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第2話 彼女はドラゴンの末裔


「諸事情によって入学が遅れていましたが、本日付けでクラスに加わることになった臥竜丘ガリョウキュウさんです。皆さんよろしくお願いします」


 そう言うと、担任教師は視線を誘導するように手を差し向けた。そうしてクラスメイトたちからの注目を一身に浴びる少女は、依然として自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。


 内巻きのボブヘアは活動的な印象を与え、吊り上がった目尻は猫を連想させる。またスクールバッグにぶら下がった色鮮やかなお守りが、親しみやすさを演出していた。

 とはいっても突出して特徴のない、あくまで没個性的な雰囲気が強い。そんな女子だ。


 彼女がすぅと息を吸うと、二の句を待つクラスメイトの視線がそこに集まった。


「臥竜丘 創実ですッ!! シャッス!!」


 キィーン―――隣の、そのまた隣の教室にまで響いたであろう、ほとんど絶叫のような自己紹介。

 壁に反射して跳ね返ってきた不快な耳鳴りに、その場の人間全員が信じられない気持ちで元凶を凝視した。


「……はい。じゃあ、座って」

「はいっ!」


 片手で耳を塞いだ教師が煩わしそうにキズミを見る。

 担任教師である彼女も一見して若く、二十代半ばほどだろうか。てっぺんから先まで曇りのないブロンドの髪が特徴の女性教員である。しかし愛想はない。

 キズミは朝のホームルームで彼女が「ネヤ先生」と呼ばれているのを聞いて、そこで初めて担任の名を知った。


(ネヤ先生と……八柱ヤハシラ、先生)


 後方に控えた、眼鏡をかけた七三分けの男性教師。名を八柱という。

 それまで自慢げにクラスを見渡していたキズミは彼を見るなり、途端に苦虫を嚙み潰したような顔になった。


 仏頂面を引っ提げたまま一言も発さない彼こそ、このクラスの副担任である……はずなのだ。だが、キズミは早くも彼に苦手意識を持っていた。

 気難しそうな雰囲気についつい、値踏みするような目を向けてしまう。


「臥竜丘さん、席」

「あ、はい」


 不躾な目線を遮るような鋭い声と視線が、廊下側の最後列の席を指す。

 教室内で空いている唯一の席だ。……しかしあんなに地味で目立たない場所では、今後の学生生活におけるモチベーションが保てない。


 キズミは渋々ながら八柱にぺこりと会釈をすると、衆人環視の中ようやく自分の席にたどり着く。


 思い返しても長い道のりであった。


「ねえねえ」


 自席へ着くなり、前に座る生徒にコショコショと何やら囁かれる。顔を上げるとぎこちない笑みを浮かべる女子生徒と目が合った。


「寝たきりだったってほんと? 大丈夫?」


 触発されたように、キズミもまたニコリと笑って答えた。


「うん。竜だからね!」



***



「再試験……」


 病院から帰宅したキズミは母親から「挨拶に行け」と急かされ、翌日、卒業したばかりの中学校を訪れていた。

 応接間に通され矢継ぎ早に書面を突き付けられるが、どうにも目の滑り現実感が湧かない。


「相手の学校が事情を汲んでくださって、特別に再試験を受けられるそうです」

「めんどくせー!」

「内容は受けられなかった一科目分と、あと面接だけですね」

「だりー!」


 それは試験の最後の科目、数学の筆記試験の最中のことであった。何の前兆なくぶっ倒れたキズミはすぐに担架で運ばれ、相手校から今後についての対応も受ける暇はなかったのだ。

 そして高校側も彼女が眠りこける間、無限の時間を待てるわけもない。しかしながら他科目について申し分ない水準に達していたキズミに、情けをかけたというわけである。


「でも良かったじゃない創実ちゃん。最後のチャンスだからね、頑張ってください」

「うるせー!」


 中学教師が気安くキズミを励ます。当然ながら彼女はまだそんな気になれなかった。

 なんせ起きたら合格発表も卒業式も、おまけにその後の打ち上げも、中学生活を締めくくるパーティは全て終わってしまっていたのだ。高校デビュー失敗以前の話である。

 一大イベントを寝過ごしたキズミの胸中は大荒れであった。


「あ、そうだ。一応これ、卒業おめでとうございます」


 それは卒業証書だった。まるでプリントを配るみたいに、感慨もなく引導を渡されてしまう。


(呆気ない……)


 その後も特別な何かをするでもなく、キズミは地に足が付かないような、フワフワとした気分のまま帰路についていた。それもほとんど無意識の行動である。

 彼女の体感的に、つい昨日まで通っていた中学なのだ。

 だがその習慣も永遠に必要のないものになってしまった。


(なんでわたしはこうなんだ)


 キズミは幼い頃から身体が弱かった。けれども運動神経は抜群で、走り回っては何もない平地でしょっちゅう転ぶ。

 付き纏っていた奇病に加え、激しい緊張や期待感に心身が耐え切れなかったのだろう。あの日無理をしたことを彼女は後悔していない。病を飼い慣らせない自分を責めるのみだ。


 ―――愉快な友人たちに告げたい別れの言葉があった。

 ―――未来の友人たちに知って欲しい自分の特技があった。


「ただいまー……あーあ……」


 項垂れながら玄関扉を開けた彼女に、クローゼットから顔を覗かせた母親が至極面倒臭そうに顔を顰める。


「超絶人気者になりたかったぁ……はあ……」

「くどい。終わったことをいつまでグダグダ抜かしてる」

「だって、こんな出遅れちゃったんだもん。今更行ったって主人公にはなれないよ……あたっ、なになに?」


 不意に後頭部に衝撃とも言い難い違和感を覚え、キズミは自身に降りかかったその何かを拾い上げた。


 手のひらに収まる綿でできた袋は、表に大きく『病気平癒へいゆ』と刻印してある。病気の回復を願うお守りだ。薄オレンジ色のそれは、口を縛る紐だけが少々古めかしい。


「お守り?」

「開けるなよ、いいから聞け。お前はラッキーだ。なんせ最初からいる奴より、後から来た奴の方が目立つんだから」

「な、なるほど! さすがママさん!」


 幸いキズミは単純且つ元気を振る舞うことには長けていた。根っここそネガティブ気質だが、一度乗り越えてしまえば後は力づくでなんとかしてしまえる。


「勉強頑張るよ!」

「黙ってやれ」


 過ぎたことは仕方がない。理数系はまあまあ苦手な科目ではあるが、中学教師の言葉通り最後のチャンスには間違いない。

 キズミの中のわかっていながらなかなか振り切れなかった雑念が、ようやく少し収束する。


 勢いのまま意気揚々と机に向かうと、その背後、僅かに開いた引き戸の隙間からゾッとするほど強い視線を感じた。……なんだかんだ言いつつ心配なのだろう。バレバレの盗み見で我が子を見守っているようだ。


(目立ちに目立ちまくってやるから待ってろ~! まだ見ぬ同級生たち~!)


 そうして念願叶い、臥竜丘 創実は憧れの『千生せんじょう高校』に足を踏み入れたのであった。



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