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第12話 クラス委員長はお飾りの王


(えーと、演劇部、演劇部……)


 放課後、キズミは空き教室に足を運んでいた。蛭閒についての世論を聞き込むためである。

 奴がどの部活に属しているかなど、本人に確認せずとも副担任である八柱に訊けばいいだけなので、案外容易く知ることができた。まあ、尋ねられた八柱は微妙な顔をしていたが……。


「―――『忘れもしないが、アダム、それはこういう事なのだ。死んだ父がこの俺に遺してくれた金は、ただの千クラウン。だが、お前も言うとおり、父の祝福を受けて家督を相続した兄は、俺を立派に養育するように命じられている。そこからなのだ。俺の不幸が始まるのは……』」


 段々と楽し気な歓談の声が近くなる。台本を読み上げているのか、廊下まで聞こえてくる朗々とした音読は明瞭で淀みなく、上品に収まった語尾が耳に気持ちいい。


(なんか、女の子ばっかりだなぁ)


 目的の教室を覗くと、声の主はやはり蛭閒であった。机に凭れかかって朗読している彼を、学年を越えた女子たちが訳知り顔で取り囲む、といった光景が広がっている。


 要は蛭閒が他に類を見ないイケメンだからか、男女比ゆえか、そこには部活動とは名ばかりのハーレムが形成されていたのだ。

 まあ前者だろうな、という色事感と羨望で色めき立っている。


「あイテっ、デジャヴ」


 ふと彼女の足元に、コツン、と何かがぶつかる。

 痛みなんかないのに嫌にドキリとする既視感から飛び退くと、「ウ」という無機質なノイズと共に、地に落ちた視界の端で何かが蠢く。


 それは小さな、丸い器械であった。


 全体的に白く、両手に収まるほどのサイズで、形状自体はCM等で見るロボット掃除機と酷似している。よくよく観察すると、餅のようなまるまるとした全身には細かなでこぼこがあった。

 キズミは道端で野良猫と遭遇した時のような高揚感を覚え、なんとなしに屈み込んで手を伸ばした。


「駄目だぞ、レビ」


 不意に聞き覚えのある声が降ってくる。声のした方を見上げると、いつの間にか蛭閒が目の前まで来ていた。

 引き戸のレールを無理やり乗り越えようとするロボに、彼は優しくそいつを持ち上げる。


「なにこれ?」

「動いている物体に追従する」


 教室内にキズミを招き入れた蛭閒は扉を閉めると、そっとレビを床に降ろした。それはよちよちと拙い動きで回りをうろちょろしたかと思えば、唐突に方向転換し、元居た蛭閒の手へと帰って行く。

 360度顔らしいものはどこにも見受けられず、どこを向いているのかは定かではない。だが、一連の動きはなんとなく小動物染みた愛嬌があった。


「お掃除もする?」

「追う機能しかない」

「へえ、レビ……可愛いねぇ」

「ウャ」

「鳴いた!」


 上に乗ったドーナツ型の取っ手は天使の輪を連想させ、シンセサイザーのような機械的な電子音が、さながら空想上の神聖な生物のようでもあった。


 恐らくレビは家庭向けに作られた、ペット代わりになる愛玩ロボットなのだろう。

 後を追うことしかできず、言葉も意味のある単語は発せないようだ。けれど挙動だけで十二分に可愛らしい。


「誰のなの? これ」

「おれの私物だ。小道具ということにしてある」

「いいなあ~」


 法の目をくぐるような中々セコい真似だ。そんなことは良くないと思いつつも、キズミは今も尚果敢に立ち向かって来るレビが可愛くて仕方なくなってしまった。


 彼女には新入生向けの勧誘式を受けられなかったことで見学可能時期を逃し、結局どこを視察することも叶わなかったという悲しい過去がある。

 あと単純にやる気がないため、これまで甘んじて帰宅に励んできたのだ。


 しかしいざ楽し気な活動の一端を見てしまうと、例え演劇部だろうが野球部だろうが、取り急ぎ入っておきたかったのにという後悔に襲われる。


「ねえ、部活楽しい? 大変?」

「わからん」

「なんで?」

「おまえ、人に怒りの感情をぶつけたことはあるか?」

「こ、こわ~い何その質問」

「おれは無い。どんなシーンでもそこだけ”蛭閒シン”が現れて、キャラクターが蛻の殻になる。だから役者にはなれない」

「あ~、他人に興味ないもんね」


 勿論、口喧嘩程度ならキズミだって経験がある。今の軽口も冗談の通じない相手なら速攻言い争いになっていただろう。


 けれど真剣にへこむ蛭閒の憂いを帯びた表情は、もっと根深い悩みのような気がした。

 ―――感情表現が極度に苦手というより、そもそも怒りという感情の根源がわかっていないのではないか。

 そう思えば、誰かに声を荒らげる彼なんてキズミは想像もできない。


 今日はもっと知るつもりで赴いたのに、ますます蛭閒という人間がわからなくなってしまった。


(でもそんなこと言われてもなぁ……みんなこっち見てるし……)


 ヒソヒソ、と。蛭閒を取り巻いていた部の面々の内緒話が、聞えよがしに大きくなってゆく。遠巻きにやり取りを眺める彼女らは、異色の取り合わせに仲間内で疑問を呈しているようだった。


「誰? あの子」

「がろ……なんだっけ? 隣のクラスの、シャッスの人でしょ?」

「ふーん、ヒルマ君ってあんな顔するんだ」

「あのロボ鳴くの!?」


 やはりというべきか果たしてというべきか。アイドル的支持を集める人物と臆面なく接すキズミに向かう視線は、あまり好ましいものではない。

 いくら彼女が死ぬほど目立ちたい願望を持っていても、それが非難的なものであって嬉しいわけもなかった。


「あのさ、リベちゃんに今話したこと言ってもいい?」

「……話が見えん」

「わたしもわかんないけど、サナちゃんとの仲取り持ってもらう代わりに、なんかしらシンのこと教えるって約束しちゃったの。勝手にごめん。でもリベちゃん頭いいし、わたしなんかに話すより多分意味あるよ」


 彼は呆れたようにキズミを仰いだ。何か物言いたげに細められる目に、居心地が悪くなったキズミがそそくさと立ち上がろうとする。

 するとスカートの裾にレビが飛び付いて来て、そのまま離れなくなってしまった。


「あの、もう行くから……」

「背を撫でると喜ぶぞ。レリーフはダイヤカットになっていてな、このトーラスは飛行機能の名残らしい」

「う、うん。でもごめんねレビたん、ばいばい」

「臥竜丘、おれの話はつまらんか?」

「ふ、ふえーん……」


 結局、教室に部の顧問が顔を出すまで、蛭閒の一風変わったレビ語りは続いた。

 そうして視線による針の筵から解放されたキズミは、一刻も早く校舎から飛び出したのだった。


(あ)


 酷く既視感のある光景だった。帰路に就く彼女の前方に、とある一人の少年が立っている。

 キズミは見覚えのあるその顔に、朗らかな笑顔で話しかけた。


「みどり君、だよね。どうかした? あ、サナちゃん呼んで来よっか」


 すると、突然よく通る声に名を呼ばれた少年は驚きの表情で顔を上げた。これから遊びに行くのであろうか、朝と違って身一つの状態である。

 よく見てみれば隣には友人だろうか、小学生ぐらいの歳の少年がスマホ片手に何事かとこちらを見ていた。


「誰? カケルの知ってる人?」

「ごめん、ちょっと待ってて……お姉さん、多分姉ちゃんの友達ですよね。今朝はすみませんでした」


 偶然居合わせただけか、と猛烈な羞恥を堪えるキズミを後目に、友人を宥めた少年はハキハキと快活に話し始める。サナと共に登校していた時の警戒の色は、今や微塵もない。


「ん……?」

「あとオレと話したってこと、秘密にしてください」


 カケル? 姉ちゃん?


 不穏なそれらにキズミが黙したままでいると、軽い会釈をした少年は友人と共に街路を走り去ってしまった。


「あ、サナちゃんとの約束……」


 今更ながら思い出して、キズミはポツリと独りごちた。なんとなく想像していたよりもっと強大な悪が潜んでいる気がして、段々頭が痛くなってくる。


(みどり君って、みどり君じゃないの……?)


 残念ながら理解の範疇にある事実は何もない。今朝目の前で交わされた約束も、呼ばれていた名も何もかもが辻褄合わないのだ。


 だが、みどり(仮)の言葉通り、「サナにこの件を言ってはいけない」ということだけははっきりと察せられた。



台詞引用

 ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』福田恆存翻訳/新潮文庫/冒頭

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