ウツワ(改)
俺の話を訊いた第一級上位管理者は、静かに語りだす。
「貴方の名前は、花楓院 鈴君。アレルギー体質であり、常日頃からアレルギー薬を服用している。訳あって、パソコンの情報検索機能を使っていた。しかし、薬の副作用である睡眠効果と仕事疲れで、いつもより激しい睡魔におそわれた。その際、左手でキーボードを抱き寄せマクラにし、右手でマウスを持った状態で、気を失うように眠りについた。と、いう事ですね」
「はい」
第一級上位管理者は俺が話した内容を、自分が一度整理する様に語った。
「考えられる事は【私の神器】と鈴君の世界を管理する【管理者の神器】が、繋がった状態であったという事。鈴君の世界の管理者が、用途は不明ですが……【神器を人間界の情報検索機に繋げた状態】のままであったという事。偶然にも鈴君が、鈴君の世界を管理する【管理者のサイト】に【鈴君がたどり着いた】という事。そして鈴君が寝ている状態で、偶然【全てのパスワード】を顔で入力し【解き明かした】という事。で、今に至るというわけですね。だからキーボードと呼ばれる物が、鼻水と涎まみれになっていたのですね……」
「いやそこ重要か?! 最後のは言わなくても……」
第一級上位管理者は肩を震わせて両手でおなかをおさえ、涙目で笑いそうなのを必死でこらえていた。
右手で鼻水と涎まみれで大洪水のキーボードを指さして――俺はその管理者の仕草を、苦笑いするしかできなかった。
本当に笑っている姿も、可愛すぎる。
管理者というより寧ろ、幼く可愛い美少女と言った方がしっくりくる。
幼く可愛い美少女の笑いのツボが、ようやく治まったようだ。
真剣な眼差しで俺を見据え、おもむろに人差し指を一本たてる。
そして、腰に手を添え女教師が生徒に指導する装いを瞬時に纏う。
見た目は、完全に美幼女だけど……
「鈴君。私の話をよく聞きなさい! 重要な事よ! こちらは鈴君の身体! 今の鈴君は、魂そのものなの。そして鈴君の魂はすでに、私達管理者の末席の領域にほぼ達しているわ」
「なるほど。ってふぇ? ど、どういう事ですか? 意味が解りませにゅ……」
俺は驚きのあまり変な声を出して、噛みながら困惑した。
すると第一級上位管理者は、俺があまりにも困惑している事をさっしてか、一瞬後ろを向き「ふー」っと息を整えた。
そして、俺を落ち着かせる為なのか天使の様な微笑みを浮かべる。
「鈴君の身体と魂は、第一級上位管理者専用処理空間という魂のみがはいれる空間に入った事で身体と魂に分離」
言葉を刻み、俺の顔を笑顔で確かめる。そして、再び管理者は説明を語り出す。
「分離後、安全装置により身体のみが外に排出されました」
管理者は俺の心情を理解しているようで、とても不思議な感覚がする。
管理者の笑顔の奥には、俺なんかが知り得ない何かがあるのだろうか?
「魂のみが安全装置の役割を持つ最上位神器に近接状態で――尚且つ人で言う睡眠学習という概念に近い状態により、管理者のみが持っているオーラ――神気と言えばわかりますか?」
「……」
俺は無言であったが、言葉を刻み安心出来る笑顔を管理者が見せてくれるおかげで、俺の内層心理が冷静になってきた。
「それと瞬時に数億年を行き来可能な処理空間にて、長時間分解と飛散、そして再生を繰り返しました」
「うっ……」
俺の内層心理が冷静になってきたが故に、吐息が漏れる。
「上位管理者専用の安全装置の最上位神器により、瞬時に安全に完全な状態で魂を再生」
「えっ……」
「その工程を約10時間繰り返す事で――あの空間軸では、十億年に相当します――」
俺の口から漏れる吐息は端から見れば吐息には思えないかも知れないが、俺としてはれっきとした吐息である。
まあ、関西人的思考で考える吐息とも言うが……
「通常は不可能なはずなのですが、魂が第三級下位管理者に近い状態に、ほぼ達してしまいました」
「はうっ……」
「本来なら鈴君の魂を鈴君の身体に戻し元の世界に送り届けるのですが――すぐに鈴君の身体に戻すことが困難となりました」
「俺は、一体何をやらかしたんだ……」
なんでやねんとは、流石に言えなかった……
「ちなみに管理者には、上から最上位管理者、第一級上位管理者、第二級上位管理者、第三級上位管理者と続きます。その下に、中位管理者、下位管理者と、それぞれ同じように第一級から第三級と級数が付き十段階になっています」
成る程、管理者様にも階級があるんだ……って、そんな事考えている場合じゃない!
「鈴君の魂は、その末席の第三級下位管理者に近いという事です」
俯き加減の管理者の姿に、俺はただ黙っているしか無かった。
いや途中で、うっ! とか言ったけどね! そこは、さっして下さい!
俺は誰に、話をしているんだ。
俺が落ち着きを取り戻したと判断してか、管理者はホワイトボードの様な物を出現させて図で説明する。
「本来鈴君の身体は――解りやすく容器で説明しますと、1mlの容器と考えてください」
何か、学校の講義を受けているみたいだ。
「そして今の鈴君の魂は、約10EL……簡単に説明しますと、エクサリットルとは10の18乗リットルと言うことです」
10分の1リットルであるdlや1リットルの1000倍(10の3乗)であるKLは、よく使われているので知識としてある。
それに俺の知識にある最大容量は、1リットルの1兆倍(10の12乗)であるTLまでだ。
なのに、エクサリットル……つまり、1リットルの100京倍――俺が通っていた、工学部の大学の講義でさえ聞いたこともない単位が出てきた。
その大学での記憶と共に、高校生の頃の記憶がよみがえる。
高校生の頃――背の低い新人女教師が黒板と高低差がありすぎて、高い位置に記入する度に脚立を移動させていた。
しかもリクルートスーツで短めのスカートを穿いていたので、脚立を移動させる度にまくり上がったスカートを降ろしていた。
まあ、そんな所が思春期の男性生徒に、絶大な人気を誇った理由なのだが……。
それを見た俺は、この先生本当にこれで授業ができるのかと、心配になった事を思い出した。
管理者はホワイトボードの高い位置に記載する度に、ウンショ、ウンショと言って小さな脚立を動かしては、それに乗って記載を繰り返した。
なんか見ていると、その新人女教師とは違い、素直に微笑ましい気分になる。
「そのため残念ですが今の状態では、鈴君の魂を身体に入れることは不可能なのです」
「ぶっ、ぐはぁ!」
目元を潤ませながら、それでも美しい幼女姿である第一級上位管理者の話を聞いていた。
が、学生の頃を思い出し思わず吹き出し、管理者が言った言葉に思わず叫んでしまった。
「私の第一級上位能力でも数日で身体を作るとする場合、真の勇者、真の大聖女、真の大賢者等の上位職の身体を作るのが限界です」
いや、何気に凄い事言っているんだが……神様だし気のせいか?
「最上位能力を使えたとしても、数日では不可能なのです」
うん? ちょっとまて、俺の魂って真の勇者以上?
「最下位の管理者の器だとしても、今の鈴君の魂を入れる事が可能な身体ともなれば……。鈴君の身体を再構成するとして、最低十年以上……。いいえ、私の最大限の神力を注いでも数年はかかってしまいます」
「……いえ、数年位なら待てますよ」
俺は、管理者の美しい瞳に涙が潤み雫が零れ落ちそうな事に気が付いた。
そして、一瞬の沈黙の後に心を落ち着かせながら数年位なら待てますよと答えた。
「鈴君は優しいですね。有り難い申し出ですが、それは不可能なのです」
神様でも不可能な事が有るのか……。
「人の魂は、純粋な管理者の魂とは違います。いかに管理者の魂に近い状態になったとしても……。いえ、数日なら可能ですよ。しかし、数年は流石に魂が身体に入っていない場合……消滅してしまいます」
え? でも俺は、数億年を行き来可能な場所にいた筈では?
俺が疑問に思っている事をさっしたのか、管理者は俺を見据える。
「安全装置を使うという手も有りますが、特殊空間専用なので魂自体を今の状態のまま安定させる事は不可能なのです」
「アハ、ハハハ。それは打つ手無しですね……」
成る程、今の魂の状態を保つ――最下位管理者に近い状態を維持する事は、不可能であるという事か。
「鈴君の身体をこのままにしておく訳にもいきませんし、準備も有るので今から安全な場所に鈴君の身体を移動させておきますね」
第一級上位管理者は手に光を纏わせて、俺の身体と、キーボード、マウスに光を移すと一緒に別空間に移動し消えた。
管理者がその場から消えたあと、俺は思考する――これって……異世界に転移して、俺いきなりの絶体絶命じゃないのか?
俺が知っている異世界転生や異世界転移の物語の中でも、来て早々死亡という物語は幾つかあるが、魂の消滅って……しかも、この状態――異世界と呼べる場所にさえも、未だに行けていない状態だよな。
まあ数日は魂の消滅を防ぐことができるらしいが、転生さえもできない状態って――チート無しでクリアする事が不可能な、クソゲーのエクストラハードモードなのか?
いや……そのチートすらも貰えていない俺が、今ここにいるのだけどね。
しかも、管理者である女神の力を持ってしても不可能って……。
まあ俺の身体を安全な場所に移動させると言うことは、恐らく管理者に何か考えがあっての事だと思うが……。
俺が思案していると、眩い光と共に管理者が戻って来た。
そして何か決心する様に両手を合わせて、祈るような仕草をする。
「今回は私と第二級中位管理者の神器がつながったままの状態であった事。第二級中位管理者が理由は不明ですが、貴方の世界のインターネットと言う物につなげ偶然が重なり起こってしまった事」
我ながら驚愕する。顔でパスワードを打ち込み解き明かした事が。
「私達管理者にも問題が無かったわけでは無いと考えます」
っていうか、中位管理者は顔で解ける位の簡単なパスワードをいれていた事の方が気になる。
「ですので、私の神気をできる限り使用して凝縮致します。鈴君の身体が、今の鈴君の魂を受け入れる事が出来るように――それまでの間、私が百億年の時をかけて、丁寧に神気で凝縮し作りあげた身体――第一級上位管理者である私の魂さえ入れることが可能な、私専用の身体を鈴君にお貸し致します。鈴君の魂を受け入れる事が出来る状態にしてからお貸し致しますので安心して下さいね」
え……可愛い神様が、とんでもない事を言い出した。
「そのため鈴君には、私の管理する世界で生活して頂く必要があります」
「俺の身体を再構成するまで、第一級上位管理者様の世界で生活する事は了解いたしました。でも、いや流石に第一級上位管理者様の身体を貸して頂くのは……」
第一級上位管理者様の世界で、生活するのは当然で全く問題は無い。
しかし、第一級上位管理者が入れる身体って……。
そんな上位神のような存在の身体は、明らかに人の手に余る。
問題大有りだろ? と思っていたが、第一級上位管理者は真顔で答える。
「何か問題でもありますか?」
と首をコテっとさせ、? を浮かべている。
その仕草、天然か? わざとか? いや、年齢が高いと「あざと可愛い」のか?
でも、年齢が高くても見た目完全な美幼女だからな……。
俺はニコニコして何も問題ないと心底思っている第一級上位管理者に、当たり障りない様にする為にあえて男女間の事を上げてソフトに断る様に聞いてみる。
「ウツワと言いますが、実際はカラダです。俺は男、第一級上位管理者様は容姿端麗という言葉が最も相応しい女性です」
しかも幼女……。
少し考える表情を見せたかと思えば、俺が考えていた意図に思いあたったのかは不明だが……
「そこは数年、いえ、二年我慢して頂ければ、神力を最大限に注ぎ、鈴君の元の身体に戻れる様に致しますので問題はありません。但し世界が変わる位の【悪事】等は行わないで下さいね」
少し心苦しい表情を浮かべたかと思ったら、笑顔で怖い事を言ってきた。
「え! そっ、それは流石に第一級上位管理者様の身体ですので、ご迷惑は絶対におかけ致しませんと誓います」
第一級上位管理者は両手を合わせ「パチン」と音を鳴らし美しい微笑を見せる。
「それでは問題ないので、お話を進めますね」
いやそれで良いのか? 本当に。
第一級上位管理者の顔色を窺うと、俺が容姿端麗と言った事に気分を良くしていたのか、初めの頃より終始笑顔でニコニコしており綺麗な微笑みが返された。
うあぁ! 本気天使の様な笑顔来たコレ。天使より高位の存在なんだけどね。
「不自由を出来る限りお掛けしないように、私の身体をお貸しするに当たって、身体と鈴君の魂に幾つかの権能を差し上げます」
俺は、権能で異世界と言えばやっぱ【スキル、魔法?】かな?
と思い、第一級上位管理者の話に真剣に耳を傾けた。
※ ◇ ※
【サラティーSIDE】
お兄様の姿に似ていらっしゃる彼は、鈴君と言うのね。
凄く良い名前だわ。
どうしよう? 初めての事で、鈴君が混乱しているわ。
私が落ち着いて、鈴君の支えになってあげないと。
サラティー、貴女はできる子よ。
お兄様に向ける様な、優しい笑顔で鈴君に接するの。
そして、呼吸を整えて鈴君に説明をするの。
はぁー、どうしたら良いの? 鈴君が。困惑しているわ。
もう少しゆっくりと、説明をしなくては……
ほっ……鈴君が落ち着きを取り戻してくれたわ。
ですが、鈴君の落ち着きと共に今度は私が不安になってきたわ。
本当に、このような説明で良いかしら?
鈴君にもっと分かりやすく説明をしなければ……。
そうよ、そうだわ。
あの装いになれば、私のドキドキも少しは平常心になれるかも?
ああ……なんて鈴君は良い子なのかしら?
私のことを、気遣ってくれている。
本当に、私のお兄様と雰囲気も姿も似ているわ。
でも、どうしようかしら?
鈴君の魂に耐えうる身体……
そうよ、良いことを思いついたわ。
私が創った、身体が有るわ。
大好きなお兄様と、雰囲気も姿も似ている鈴君なら私の身体を貸し与えても問題ないわ。
いえ……寧ろ、願ったり叶ったりだわ。
お兄様とは違いますが、不思議にお兄様との絆が、深く繋がっている気きがするんですもの。
――! 容姿端麗という言葉が、最も相応しい女性。
キャー! お兄様に言われているようで、恥ずかしいです。
でも、平常心。鈴君の前では、堪えるのよ。
だけど、鈴君は私の事をそういうふうに感じてくれているのね。
本当に嬉しい。自然と笑みが、零れてきてしまいます。
私の事をそんな風に思ってくれている鈴君には、何も不自由が無いよう権能を差し上げないと。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。