数時間前
俺の名前は花楓院 鈴、生粋の日本人だ。
三十五歳独身(男)ちなみに彼女募集中!
自分で言うのもなんだが眉目秀麗とまでは言わないが、十代にしか見えない幼い顔立ちのイケメンだ……自称、とも言う。
幼いこの見た目は、両親の影響だろう。
特に、亡くなった母親の影響を色濃く受けているのだと思う。
俺の母も年齢にそぐわないくらい、幼い見た目だったからだ。
両親が結婚した当初、父親は高校生に見間違われ母親は小学生にしか見えなかったらしい。
確かに亡くなった母親の遺影やアルバムの写真は、俺から見ても小学生にしか見えない……。
つまり、俺のこの見た目の幼さは確実に遺伝だ。
ちなみに今俺は、大手の処方箋調剤薬局に勤めている。
接客が丁寧で、来店されるお客様達にも好評だ。
自慢では無いが、特に常連の若い女性客や学生にも人気がある。
おい、お前それじゃ彼女の一人や二人できるだろ! って突っ込まれそうだが……。
実は、彼女ができないのには理由がある。
毎日忙しい筈の妹は、なぜか学校が終わるとすぐに俺の職場に来る。
そして俺が女性と話をすると、すぐに割り込んでくるのだ。
しかも妹は、幼いがすごく可愛い美少女だ。
女性客も俺の妹だと知っているので、笑顔をむけてくる。
そして夕食時になると、必ず自宅に帰るのだ。
まあ忙しいながらも、家族の事を大切にしているという事だろう。
そういう俺にも、最大の欠点はある。
酷いアレルギー性鼻炎持ちなのだ。
ただ欠点だと思っている嚏も、男性に思えない程可愛い声音でクシュンとする。
その嚔が、実は女性客……特に御婦人達の密かな楽しみになっていたらしい。
おいおい、悪い冗談はよしてくれと言いたい。
慢性アレルギー性鼻炎は本当につらいのだ。
職務中はなんとか気合いで……いや実際は何ともなっていないが。
頭は重いし身体は怠い。脱水症状に似た感覚もある。
職務中は、吸入式の鼻治療剤を吸引して、少しでもアレルギーを抑え込もうとしている。
それに、朝夕かかさず眠気をともなう薬を服用していた。
急に話は変わるのだが、俺はネットゲームが大好きだ。
しかし、薬の副作用と仕事疲れが相まって、初期村から出られずキャラレベルも上げられずにいる。
今日は、その大好きなオンラインゲームの超大型アップデート日だ。
因みにゲームの名前は、君との魂の絆~モフモフ姫の恩返し~である。
朝から俺の頭の中は、斬新なシステム改変と新しい隠し要素の期待で胸が一杯だ。
本日、一名様限定ロリ衣装ボックス取得チャレンジクエストも有るらしいがそこは興味が無い。
俺のキャラは全て男性キャラクターだからだ。
仕事が終わり早々帰路につく俺の心は期待に満ち溢れ、コンビニでいつもの弁当と飲み物、そして普段買わない多量のお菓子を購入。
自宅に着いた俺は風呂に入り、コンビニで買った弁当とお茶を飲み、いつものアレルギーの薬を服用する。
今日は寝落ちしようが、マンションに妹がやって来て絡んでこようが初のシステム大幅改変による超大型アップデートだ。
大好きな【君絆】を楽しみ尽すぞと意気込みパソコンの席に着いた。
指を指し示し、コンビニ袋の商品を配置していく。
「1.5Lのジュース、大袋ポテチを配置よし!」
指を指し示すのには、訳がある。
言葉にして準備をしていくと、気分が向上する。
気分を高めた最高の状態で、俺はこのゲームに挑む。
「やばい棒も20本配置よしだ!」
それだけ、このゲームのアップデートに期待と興味をそそられているからだ。
後は――
「ティッシュを配置よ……」
配置する所で、ベッドの横に置いてある筈のティッシュの在庫が、残りこの一箱しか無い事に気がついた。
「まっ、明日職場で大量購入するかぁ」
不意に俺の脳裏に、今朝のできごとが頭をよぎった。
「はうぁっ!」
俺の顔面が凍り付き、嫌な汗が頬を伝った。
「クソッ! 忘れてたわ!」
今日は珍しく売り出しの時以外、いつもは数日先まで発注しない紙類の在庫が全て無くなった。
慌てて発注したが、明日の入荷はどこのメーカーも無理だと言われた。
他店に在庫振り替え依頼をするも、姉妹店でも在庫が全て無くなり無理だと言われた。
「まっ、しゃーなしか」
俺は何かとネット注文する時は、オンラインショップのユーエイポイショップを使っている。
割引クーポンがちょくちょく送られてくるので、ポイントとキャッシュバック増加の日と合わせると超お得なのだ。
軽い気持ちで、早速スマホでユーエイポイショップのアプリを立ち上げ接続。
「よし! 早速ティッシュを注文するかー」
お気に入りのティッシュの在庫を見て、異変に気がついた。
「あちゃー、なんやねん、これ?」
嫌な予感がした俺は、必至になりスマホに登録している別のショップであるシマドンを調べた。
だが、どこを見ても、売り切れ・在庫無し・入荷未定……。
「おいおいおい! どうなってんねん、これは?」
そう言えば、今日早出シフトで早朝から出勤したが職場に行列ができていた。
ティッシュ、トイレットペーパー、それらが無くなれば、ペーパータオルまでもが異常に売れた。
在庫が無くなり、俺は慌てて発注した事に思い当たった。
その原因をスマホニュースで知る事となる。
不意に、速報のお知らせ音が鳴り響く――♪~♪~~♪
俺は嫌な予感がして、スマホニュースの速報をクリック。
世界中で、原因不明の感染性アレルギー症状を発症する人々が続出。
症状は、鼻水・嚏・涙目・目のかゆみ・皮膚のかゆみや発疹などが起こる事だ。
ただ、症状が重くなると生命を脅かす事がある。
そして、従来のアレルギー物質検査での特定は不明。
通常アレルギーは、自身の身体の過敏反応だ。
無害な物質に対して免疫系が異常な反応を示す事で起きる。
つまり、他人に感染させる事はない。
だが、感染性である事。有効な薬も無い事。
元々アレルギー体質である者は、症状に変化がない事。
それら全てが、奇々怪々である。
まあ、今回の感染性アレルギー症状なのか――元々のアレルギーなのか分からないだけかもしれないが――世界各地で、ティッシュ、トイレットペーパー等、紙の需要が大幅に増加。
昔あったオイルショックの様なパニック状態であると報じられていた。
ズルズルズル、タラー。鼻水が出てきた。
「ティッシュ、ティッシュ」
俺の幼少期はアレルギーとは無縁で、超大好きな動物と毎日の様に寝るまで触れ合っていた。
特に父方祖父母の別宅に行っては、飼っているワン子、ニャン子には執心していた。
毎日一緒に風呂に入り、顔を埋め、耳や尻尾をハムハムして、匂いを嗅ぐだけで健康状態等まで把握できた。
しかし二十歳の誕生日を迎えたその日、突如食材以外の俺が知る全てに近いアレルギー体質になった。
ハウスダスト、金属、樹脂、生花類、杉等の花粉全般、動物全般、寒暖、接触、etc。
ただ特に酷いのは、生花アレルギー、モフモフな毛並みの動物アレルギーである。
生花等が皮膚に触れると、アレルギー症状を起こす――但し、死花には反応を示さない。
つまり、枯れた花や乾燥した薬草物等はアレルギー症状を起こさないのだ。
それと、モフモフな毛並みの動物アレルギーも酷いアレルギー症状があった。
二十代からは毎月、病院で処方された処方箋を貰い、近くの処方箋調剤薬局でアレルギーの薬を貰っていた。
二十一歳で大阪に有る大手薬局の本店に就職。
就職してからは病院で処方箋を貰い、職場で調剤してもらった薬を朝夕欠かさずに服用していた。
三十歳になり、希望していたUターン転勤で北九州支店に配属され仕事も順調だった。
俺は三十五歳になり毎年訪れる数種類ある花粉のの季節がやって来て、三月の前半に入り花粉症が酷くなっていた。
今日もエンジン全開の俺の鼻は、花粉の季節と部屋と外との寒暖差もあり、ツインターボをフルスロットルさせ鼻水を排出していた。
俺はこれが普通だと思って、その異変に気がつかなかった。
「ヤバイヤバイ。これは不味いぞ」
不安に思えば不安に思うほどズルズル。
「ティッシュ、ティッシュ」
俺は勤め先に連絡し、ティッシュ、トイレットペーパーの確保をしようとした。
しかし政府からの緊急指導で、入荷しても職員のティッシュ、トイレットペーパー等の多量取得は難しいと薬剤師長に言われた。
「マジかよ。おっ、終わった……」
暫く放心状態。止めどなく流れる鼻水。
タラー、ズルズル。
「ティッシュ、ティッシュ」
俺はスマホでは埒が明かないと思い、パソコンを使って、ティッシュ、トイレットペーパー、紙――鼻水を処理できれば何でも良いという思いで――いや違うな……【神にでもすがる気持ち】で必死に探したんだ。
そう! ティッシュ、トイレットペーパー、ペーパータオル、チリ紙、紙、かみ――神。
アレルギー薬の副作用である睡眠効果と、仕事の疲れも相まって――いつの間にかウトウト――【左手にキーボード】を抱え枕にし【右手にマウス】を持ったまま流れる鼻水を垂らす。
そして、気絶にも似た様な状態で意識が遠のいていった――
「あんちゃ……」
眠って意識が無い状態で、一瞬、妹の声音が聞こえた気がしたが――
眩しい光に包まれ、俺は完全に意識を消失した。
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