭蓋が陥没する音だろうか。

 金属が砕けるより鈍く重い音の感覚に、ケイは信じられない思いで自身の目を拭った。その手にべったりと血が絡みつく。

 肉盾となった彼の前頭部は大きく歪み、こめかみから額にかけて夥しい量の血を噴き出していた。


「こんばんは。君がアオイさん? 思ったより大きいね。それに常識知らずだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ