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第13話 熒惑宇宙人保険(株)


 『世界』という言葉の意味が、時に『()()』を示すことがある。

 現在も膨張を続ける宇宙は、想像も及ばないほどに広大なのだ。


「初めまして、宇宙人保険の緋月アカツキです」

「……失礼ですけど、社員の方です?」

「はい? はい」


 そんな広い宇宙では不可思議なことも多々起こり得るのだろう。

 そう、例えば保険屋を呼び寄せていざ現れたのが、自分より年下の子供だった―――なんて事態は。


(人体から人の指が出て来る、なんてことに比べたら余程あり得る……のか?)


 大型連休で賑わうファミリーレストランにて、リーベは自分の常識が鈍麻してゆく感覚に襲われた。


「こちら名刺です」

「……ご丁寧にどうも」


 『熒惑ケイコク宇宙人保険株式会社 緋月』。

 恭しく差し出された紙面には、ホームページで見た通りのロゴの他、下部に携帯の電話番号までが載っている。確かに社員のようではあるが、いかんせんその所作はぎこちない。


(15歳、くらいか……?)


 それにとにかく外見年齢が若過ぎる。マスクを付けているせいか幼い顔つきも相まって、推定中学生ほどに見えるのだ。線が細く、身に付けている背広も()()()()というより、()()()()()()感の方が強い。

 ネット保険ということもあり、限界まで人件費を抑えようと無知な学生をカモにでもしているのだろうか。


 しかしながらそんな相手にすら身長が越されている事実に、リーベはそっと打ちのめされた。


「お待たせしましたー、激辛担々麺です」

「あ、はーい。あざます」


 絶妙な間で割って入って来た店員の影に隠れ、彼女はこれ幸いと改めて相手を観察する。


 まず最初に、一瞬だけ距離のなくなった手。全体が指先にかけ先細るような手の形をしており、平均よりやや長い。

 また茶系の赤髪と朱色の瞳が浮ついた印象を抱かせるが、切り揃えていない伸びっ放しのワンレングスは、見た目にあまり関心がないようにも見えた。


 あと関係ないが辛党なのだろう。丼の中が真っ赤である。


 流暢な口振りからは緊張している様子は感じらない。男とも女ともつかない中性的な声は、親近感を持たせるためか話し口調がやけにリーベに寄っていた。恐らくミラーリング的同調効果を狙ってのことだろう。


(恐らくは理想家で、リーダー気質もある。……危うい感じの雰囲気もあるけど、それは多分若いから)


 なんとなくの人となりは割り出せたが、これはあくまで型に嵌めて考えた場合だ。そういう一面もあるというだけの話。


「あの。本当に不躾で申し訳ないんですけど、女性の方ですか?」

「まあ、はい」


 これまた頼りなさげに頷かれる。

 第一印象は一般に、外見や声色から得られる情報に大きく左右されるといわれている。中でも視覚情報は大きい。


 調査に対応すると寄越されたのが()()、それも一見気の弱そうな()()ともなれば、それこそ不要なトラブルの種となるのではないか。

 リーベは他人事ながらつい憂いてしまう。


「失礼しました。ええと、アカツキさん、ご相談したいのはこれでして……」


 雑念を振り払うように一度咳払いをしたリーベは、コートのポケットから透明な袋を取り出した。


「血、に見えますね」


 保険屋が言う。

 ジップロックされた袋は証拠品よろしくガーゼが入っており、その白無地の下部に薄らと赤黒い染みが付着している。丁度担々麺に浮かんでいるラー油ぐらいの色相だ。


「はっきりした瞬間は見てませんが、本当は指の形をしていたんです。記憶が正しければ小指だったと思います」

「本当にただの指だっただけでは?」

「私はその人の目の前に座っていました。ずっと注視していたわけじゃないですけど、怪しい動きをしてないかどうかくらいわかります。その人は確かに中の紅茶を飲んで、カップを伏せただけなんです」


 その時、保険屋は不快そうに目を細めた。それも彼女の証言がどうこうというわけではなく、視線ははす向かいのテーブル席に向いている。

 ……どうやら咀嚼音に気を悪くしたようで、確かに耳をそばだてるとラーメンだろうか、麺を啜るペチャペチャとした音が聞こえてきた。


(店選んだのはそっちなのに……なんなの、こいつ)


「ま、見た感じ普通に人の血なんで、そういうんじゃないと思います。宇宙人は多分、そんな器用な真似できないので」


 あまりに軽々しい返答に、リーベは途端にすべてが馬鹿らしくなってしまった。


 きっと全部気のせいだったのだ。彼女の不安が生み出した幻覚、幻痛。

 だから蛭閒ヒルマも宇宙人ではないのだ。

 というか、そんなもの最初からいないのだ。


「やっぱり、宇宙人なんていないんですね」

「え?」


 カラン。

 セルフサービスで汲んだ氷が、グラスの中でその形をなくしていく。水に浮かんだカケラは後僅か、今にも溶け切ってしまいそうだ。


 こんな保険に入っておきながら、リーベは宇宙人について極めて懐疑的な念を抱いている。


 これは彼女に限った話ではないが、例えば大真面目に取り組む授業の最中。音読を指示され教科書に目を落とすが、唐突に「宇宙人に気を付けよう!」などとふざけた文言が目に入ったとする。

 ―――それらは人間に擬態し社会に溶け込んでおり、もしかしたらあなたの隣にも……!?

 要約するとこういう感じで。洒落にならない怖い話風に、まんまと世に浸透しているという。


 こんなものに貴重な時間と脳のリソースを割かれれば、学習意欲も萎えるというものだ。現にリーベは萎えてしまった。


「あのー。いますけど? お客様が知らないだけで」

「証拠は?」

「えー……」


 感覚としては『きさらぎ駅』の都市伝説に近い。ありそうだしあってもおかしくないけれど、でも実際にはないんでしょ?という程度の話。


 彼女だって話題作りとブランディングがなければ、こんな胡散臭い保険と関わりたくもなかった。


「あぁすみません、証明なんてできませんよね。だって存在しないんですから」

「……これだから古い人間は。()()のアップデートが効かなくて困る」


 心底うんざりしたといった具合に目を細めた保険屋は、口先に合わせ自身のこめかみを数回小突いた。

 相手にとって商売あがったりの意見ゆえ致し方ないが、まるで聞き飽きましたと言わんばかりのゲンナリ感である。


(営業とはいえ年下だし、ちょっと言い過ぎたか……)


 深い溜め息を吐いた保険屋は、腕を降ろすついでにカトラリーケースに手を掛けた。

 麺が伸びてしまうしな、とリーベがそれとなくそちらへ目を向ける。


 ―――刹那、彼女は相手の左手を素早く掴み上げていた。


 先日クラスメイトにそうしたように、見易いよう手のひらをぐっと開かせる。


(運命線と……星紋……!?)


 星形を模る交差した五本線、通称『ソロモンの星』。突然出現し消えることもある、神出鬼没且つ強力な幸運の象徴。

 加えてそれは運命線の上に位置していた。所有者の運命を示すその線は、手首から中指の根本まで隔たりなく、手の平を一直線に横断している。


 暗示の意味は運勢の変化。人生そのものの好転の兆しだ。


「アカツキさん、下の名前は?」

「……下? 下とかないですけど」


 ただでさえ珍しい手相で、その上ここまで濃いものはリーベもついぞ出会ったことがない。

 しかし当の本人はパチクリと目を見開いたまま、言いづらそうに言葉に詰まってしまった。そこで彼女は名刺の明記が苗字までだったことを思い出す。


「ない? 名前が? それって不便じゃないですか?」

「いや、まあ……持ち帰って社長に掛け合ってみます」

「ちょっと待ってください。私に決めさせてください」


 言うなり、リーベは机上に置いていた名刺に目を落とした。

 『緋月』の二文字を食い入るように見つめる彼女に、保険屋は「何してるの?」とあどけない口調で尋ねる。


「字画を数えてます。……そうですね、ケイ。緋月 ケイ……は、どうですか?」


 名案とばかりに持ち掛ける、彼女のチョコレート色の瞳は爛々と輝きを放っていた。()()を追求する純乎じゅんこたる少女性が垣間見えている。


 キョトンとした顔の保険屋は、一層幼い口調で「けい」と鸚鵡返しした。


「慧眼のケイです。聡いとか、賢いという意味の。姓名からも運勢や人となりは汲み取れるんです、けど…………お気に召しませんか」

「下ってそういうことか……」


 話す内ハッと我に返ったリーベは、柄にもなくはしゃいでしまった己を恥じ速やかに手を解放する。

 すると手を取られたきりずっと思案の顔でいた保険屋はやがて、何かの合点がいったという具合に呟いた。


「宇宙人はいるけど、さっきのは嘘です。……自分は社員じゃないし、女っていうのも嘘」


 布越しでくぐもっていた声が明瞭になる。保険屋は―――ケイは、マスクのゴムを外し、喉仏の存在を示すかの如く自身の喉元に触れた。

 そう、男らしい喉仏である。


「あと、地球人でもない」


 手元のグラスから上向きに氷を摘まみ上げたケイは、ペンッとそれを容易く弾き飛ばした。

 直後にリーベの斜め後ろあたりから悲鳴が上がる。


「キャーッ、む、むし、虫ーっ!」


 パニックを起こした客がソファ席でドタドタと暴れている。食事中の皿に突如あらぬ方向から何かが飛び込んで来たら、そう勘違いするのも無理ない話だ。


 ただ注目すべきは異物の正体ではなく、客が今しがた使用していたれんげにあった。

 プラスチックのそれは先の部分にぽっかりと大穴が開き、本来の用途を果たせなくなってしまっていたのだ。


 にわかに信じ難い話だが、まさかあの距離から飛ばした薄氷が、れんげを貫いたのち丁度皿の中に留まったというのか。


(これが、宇宙人……?)


 未知への遭遇とその完璧な擬態に、リーベの背筋をゾクゾクと高揚が這い上がる。

 そして同時に確信した。ならば蛭閒もただの人間ではない―――と。


「食ってなくても喧しい女やな……」


 ケイが憎々し気に呟く。食事作法が相当頭にきていたらしい。


「……えっと。一応言っときますと、ここでは麺を啜る音はある程度許容されてますよ」

「えッ!?」


 今度は彼がソファのスプリングを利用し、ドタ、とその場で跳ねた。



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