第10話 クラス委員長はお飾りの王
ゴールデンウィークが明け、季節は五月。歩道を囲む植え込みの低木は青々と生い茂り、目の覚めるような緑色になっている。
「おはよーサナちゃん!」
涼やかで快い風と共に、キズミは校門の前で立ち尽くす少女の元へと駆け寄った。
クラスメイトの四三野 白凪は少し驚きながらもにこやかに笑い、「おはよう」と空いた方の手をヒラヒラと振る。空いた方、というのは、もう片方の手を見知らぬ少年と繋いでいたからである。
「じゃー後でね、みどり君。学校頑張ってねー」
「……」
そう言ってサナがランドセルを背負った少年を覗き込むと、少年は逃れるように顔ごと目を逸らしてしまう。どこか緊張した面持ちは、どうやらキズミの目を気にしているようだった。
結局少年は無言を貫いたまま、愛想悪く歩道橋を駆け上がって行ってしまう。
「弟君? いいなー! 仲良しで!」
照れているのかと幼心を推察したキズミが純粋に兄弟の存在を羨む。「いいな」とは思うが、「欲しいな」と思ったことは一度もない。
「弟じゃないんだけど」
「あ、ごめん」
「創実ちゃんは、あたしのみどり君に色目使わないでね」
「ふぇ」
麗らかな風を受け、サナの口元を波打った髪がひた隠してしまう。目に一切の感情が宿っていないため、不穏な雰囲気だけが取り残されていた。
「じゃ、行こ」
そうしてキズミが何も言えないでいると、彼女は鬱陶しそうに乱れた髪をかき上げながら言った。何事もなかったかのように昇降口へ向かう後ろ姿は、超ミニのスカートから晒された太腿が眩しい。
(どゆこと!?)
気付けば登校時間は差し迫っていた。
道行く小学生たちは変わらず微笑ましいのに、唐突に揺さぶられたキズミの感情はあまり宜しくない目で彼らを見てしまう。
折角の朝の爽快感が台無しだ。かなりサイアクに近い。
しかしながら連休明けということもあって、校内は大いに賑わっていた。まだ距離感も探り探りな中、外出の有無や趣味については共通の話題にしやすい。
本来ならキズミも右に倣えで手当たり次第そういう話を振っていたことだろう。
状況が状況なだけに、周囲の明るい雰囲気と対極の気まずさをひしひしと感じてしまう。
「ね、サナちゃ……」
横並びで歩くサナに何か話題を振ろうとした瞬間、視界を黒色が横切る。
「直久莉。おはよ」
「おはようございます……臥竜丘さんと来たんですか?」
「そこで会った」
「へ~、じゃあ、いつもこの時間に来るんですね~」
見覚えのある黒髪ぱっつん女子は、キズミを見るなりスンと据わった目になった。相手を見定めるでも懐柔しようとするでもない、いかにも自然体らしい表情をしている。
「あ、リベちゃん。あの後大丈夫だった?」
「何がですか?」
「なにって怪我……」
「何の話です?」
黒髪女子リーベはクスクスと含み笑いをする。まるでキズミの言動が突飛で可笑しいとでもいうように、一切動じることなく白を切られたのだ。そこに後ろめたさを感じている様子は欠片も見受けられない。
「委員長?」
ふと笑っていたリーベが教室を振り返る。
いつの間に先を行くサナは、不機嫌そうに眉を顰めながら足を止めた。手にしていた生徒手帳をポケットに仕舞うと、「あとで話す」と言って教室へと姿を消してしまう。
「……」
「……うっ」
取り残されたキズミとリーベはどちらからともなく視線を合わせた。その探るような目に、案の定キズミが先に屈服する。
「その……わたしが、変なこと言っちゃったらしくて。……わたしサナちゃんのこと、全然知らないから」
会話の詳細は黙っていた。少年の存在も、なんだか言ってはいけないような気がして伏せておく。
「委員長に取り入りたいんですか? まあ似たタイプだとは思いますし、合わないってことはないでしょうけど」
「似てるかな?」
少なくともサナは今まで関わってこなかったタイプの人間だ。あくまで主観の話だが、相容れない仲だと言われておかしくないとさえ思っていた。
「ほら、教科書」
リーベはキズミのスクールバッグを指差した。
不思議に思いつつ慌ててキズミが中身を引っこ抜き、その現代社会を一冊手渡す。すると教科書を手にしたリーベは、ここを見ろとばかりにトントンと裏面を指で叩いた。
「文字。全体的に左上がりですよね。委員長もそうなんです」
示す先は署名欄であった。角ばった字で『臥竜丘 創実』の名が綴られてある。
「そうなの!?」
「この書き方の癖っていうのは、客観視に優れた人によく見られる特徴です。協調性に欠けるともいわれますがね。あ、あなたのは神経質な傾向も見られます」
保健室で話した時もそうだったが、リーベの人をはかる術はとんでもなく帰納的だ。
人間関係の構築において、必要不可欠なのが関係性の蓄積である。相手の色んな一面を探る中で、合う合わないを気長に評価していくしかないのだ。
ましてや初対面の相手を「こんな人」だと決め付ける、なんて行為はすべきではないだろう。自分がやられて嫌なことを人にしてはいけない。
「よく見てるなぁ」
「法則から答えを導いても、答えから法則を理解してもどうせ同じですから~」
だが彼女はとにかく人を視て、統計に照らして、データに基づいた結果を信じる。それが占い師という人間の職業病なのだろうか。らしいといえばらしいが。
「じゃあ、サナちゃんとは……」
「同族嫌悪じゃないですかぁ? でも委員長はあなたが考えてるほど人間ができてませんし、気にすることないですよ」
「……に、似てるなら気が合うかもしれないし。癖字のやつも、話のきっかけにできるもん」
「そうですか」
「……」
困った人格をしているのは何もサナだけではない、リーベだってそうだ。
失念こそしていなかったとはいえ、またしても言い包められかけたキズミは自身の意志薄弱さを呪う。
「まあ、私の方からでよければそれとなく言っておきますけど。臥竜丘さんが話したがってる、って言えばいいです?」
「ほんとに!? ありがとう!」
「代わりに蛭閒さんのこと教えてください。約束ですからね~」
「えっリベちゃ……」
キーンコーンカーンコーン。
見計らったようにチャイムが鳴る。事実頃合いを窺っていたのだろう、リーベは音に紛れ「よろしくお願いします」と口をパクパク開閉させていた。
席へと着く彼女、そして蛭閒を呆然と眺めたキズミは、教室でただ一人突っ立ったままだった。誰かの着席を急かす声が遠く聞こえる。
「わたし、別にシンのこと知らないし……」
それは誰にも聞こえないような、小さな小さな呟きであった。




