第14話 熒惑宇宙人保険(株)
「ん」
千生高校では昼休み、主に昼食時になると校内の放送室が開放され、誰でも曲を流せる慣習になっている。入学したばかりの一年生や教師も例外なく、校内の人間であれば好きな音楽をかけられるのだ。
「なあ。今流れてるチルいのって、なんてやつ?」
「あぁ……クラシックのことです?」
「クラシック! 聞いたことある!」
談話室のソファに寝転んだケイは、暫くそれらに聞き入っていた。中でもクラシック音楽をいたく気に入ったようで、時折鼻歌を歌っては機嫌良さそうにしている。
しかしながらリーベはさして音楽に明るくないので、流れで曲名を訊かれても「さあ」と素っ気なく返すしかなかった。
緋月 慧。
保険外交員のアルバイターで、数日前まで名前もなかった男だ。……恐らく男。
(宇宙人ねぇ……)
ふと窓から差し込んだ光が彼の赤茶色の髪を照らす。柔らかな春の日差しが朱の瞳を通し、キラキラと煌めく様は幻想的だ。
「うわ眩しっ、助けてリーベ~」
「……」
「カーテン閉めてクレメンス~」
「……」
短い付き合いでわかったことといえば、想像していたよりだいぶ精神的に幼いことか。しかし段々気を許して口調が砕けるのはまだしも、別人レベルで懐かれるとはリーベも予想だにしていなかった。
それに、彼についてはまだまだ未知数なことが多い。宇宙から来たこと以外がまるで不分明なのだ。
「前会った時はちゃんとしてたじゃないですか。なんでできることをやらないんです」
「社長がやれって言うからしゃーなしやってただけで、別にやらんでええならやるわけなくない?」
「じゃああなた、そもそも何でああいう会社に属してるんです?」
「いや、まあ、暇潰し? あと生まれた時に、働きたいなあって漠然と思って。それで」
「怖……」
推測するに、宇宙人の中でも成熟した個体ではないのだろう。
なんせ彼は最悪なことにネットに脳を蝕まれており、未熟さと短絡思考を感じさせる言動の数々は、現代日本におけるちょっと物を知らない若者然としている。
人は生後間もなくが最も盛んな脳の成長期にあたるというが、果たして地球外生命体はどうなのだろうか。
当たり前のように人の形をし、それらしく振る舞ってはいるものの、そうなるには他でもない人間から学ぶ必要があるはずだ。
「だってどうでもいいだろそんなの、ここじゃそうしないと不味いらしいし。お前なんかどうせ、他人の手を好き放題したいってだけだろ? 妖怪おててぺろぺろ女」
「そりゃあ金でしょ。私だって労働なんてしたくない」
「そうなん?」
「でも仕事ってそういうものですし、だから対価があるんじゃないですか。自分に出来ないことを他人に求めるってことですし。なんとなくでいるよりかは、余程有意義だと思いますけどね~」
それに、占いが当たっただとか、何かしら幸運が訪れたというリーベの客たちは皆「相談して良かった」と満足気に感謝を口にするのだ。
彼女もそういう時ばかりは、世の為人の為に働いてて良かった~などと思ってもないことで心地良くなる。
「ほーん。いいから閉めて」
……まあ、彼には刺さらなかったみたいだが。
(宇宙人にも社会的欲求はあるものなのか……)
度々話に出て来る「社長」という存在が、いかにケイを世俗に馴染ませようとしているかがよくわかる。事実、先日の一社会人として関わったケイは、露ほどの興味も引かれない人となりであった。
単純に、リーベが自身に仕掛けられる心理テクニックを嫌うというのもある。彼女はこれまで、浅知恵によるコミュニケーション手法を取る人間を全て見下してきた。
だが今思えば、偶然、ただただタイミングが噛み合っていただけなのかもしれない。彼に関してはそれもあり得ない話ではなかった。
加えてプライベートな面に触れた今、嫌悪の気持ちはそれほどない。
あろうことか人間らしいものぐささに親しみさえ感じている。
「聞いてんのかリーベ!」
「光に過敏なのって、そういうアレルギーがあるらしいですよ。医者に行ってみて……まあ、でも管轄外か」
「アレルギーてなに?」
日光ないし紫外線に弱い宇宙人など聞いたこともないが、ケイの弱点は陽の光であるらしい。外に出る際はマスクと日傘が手放せないという徹底ぶりだ。いっそ吸血鬼染みている。
「ああ、もうっ! 自分で調べろ!」
ともかく幼い子供のような傍若無人な振る舞いは、リーベの最も苦手とするところであった。元々子供は好きではないし、彼女はカウンセラーでも保育士でもないのだ。
力任せにカーテンを閉めると、音に驚いたのか激昂した彼女に慄いたのか、寝転んだままのケイはフレーメン反応を起こした猫のようにパチクリと目を見開く。
「知ってんなら教えてくれればいいのに……」
しゅん、と落ち込まれても可愛くない。だが世間的には恐らく需要がある。
リーベの算段として、まず豪運中性顔美少年を手元に置いておきたい考えがあった。
大元の謎が多ければ多いほど「占い師」の神秘性は輝く。宇宙人だとかいう爆裂にスピリチュアルなネームバリューを、ぜひとも物にしておきたかったのだ。
(こんな聞き分けないガキを相手するつもりなんて、毛頭なかったのに……)
利用してやろうと近付いた結果、初っ端から後悔する羽目になるとは。世の中うまくいかないものである。
「そんで、指の大元はどこにいんの?」
「そう、それなんですが……よく知らない人なんです」
「うん」
「もう少し調べてみたいので、すぐには接触できないと思います」
「えー……まあいいが」
正直、リーベの関心はもう蛭閒になかった。気に食わない相手ではあるが、それより興味深いのは目の前にいる少年の正体である。
人知を超えた存在は、一体今までどんな生活をしてきたのか。
未知の力を持っていながらどうして人類の脅威となり得ないのか。
名を与え深入りした手前、奇妙な責任感もついて回る。時間を共に過ごすほど情が湧く感覚を、彼女はヒシヒシと感じていた。
「うわ、社長から呼び出し……」
ジリリリリ―――。
どこからともなく非常ベルの音が鳴り響く。非常時にしては静かなそれは着信音のようで、口を尖らせ不貞腐れていたケイの手の中から聞こえてきた。
「出ないんですか?」
「あいつと話すの疲れんだよ……」
「はあ、社長さんが怖いんですね」
宇宙人の思考を人間のそれに当てはめるなんて愚の骨頂だ。けれど彼はふとした瞬間、とても他人事と思えない顔を見せる。
そういう時、リーベはつい使い古されたプロファイリングをしてしまう。
「ンなわけあるか」
(図星か)
そして不満を耐える人間、変化を望む人間にほど、彼女という存在は重宝されやすい。思考能力が麻痺するほど、「運命」のゴリ押しがよくよく効くのだ。
厄除けの壺も幸運のブレスレットも、そんなパワープレイと精密な診断の塩梅で、巷で売れに売れていた。
「って、あ! バッテリー切れた……リーベもちじゅう!」
(ほんと馬鹿みたいだなこいつ……)
「リーベ金!」
「なんです。くれるんですか?」
ケイは上目遣いに両手を差し出し、なるべくかわい子ぶって物乞いした。
「電子マネー使えないから。モバイルバッテリー買って来て?」
「やだ」
ガーン!という効果音が付きそうなほど本気でショックを受ける彼を後目に、リーベは特大の溜め息を吐いた。
いくら彼女が世間に認知されて信者を増やせても、いつだって現実は情けをかけてはくれないのだ。




