異世界の大森林
目映い光が落ち着きを取り戻し――暖かな光に優しく手を差し伸べられた俺は、双眸をゆっくりと開け瞬きさせる。
「……って、ここ何処? ぷぷっ」
呟いた、このテンプレの一言。自分で呟いて、思わず吹いた。
女神サラに「私が以前、舞い降りた大森林で目覚めます」と説明を受けた。
しかし、俺はその大森林を知らない。
「まあ、当然だよな。異世界だし」
それにしても――絶景だ。言葉足らずな俺では、上手く説明ができない。
何て言い表せば、良いだろうか?
多種多様の花々が辺り一面を覆う様は、神秘的な花の宝物湖と言って良いだろう。
庫ではなく湖といっているのは、湖のように広大で景色としても美しいからだ。
そして生花であるが故に、微風が俺の鼻腔を優しく祝福してくれる。
微風に揺れる色とりどりの花に、幻想的な青く美しい蝶が花の蜜を吸っている姿も気持ちを穏やかにしてくれる。
その祝福された花の宝物湖の周りには、大森林が広がっている。
辺りには小鳥が囀り、平和な大森林だと判断できる。
俺は思わず美しい花にかけより、薫りを楽しむ。
「ぅわー、いい薫り」
花の薫りは、心が和やかになる。
それに、亡くなった母の祖父母の家を思い出す。
父方祖父母の家は、都会よりにあるが……
母方祖父母の家は、公共の乗り物では行けない山々に囲まれた田舎――そう、秘境と言う言葉が相応しい自然豊かな場所にある。
自然豊かな場所と言えば、聞こえは良いが……
道は舗装されておらず、段々畑や田圃、盛り土や水路に囲まれており、土で固めた曲がりくねった上り坂をひたすら登る。
そして車が離合できない田圃道である為に、前方から車が来た場合は、どちらかが数十メートルをバック走行して離合できる場所まで戻るしかない。
因みに、地元の暗黙のルールで上り坂側がバック走行をし離合できる場所まで戻って離合する事となっている。
そうして険しい道を上り脇道にそれて、更に細く険しい崖と土壁に挟まれた急勾配の坂を上りきった先に母方祖父母の家があるのだ。
幼少の頃、大自然に囲まれた母方祖父母の家で、自然の優しい薫りに包まれてよく遊び回っていたな――お日様の薫り。花の薫り。草や木の薫り。土の薫り。小川が流れる水の薫り。
それらを運んでくる、涼しげな風の薫り。そして、動物たちの薫り。
牛の後を追いかけると、牛がじゃれてきて坂道を転がり、竹藪に転がり落ちた。
軒に腰掛けていると、太さが三センチある大ムカデが出てきて祖母が退治してくれた。
退治された大ムカデは、庭先に放し飼いにされていた数匹の烏骨鶏が我先といった具合に食べていた。
庭にある大きな池には鯉が泳いでおり、餌をあげると一気に集まって来るので少し怖かった。
祖父が飼っていた、目白の歌声がとても美しかった。
囲炉裏で焼いた蜂の子を祖母がくれたが、都会っ子の俺は流石に食べられなかった。
ワン子を連れ出し小さな小川に一緒に入って遊んだっけ……
「本当に、懐かしいな」
ふと、後ろを振り返ると――巨木と大森林が広がっている。
その巨木の幹には、穴が開き奥の空間が僅かに歪んでいる。
どうやら俺は、そこから出てきたようだ。
そして巨木の穴が役目を終えて、ゆっくりと閉じていった。
俺が出てきた事で、天界への道を閉じたようだ。
「そういえば、確か……」
分からない事があれば、女神サラ様のリンクスキルを使えって言っていたよな。
特別召喚で白銀虎が呼び出せる事を思いだし、スキル名を唱える。
「スキル 白銀虎」
そして、森林の周りがひらけた花々が咲きほこるその場でしばらく待つ――。
「――。――――。――」
心地よい巨木の木漏れ日の中、微風だけが過ぎていった――反応が無い。
「おいおいおい! もしかして、初めから躓いたか?」
一人でボヤいていると、気がついた。
俺の視界のはし? 目の前、隅っこ?
「何だこれ?」
右下の隅に、スマホやゲームで見るような小さな歯車のアイコンがあった。
俺はその歯車のアイコンを、手で触ろうとするが触れない。
今度は――
「歯車! システム!」
と、声に出してみたが反応がなかった。
俺は、女神サラに簡単な説明を受けた。そこまでは良い。うん納得だ。
しかし――俺は詳しく説明をしてくれる、白銀虎の召喚方法の説明を受けていない。
しかも、小さな歯車のアイコン――この初歩とも言える、説明さえも受けていないのだ。
「これって……」
パソコン初心者が【説明書無しで】電源の入れ方が分からないのと同じだよな……。
俺の背中から、恐慌と共に血の気が引いていくのが分かる。
千思万考しろ、花楓院 鈴。
お前には、アニメや漫画などの博覧強記がある。
他に試していない事が、絶対にあるはずだ。
手を翳して触れる――これは、代表的なアニメやVRゲーム等でよくあった手法だ。
言葉にして発する――これも同じく、代表的なアニメや音声認識対応のゲームであった。
この、どちらでも反応がないのであれば――他の方法を試せばよい。
目で視認――つまり、視覚操作。
ただこの方法だと、視認した全てが当てはまってしまう恐れがある。
ではその視認に、脳による思考操作を当てはめればどうだろうか?
思考し、念じる。人は念じなくても、手足を動かすことが可能だ。
しかし、脳に様々な起因により障害が生じた場合――動かなくなることが有る。
そういった場合――リハビリ等、様々な方法でその障害を回復する方法がある。
それらの方法の一部として、視認し、思考し、物理的に動かす方法。
その方法で、可能な方法を実行する。
俺はその歯車のアイコンを視認し――
「――――――」
ゲームでクリックする感覚で、思考し強く念じてみた。
「ふぅー……。やれやれ、やっと開いたよ」
左からステータス、スキル、アイテムボックス、ワールドマップ、管理者システム……
「うぁー。自分の目前なのに、ゲーム画面みたいだ」
眼前に広がる幻想的な景色に不釣り合いな、システムウインド――ゲーム画面では普通に、そういうものだと理解できたけれど……
実際に体験すると、奇天烈だ。
「えーと」
スキル一覧は? 左から二番目の、ここだな。
もう一度クリックする感覚で強く念じると、眼前に画面が開いた。
「なるほどなるほど、フムフム」
選ぶ場合は、クリックする感覚で強く念じると簡単に開く。
消す場合は、×をクリックする感覚で強く念じると消える。
同じように□をクリックすると目の前全域に広がり、もう一度押すと元の大きさに戻る。
-をクリックすると、最小化されて下の方に小さなスキルアイコンが現れる。
小さなアイコンを押すと、元に戻る。
調子に乗って、ポチポチ開いたり閉じたり拡大したり縮小したりを繰り返す。
まるで、パソコンやスマホを操作する感覚だ。
ただ、操作する感覚で、強く念じる事――
強く念じる事で操作可能なのは、パソコンやスマホとは大きく異なる点だろう。
物に対する操作ではなく、思考する事で自分の手足のように自由にできる感覚?
身体の一部? 精神の一部? ……不思議な感覚だ。
これが、能力というものなのだろう。
つまり、俺が元いた世界とは完全に不一致である事の証明。
そして、ここが異世界であるという確固たる証拠だ。
女神サラとの出会い。そして、今までの事――それは長い夢ではなく、全て現実。
未だに現実離れしている、この世界に――心の奥底で俺は、まだ夢だと信じていたかったのかも知れない。
この感覚に、慣れるしかない。
幸い俺は、漫画、アニメ、それにゲームが大好きだ。
だから、この現実も常識人に比べれば受け入れることができる。
まあ常識人と言っても、今日における常識人とは違ってくると思うが――
慣れてくると思考による操作が、普通に手足を動かす様な神経伝達による操作となった。
「いい感じだ」
よし! では本題に入ってポチっとな……。
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スキル一覧 ← - □ ×
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特別スキル
・文字言語自動変換
・無限アイテムボックス
・ワールドマップ
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リンクスキル
・管理者権限スキル (特別召喚)
白銀虎(デフォルト) ※命名及び変更可能
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異世界スキル
・マウス&・キーボード
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※ ◇ ※
後は、空欄だけかな?
……だが、やけに空欄が続くな。
どこまで下にスクロールしても空欄だ。
空欄が続くと、最後が見たくなる。
ロールプレイングゲームをすると、全マップを埋めたくなる――あの感覚と同じだ。
どこまでも続く空欄、その最後がようやく現れた。
※ ◇ ※
スキル画面の最後に、女神サラから聞いていない不明スキルがある。
異世界隠しスキル……
「何だ、これ?」
しかも半透明になっている為、使用できないようだ。
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異世界隠しスキル
・限界突破LV0 (管理者権限LV依存)
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ともあれ、差し当たっては何も分からない事だらなのは確かだ。
一つ一つを、実行していく他は無い。
スキル欄から、特別召喚を選ぶように念じる。
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リンクスキル
・管理者権限スキル(特別召喚)
白銀虎(命名及び変更可能)
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【【スキル 白銀虎】】
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