リリーvs澱みの魔獣2
一瞬の気の緩みのせいなのか、太股が少し痛い。
太股を確認すると、少し赤くなっていた。
もしかして、初め手加減していた時にキメラの攻撃が服越しに触れていた?
俺はキメラに攻撃を与え、キメラが転倒している隙にスノーの側に行く。
「スノー、少し確認なのだけれど……キメラの攻撃を食らったら、私も傷つくのかな?」
俺はスノーに、常識的に考えると変な質問をした。
実は、俺はここに来るまで女神サラに借りた身体は傷つかないものだと信じていたからだ。
そこまで、女神サラの身体に外的損傷が不可能であると信じていた根拠は――
どんなに転倒しても、前のめりに落ち葉に突っ込んでも、掠り傷すらつかなかったからだ。
なのに、今更になって――傷と呼べるかは別であるが、少し赤くなっている痕が太股にあったのだ。
「通常この世界の理におけるものは、障壁が展開されているのでサラ様の身体に傷をつけることは不可能です。うにゃん」
成る程……だから何度転倒しても、擦り傷一つ付かなかったんだ。
「ですが、例外が存在します。うにゃん」
「例外?」
「この世界の理から外れた存在である、澱みの魔石を取り込んだ魔獣などです。うにゃん」
この世界の理から外れた存在――
「澱みの魔獣キメラね……」
「澱みの魔獣も障壁を展開させており、近接攻撃時において特殊な障壁どうしが浸透しあい、リリー様の身体に展開されている障壁を僅かに浸食し一部を無効化させるのです。うにゃん」
なら、もうキメラの攻撃は絶対に避けねばならない。
俺が赤くなっていた太股を確認すると、赤みが消えていた。
良かった……。
超回復なのか自然回復なのかは不明だが、女神サラの身体に痕が残らなくて本当に安心した。
だって女神サラの柔肌に、傷がもう既に無いとしても――
女神サラの身体を傷物にしたのは、事実。
というか、致命的な部位にもしキメラの攻撃が当たった場合は――
女神サラの身体でも、どうなるかは不明。
これ以上の、傷をつけるわけにはいかない絶対に……
俺が高速思考を巡らせている間にも、スノーの説明が入る。
「ですが澱みの魔獣などの攻撃や障壁も、管理者の……うにゃにゃん!」
スノーの驚きにキメラを見ると、不意にキメラは咆哮を上げる。
「ワオーォォォン!」
消耗しきっている妖精王と妖精達や妖精狼達を怯ませたが、俺には全く効果が無い。
俺はキメラの方に走りつつ考えに頭を巡らせていると、キメラは急に大きくバックステップをして距離をとる。
そして、上空にジャンプして蝙蝠の翼を大きく広げてホバーリングしだした。
キメラの赤い目が俺を睨むと、不敵な笑みを浮かべる。
そして遠吠えし息を吸い込み、お腹を膨らませて大きく口開く。
「ワオーォォォン! ゴオォォォォ!」
まさかと思い後ろを振り返ると、消耗しきった妖精王達や妖精狼の負傷者達が固まっていた。
俺はスキル【マウス】でキメラの真下に瞬間移動して、素早く右足に力を入れて大ジャンプをしてキメラに肉薄。
しかし一瞬早くブレスが吐かれた。
不味いと思い、キメラの口を思いっ切り蹴り上げた――ブレスの殆どは俺の右上後部から右に放たれたが、一部が負傷者達を襲う。
「逃げて!」
俺は叫ぶが、キメラの咆哮で怯えた負傷者が動ける訳がない……。
スノーも咄嗟に負傷者達の前に立ち、盾になろうとするがあの小ささではブレスは止まらない。
「くっ、はがいか。私でなく、負傷者を狙われた」
ぽっぷん!
俺の頭の中で、眼鏡をかけた女神サラの女教師バージョンが出てきた。
「私の説明が必要なようね」
今度は俺の頭の中で、子供の頃の俺が出てきた。
「先生おねがいしまーす」
「今日は【はがいか】など、少し難しいと思われる方言について教えるわよ」
「はーい」
子供の俺が席に座ると、女教師バージョンの女神サラが説明する。
「【はがいか】とは、【悔しい】ことを表すわ」
「あーい」
「つまり、【くっ、はがいか】とは【くっ、悔しい】という意味よ。分かったかなー」
「はーい」
「説明は以上よ。また少し難しいと思われる方言が出たら説明するわね」
「はぁーい。先生ありがとーございまーす」
妄想説明劇場が終了し、現実に戻る。
ドゴーン! ジュー!
凄い轟音と共に土煙が上がった。
「グスッ……。ごめん……ね。可愛い、モフモフちゃん達。……ついでに妖精達」
俺は、涙を拭い――プニプニの二の腕と、拳を見て呟く。
「見ててね、皆! 例え、この拳が砕けようとも――貴方達の散っていった命は、絶対に無駄にはしないわ」
華麗に着地した俺は、顎が砕け意識が朦朧として墜落してきたキメラに向き直り肉薄――怒り共に足を踏み鳴らすと地面が陥没しジャンプして刹那、顔面に超高速コークスクリューパンチを左右合わせて十連続放った。
キメラの上下の顎が粉々に粉砕し、頬には小さな風穴が空いた。
シュッドッドッドッドッドッ……!
だが、数秒で徐々に顎が砕け風穴が空いている顔面が回復していった。
「あれが倒れない原因の超再生……本当に厄介ね」
俺はキメラのブレスを少なからず受けた負傷者達が気になり、後ろを振り向いた。
そして、負傷者達が居た周りから土煙がやんだ――土煙が消えていくと、負傷者を覆うような大きな光の盾が見えた。
見ると大きな光の盾を、妖精の王女シルクが負傷者達を守るように前方に必死に貼っていた。
アイビーもシルクの背中を、顔で支えていた。
シルクとアイビーは、あの咆哮で怯えず耐えていた。おかげで皆無事なようだ。
俺はシルクとアイビーに親指を立てグッジョブと呟き、サムズアップをした。
シルクも俺に笑顔を向けて、サムズアップを返してきた。
が、明らかにシルクは呼吸が荒く肩で息をしていた。
「なに勝手に私達が死んだようなふうに、ハーハー。格好が良いセリフ、ハーハー。吐いてるのよ! ハーハー。こちらの事は、ハー、ハー。私とアイビーに、ハー、任せておきなさい」
「ワフ、ワフ、ワン! クウーン?」
『任せて女神様! シルク大丈夫?』
「アイビー、これくらい何でもないわよ。ハー、ハー」
シールド消失後アイビーがシルクを自分の背中に乗せて、大人の妖精狼達を安全な所へ運んでいた。
シルクは先ほど光のシールドを張っていたが……あの攻撃を、もう一度防ぐ事は無理だろう。
「キャー! 女神様危ない」
「えっ?」
シルクの叫び声に、俺は回避行動を行う。
再生侭ならない状態で、キメラが俺に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「シルク、ありがとう」
「ハーハー。女神様、私達のことは大丈夫だから」
「うん」
今のは、本当に危なかった。
シルクの叫び声が無かったら……
俺は、確実にやられていたに違いない。
必死にシルクを顔で支える、アイビーの健気な姿……
魔力を消費して、疲弊しているシルクを乗せて歩くアイビーの姿……
アイビーの何もかもが、愛らしい。
俺はそんな姿のアイビーに心を奪われ、シルクの叫び声がなかったら確実にやられていたのだ……アイビーの愛らしさに。
俺にとってキメラの攻撃は、攻撃が当たる瞬間でさえ簡単に躱せる。
なので、キメラの攻撃は何も問題では無かった。
俺は再生が完全に完了したキメラに向き合い、思考を働かせ弱点が無いか探ったが何も思い浮かばない。
弱点が無いのなら――アニメや漫画の知識を使う。
そう、超再生を越える攻撃だ!
ならば――
それを生き物の弱点であり、俺の連続攻撃なら確実に破壊尽くせる頭部に――
「キメラ! 覚悟しなさい! いっくよぉー」
集中、集中、集中! 超集中!
「はぁぁぁぁぁぁー! やぁぁぁぁぁぁ!」
俺は瞬きすら出来ない時の中で、キメラの顔面を集中攻撃する。
ふぅー休憩。スノーをモフモフ、アイビーをモフモフ。くぅー、癒やされるー。
「はうぅぅぅぅぅぅ! ふにゃぁぁぁぁぁぁ!」
キメラの顔面に異常とも思える攻撃を行いつつ、スノーとアイビーをモフモフしに行っているように思われるが、実際は刹那である。
「スノー様、女神様の攻撃で一瞬でキメラの頭部が破壊されたのですけれど……女神様の攻撃する言葉、最後変ではなかったですか?」
「うにゃん?」
シルクは、俺がスノーとアイビーをモフモフしに行ったことに気づいている?
瞬きすら出来ない時の中での事なのに……シルク、侮れない子ね。
キメラは頭部を完全に消失。しかし、徐々に頭部を再生していった。
頭部を完全に破壊しても、ダメなのか?
キメラは、生き物の概念すらも越えている存在なのか?
アニメや漫画では――
こういった存在は、超再生を越える攻撃で倒せた筈なのに――
読みが甘かったか……
いや、スノー達をモフモフしに行ったことを棚に上げてはいないからね。ホントに!
こうなったら、他の皆に聞いてみるのも一つの手だ。
……別に言い訳じゃ無いんだからね!
自身の知識だけに頼らない事は重要な事なのだから……
余計に言い訳に聞こえるが、戦闘初心者なので許して下さい。
「ねぇ、誰かキメラの何か弱点の様な物は、思い当たらない? ダメージを与えても、傷が全て治っていくの。不死みたいに、即再生するのよ」
アイビーが大人の妖精狼を運びつつ叫ぶ。
「ワフ! ワンワン、ワオーン」
『女神様! 魔獣が村に入った途端に、更に巨大化したらしいです』
キメラが村に入った途端に、巨大化?
巨大化したという事は、何か理由がある筈だ。
「ワオーン、クウーン、ワン」
『それと、幼狼のリーダーが、獲物の心臓を食べてから変異したらしいです』
獲物の心臓? そこにヒントが有るのかもしれない?
更に、アイビーが叫ぶ。
「ワオーン、ワフッ!」
『心臓を破壊すれば、もしかして!』
ここで、スノーの調査結果がアイビーの指摘と重なる。
「リリー様、キメラの調査結果が出ました。うにゃん。心臓あたりに、澱みの元であるこの世界に無い微粒子魔石を検知。うにゃん」
アイビーの証言とスノーの調査。
そして、俺がキメラの胸部を攻撃した時に感じた違和感。
全てを総合し、キメラの弱点は看破したと断言できる。
「二人とも情報感謝しとうよ。後で一杯モフモフして撫でてあげるばい!」
俺は、キメラの心臓あたりを確認。
キメラの懐に潜り込み、攻撃する事は容易だ。
しかし、コークスクリューパンチでキメラの胸部を打ち抜いても――
あの分厚い筋肉の鎧では、心臓まで届くかは微妙だ。
況してや、心臓内部を破壊して澱みの魔石を破壊か……
考えていても、仕方がない……実行あるのみ。
その前に、スノーとアイビーの力を借りる――
「で、女神様? なぜ戦闘中に、スノー様とアイビーをモフモフしに来たの?」
シルクが俺をジト目で見るが、俺には必要なモフモフチャージだ。
「はぅー、この手触りが、たまらんばい。シルク……この子達のモフモフは、私のエネルギーに必要不可欠なのよ。くうぅー。モフモフパワー、フル充電!」
「フル充電したのだったら、早く行きなさいよ。魔獣の顔が、元に戻ってきてるわよ」
「もう少し余韻を……」
俺がキメラの顔面を確認すると、まだ完全では無い。
「女神様、ほら早く」
シルクがおれを急がせる。
「後、1分……」
「寝起きじゃ無いんだから、さっさと行きなさい」
シルクにポカッと叩かれて、俺はキメラを見る。
そろそろ、行くか……
「スノー、アイビー、私に力を与えてくれてありがとっ。名残惜しいけれど、行ってくるね」
「うにゃん」
「ワン」
『はい』
俺はキメラの再生侭ならない頭部を、再び破壊――
キメラは再び転倒し、胸腹部を晒す。
その胸腹部に――刹那、無数のコークスクリューパンチを叩き込む。
「ハアァァァァァー! ヤアァァァァァァー! ニャァァァァァァー!」
俺が破壊していく巨大な胸腹部に対してキメラの回復速度は遅かったが、澱みの魔石と思われる黒い闇のような光がより一層輝きだし――心臓部が見えてきた寸前で、キメラの頭部が回復する。
すると同時に、胸腹部の回復速度が上がっていく……
「クッ……」
このままでは、回復する胸腹部の分厚い筋肉に捕縛される――
俺は瞬時にマウスを使用して、その場から距離を取った。
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