第11話 クラス委員長はお飾りの王
放課後の校舎は活気に溢れていた。中でも人の出入りの激しい昇降口付近では、お喋りに夢中になっているグループがきゃいきゃいとひっきりなしに黄色い声をあげている。
「聞いてよ直久莉ぃ~! え、誰この子」
「……ノックくらいしてください。委員長」
そこは、よく『相談室』と言い換えられる部屋だった。保健室と並んで設置され、普段は生徒のカウンセリング等の目的で使われている。
学業の傍ら占い師としての仕事をこなすリーベは、電話やメールでのやり取りを度々そこで行っていた。ガッツリ個人情報を扱うために、さすがに教室で対応ができないのだ。
(一見上っ面は良いし、うっかり通されでもしたか……)
ちなみにこの部屋を管理する保健室の養護教諭は、彼女のお客様である。言ってしまえばリーベの信者であった。
「中学生? どこ中の子?」
そんな彼女の座る対面のソファでは、サナの指摘する通り今は誰かが寝転んでいた。服装はTシャツにジーンズというラフなもので、上にミリタリージャケットを羽織っている。見た感じ子供ではあるが、本を顔に乗せて寝ているため人相はわからない。
「起こさないであげてください……疲れてるみたいなので」
「ふーん」
既にサナの興味は部屋の内装へと移り変わっていた。戸棚に近付いてあれこれと物色し始める彼女に、リーベは胸中で溜め息を吐く。
誰かがこの場所に突撃して来ること自体初めてであるにも拘らず、なんとなくこうなることは予測できていた。そして嫌な予感というのは得てして的中するものだ。
「この部屋涼しいねー。うわ、しかもメッチャお菓子ある! ズル~い!」
「何しに来たんですか?」
「アンタに用って言ったら一つしかなくない? こっちはお客様なんだから、ちゃーんともてなしてよねー」
ソファ席の隣に、ボスン!と勢いづけて座るサナ。投げ出された鞄はリーベを押し退けるよう置かれ、それについて悪びれる様子もない。親しい間柄にだけ見せる、女王様的な素の気質だ。
リーベは作業を中断し、操作していたタブレットの電源をそっとオフにした。
「違います、金も払わず親切にして欲しいだなんて図々しい。法に触れないだけでほとんど犯罪でしょ」
「なに必死になっちゃってんの? 本気にしないで、冗談だから」
「そう。それもそうですね」
「そーそー」
だが誰彼構わず自己を通す性格は、無鉄砲だが潔い。どんな相手にも臆さずマイペースを貫くため、なんだかんだでこの子は仕方がないな、と許されてしまうタイプでもある。
現にサナは立ち回りのうまさでクラスの上位カーストに君臨していた。ニコニコしているだけで華があり、また立場的に情報を得やすいのも、彼女の唯一性に一役買っていた。
「みどり君、あ、彼氏がさ、最近忙しいとかで全然構ってくんないの。やばくない? 朝も無視されてさ。なんとかして謝らせたいんだけど、どうしたらいーと思う?」
「はあ。あなたから謝ればいいと思いますよ。そんなことより委員長、あなた、臥竜丘さんのこと良く思っていないそうですね~」
ローテーブルの上の菓子盆に伸びた手が、不可解な言葉にピタリと静止する。
「……いきなりなに。創実ちゃんが?」
「あんなに可愛くていい子なのに。嫉妬は見苦しいですよぉ」
「ハア? ……それマジで言ってる?」
処世術の基本は本性を隠すことだ。リーベも根幹はそういう考えであり、決して無垢さを神聖視しているわけではない。
ただ、キズミの毒気のないあどけなさは時に不興を買うだろうが、可愛げはある。一生懸命ですといった感情豊かな様相は、見ている分には愉快なのだ。
「ああ、もしかして当たってました?」
「……てか占いってさ、誰にでも当てはまること言ってるだけでしょ。『あなたには社交的な一面があり、一方で用心深い一面もある』、どう? これ。そうじゃねえヤツいねーだろ」
スマホの画面に浮かぶ、当たり障りのない羅列たち。それらは確かに占い師たるリーベ自身が送ったものであった。
時を遡り四月初週、千生高校に入学した彼女らの初顔合わせはSNS上だった。
「占い」という単語に釣られたサナがクラスのチャットグループを飛び越え、直接接触を図ったのが始まりである。
序盤から周囲の誰をも出し抜こうとする野心が透けて見え、リーベはその狡猾なやり口に感心したことを覚えていた。
話を聞くに四三野家は両親共に弁護士であるそうで、その甘ったれた性格から鑑みてもかなり裕福な家庭であることは容易に想像つく。
だから唾を付けておいたのだ。
「……占いは絶対的な未来予知じゃありません。保険と同じです」
その時、対面で無反応を貫いていた人物がモゾモゾと足を揺らし出し、リーベはそちらをチラリと一瞥した。最初から寝た振りらしいが、未だ起きようとする素振りはない。
「仰る通り、全て形式に則って導き出しただけで、それ自体は誰にでもできます。占いに資格は要りませんから。だから結果の良い悪いも一時心の拠り所とする、それ以上はないんです」
「あ~もう、ゴチャゴチャうるさい。要は当たるも八卦当たらぬも八卦ってコトでしょ、人様から金巻き上げておいてそんなバカみたいな言い訳通用しないから。意味ねーんだろ? じゃあそう認めろよ」
口汚く責め立てる彼女はそれは楽しそうに見えた。
語気を荒げるほど気が強くなるタイプなのだろう。汚い言葉を強い、あるいは優れていると思う感性が、また品性を示唆している。
「委員長って今年の初詣、お参りに行きました?」
「お参りィ? まあ……行ったよ。それが何?」
「おみくじ引きましたよね。どうでした?」
「別に。末吉、とかだったかな? その辺に結んどいたけど。だから何だよ」
「そうですよね~。百円ぽっちでこれから一年って評価を決められては、堪ったもんじゃないですからねぇ。でも神籤を占ってみたんですね、委員長。わかってるんでしょ? 良ければラッキー、悪かったら気を付けよう。それだけのことだって」
「……クソうざいなお前。じゃあテメーはその紙っ切れよりマシなのできんのかよ」
リーベは抑えきれないという風に口元を覆い隠し、尚上がった口角を垣間見せて言い放った。
「愚問過ぎて笑っちゃうんですよねぇ」
おもむろに自身の鞄から財布を取り出したサナは、上品な革製のそれから百円硬貨を取り出した。個包装されたチョコ菓子と並べて机上に置くと、腕を組んで踏ん反り返る。
「言っとくけど先にケンカ売ったのそっちだからね。創実を引き合いにだしてさ」
「それグッチのお財布ですよね。本物?」
「いーからやれよ」
人差し指で押しつけた硬貨を自身の傍まで手繰り寄せたリーベは、さも白々しく「何をですか?」と笑いかける。
「だからぁ、彼氏のコト。なんとかして向こうに折れて欲しいの、あたしは謝りたくないから」
「あぁ喧嘩したんでしたっけ? じゃあ今後が不安ですよねぇ。ちなみにいつからお付き合いを?」
「きっかけは小学生の時? くらいから……でも別に、あんなの喧嘩じゃないし。今日はたまたま機嫌悪かっただけ」
「そうですか。相手は年上ですよね?」
「うん」
「その人って本当に存在してます? あなたの思い込みじゃなくて?」
「ハ?」
「すみません、あなたその場の思い付きで喋ってませんか。本当のところ、相手は恋人じゃあないんでしょ?」
リーベは基本的に、客の個人情報を執拗に探る。サナの場合迂闊な自分語りも含めてではあるが、両親の職業を始め、出生日時や家族構成諸々はとうに割れていた。
最早あらゆる誤魔化しが通用しない状態で、それでもサナは勝ち誇った満面の笑みで席を立つ。
「ぷっ……は、ひゃははは! なんでそうなんのぉ? そう言ってんのに!」
「……年上の恋人であるミドリさんとは、数年前破局してますよね?」
「違うって言ってんだろバァーカ! 付き合ってるっつぅの!」
「そう。不調かなぁ」
「ホラ、占いなんて適当ぶっこいてるだけだって、証明されちゃったねえ!? このペテン師が!」
最初の最初から本気になっていたのはサナだ。攻撃的な本性を知るリーベは戯言をうんうんと聞き流し、虚勢に準じた都合の良い真実を告げることだって出来たのだ。
でもそうしなかった。
彼女の嗅覚が嘘と判断したならそれは嘘の作り話なのだ。サナが意図的に嘘を吐いていようと、はたまた真実だと思い込んでいようと、茶番に付き合う義理はない。
梨辺 直久莉は占い師だ。カウンセラーではない。
ともかく何かに取り憑かれたように上から罵声を浴びせる彼女に、さすがに反論しようとリーベが口を開いた。その時。
「なんでそんな意地悪言うん?」
意識の外から聞こえてきたそれは、男とも女とも判別つかない、子供のような声だった。
対面のソファを見ればグラフィックアート雑誌がずらされ、そこからジトーっとした朱色の瞳が覗いている。
サナの予想通り中学生のような容貌だ。
しかし険を孕んだ視線には鬼気迫るものがあって、一瞬身が竦んでしまう。
「……もういい」
第三者に糾弾され、サナはぐっと悔しそうに顔を顰めた。
彼女は嘘を吐いていないが―――リーベも的外れな発言は、一つだってしていないのだ。
「ちなみに追加料金でタロットが使えますけど」
「うっさいハゲ!」
バタン!と思い切り部屋の扉が閉められる。
乱暴な扱いにムッと表情を顰めたリーベは、衝撃から床に転がった百円玉を殊更優しく拾い上げた。
ソファに寝転んだまま始終を眺めていた人物が、それを見て「うわ」と非難の声を上げる。
「そんなん拾うなよ、ばっちい」
「大丈夫、金の神聖性はこんなことじゃ汚れませんよ。百円は百円ですから」
「いや床に落ちたんだから普通に汚いだろ……」




