異世界? (改)
『□……○、△……◇?』
ん、うんーん、ん? もう朝かー。
俺の住むマンションには、毎朝よく小鳥がきている。
カーテン越しに感じる、ほのかな木漏れ日の様な安寧感――小鳥の囀りは俺の中で心地よい目覚まし代わりとなっていた。
今日の小鳥の囀りは、いつもより心地がいいなー。
そっと包み込まれるような、優しい囀り。
いつまでも、聴いていたい。そんな気分に、させられる。
子供の頃、夢にまで見た――上質な綿菓子に、身体をそっとつつみこまれる様な安堵感。
綿菓子――俺の妹が大好きな、お菓子の一つだ。
俺には、かなり年の離れた十二歳の可愛い義理の妹がいる。
自慢ではないが、超絶美少女であり学校でも有名人だ。
別に妹だからといって、贔屓目に言っているのではない。
その証拠に――最近知ったのだが、某有名ティーン雑誌のモデルもしている。
しかも、読者投票数――ぶっちぎりの一位だ。
おいお前、何でティーン雑誌を持っているんだ?
と、思う人もいるだろうが――自宅の本棚に、雑誌が月日と共に増えているのだ。
初めは、気がつかなかった。
しかしある日、俺の大切なパソコンのキーボードの上にティーン雑誌が置かれていた。
メッセージを添えて……「お兄ちゃん、いい加減に気づいてね♪」である。
うん。本棚にあれだけ雑誌が増えていたら、流石に俺でも気づいていたよ。
妹の美少女っぷりは、確実に母親の遺伝だろう。
妹の母親はモデル業界で【美の女神】と言われる程の二つ名を持つ、トップモデルだ。
美の女神と言えば代表的によく知られている女神として、アフロディテ、ヘラ、ヘスティアが一般的である。
その美しき女神達の末席に加えることを許された存在として、敢えて女神達の名前ではなく【美の女神】として二つ名を世界から認められた。
なので、俺は今でも義理の母親と会うと美女すぎて戸惑ってしまう。
俺の父親と妹の母親は、海外で行われた某有名コンテストで出会い十年前に結婚した。
俺は当時二十五歳で、連れ子の妹は当時二歳だった。
そういえば、昨日寝落ちしたときに妹の声音が聞こえた気がするが……
今日は珍しく、妹の寝息は聞こえてこないな?
俺は実家を離れ、独りでマンションに住んでいる。
そして目が覚めると、マンションに一つしか無いベットで毎日の様に妹が熟睡している。
端から見れば、それ普通に考えると怖いよね。
でも――俺に懐いている妹が、寝ぼけ眼で「お兄ちゃん、おはよ」と言って朝食を作ってくれるのは正直嬉しい。
ん? あれ? 頭の中に直接聴こえる、美しい音色?
いや……何かを言っている? のか?
『言◆▲★忘▽て○※♪』
ことわすて?
頭全体を靄が覆っているような感覚だが、なぜか心地がいい声音?
音なのか? 言葉なのか? 俺には、よく理解ができない。
『ね――、――み?』
次は【ねみ】って?
俺の知識に――主に方言なのだが、ねみと言う言葉は存在しない。
しかし【ねみー】は、有る。大学の講義中、友人が眠い時によく使っていた方言だ。
いや……気のせいか? そもそも、言葉なのだろうか?
俺は、まだ眠って夢を見ているのかもしれない。
美しい音色? 不思議に温かみがある、優しい声音?
俺の頭の中で、朧気に――音色なのか声音なのかが、まだハッキリとしない。
やはり、夢……なのか?
聞こえてくる、心地よい何か?
『――え、き――?』
しかし【えき】とも聞こえる……のか?
全てが、曖昧に聞こえる? 理解が、できない?
少しだけ、俺の意識が正常化してきたのか?
言葉として捉えるのなら【え、き】? 絵と木? 将又、何処かの駅の事なのか?
俺は思考を巡らせようとするが、やはりまだ意識がはっきりとしない。
俺の心はその中で、温かみのある何かに導かれていった――
※ ◇ ※
【サラティーSIDE】
なぜ? どうしてなの?
この特別な空間に入室可能なものは、唯一私とお兄様の魂以外は不可能な筈です。
それに、私と同等以上の権限がないとこの空間に存在できず外に出される筈なのにどうしてなの?
ですが、今は少しでも彼の魂の再生をしなくてはなりません。
この世界を最高管理者様が創造し――私が任命され、幾億の悠久の時を過ごしてきて初めてのことだわ。
何を、狼狽えているのサラティー?
しっかりしなさい。貴女は、第一級上位管理者なのよ。
「ひゃい」
自身で自身の心に言い聞かせてみたけれど、狼狽えている心のせいで噛んでしまった。
先ほどから魂に、直接呼び掛けていますが一向に目覚める気配がないわ。
変ですね? ……ウッカリしていました。
彼が認識できる言葉に、変換するのを忘れていました。
ダメよ、焦らずに落ち着いて。
サラティー、最高管理者様にいつも言われているでしょ?
「サラ、君は落ち着いていれば、気品あふれる最高の第一級上位管理者だよ」
って。
……なのに。
お兄様、サラティーは落ち着いてゆっくりと彼に語り掛けてみます。
ですので、お兄様。サラティーを、誉めて欲しいの。
――嬉しいです。お兄様、感謝致します。
お兄様に、頭を撫でられている事を考えていると落ち着いてきました。
ですが、サラティー。
もっと心を落ち着かせて、彼に語りかけるのよ。
※ ◇ ※
『ねえ、君?』
うーん……。はっ! え?
話せない? ――声帯の感覚がない。
何も見えない? ――視覚できる感覚がない。
匂いもしない? ――嗅覚と呼べる感覚がない。
いや、それよりも――身体の感覚事態が、何もない? 一体、どういう事だ?
『ホッ、どうにか魂を覚醒させることに成功したようね』
『――』
魂を覚醒――俺には、意味が理解できない。
『混乱しているところ申し訳ないですが、ここは通常空間とは違うのです。それに、魂を覚醒させましたが、安定はしていません。なので、普通に話す事が出来ないの』
『――』
これは、やはり夢なのか?
夢の中で、また夢を見ているのだろうか? もしくは……金縛り?
金縛りは、人が眠っていて、ふと目が覚めた時――強い力等で胸が苦しく感じられたり、体が思うように動かない等――人によって、様々な体験をする。
それが、典型的な【金縛り】と呼べる現象だ。
人によっては、それを【霊感】と結びつけて考える。
今日では【金縛り】に対し、科学的な研究も進んでいる。
医学的には、それを睡眠麻痺と呼称する。
つまり、睡眠障害の一種である。
肉体的に疲弊している時に、起こりやすい。
まあ、これは全て書物による知識だ。
俺が実際に体験しているこの現象は、不確定だが――否だ。
確かに、似ているのだが……
『ここは数億年の過去~現在を、瞬時に行き交う魂だけが存在を許される空間。特殊な、第一級上位管理者専用の処理空間なのです』
誰かが語り掛けて来たが、俺は恐慌している。
自身の身体を探すように藻掻くが、手足を動かしても感触も反応も何もない。
ただ、心の中心が焼けつくように熱い。気分も良くない。
この状況に俺の心がついていけない。俺の心は、発狂しそうだ。
『私は今、貴方の不安定な魂に直接語りかけています。通常では上位管理者以外、ここに来る事は不可能なのですが……』
心地良い誰か――小鳥の囀るような美しい声音だけが、俺の支えとなって心を落ち着かせてくれた。
え? ちょっとまて! 魂に語りかける? 俺は死んだのか?
語りかけてくれているのは、神様なのか?
俺の心が再び狂乱の地に、沈みかける寸前で、再び誰かの美しい声音が聞こえてくる。
『幸い安全措置機能の、最上位神器の最も機能が働く近辺であった事。その幸運が、貴方の魂を消滅させる事なく、覚醒させる事が出来た分かれ道だったようです。本当に安心致しました』
何者かが現実離れした事を言っているが、俺は何もできない。
俺の心が壊れかけるたび、絶妙なタイミングで美しい声音が聞こえてくる。
『ここは特殊な空間なので【再び貴方の魂が弾ける前に】魂が安定する他の空間に移動致しますね』
※ ◇ ※
真っ白で何もなく暖かな光に照らされ、永遠ともいえるくらいに広い空間――そこには、甘い香りがする花の様な可憐で且つ幼い顔立ちの【絶世の美幼女】が浮いていた。
淡く輝くピンクゴールドの長い睫毛と、同色で光沢が有り、腰の辺りまで伸びるサラサラな髪――肌は色白で透明感があり、頬と唇は幼女特有のプニッと触ると心地よいマシュマロのようで、思わず口にしてしまうほど甘く瑞々しさがある桃のようにほんのり赤い。
纏う衣は肌が透けるくらい白く美しい羽衣で、フリルとレースが施されている。
特徴的なのは、一部に紫色の縁取りと構造色なのか角度が変わり揺れるたびに虹色の光沢が輝いていた事だ。
そして、サファイアの様に美しく光沢が有り全てを見通す神秘的な双眸で、優しい笑顔を向けて俺を見据えていた。
この子大人の姿なら、容姿端麗の世界一を決める美女グランプリを確実に総なめするよな……。
いや、美しさだけではない。見た目の可愛さも、ラグナロク級だ。
ラグナロクと言っても、世界の終末ではない。
神々の戦いに匹敵する破壊力を持つ、可愛さだと言う意味だ。
美しさと可愛さ――言葉にすれば簡単である。
しかし、女性にとって――いや、美を求める者にとって究極でもある課題といえよう。
美を、可愛さを――全てを知る全知全能の女神のみ、可能である。
目の前の幼女は、正に究極の美である女神――
可愛さと美しさを兼ね備えた究極の美幼女なのだ。
ハァ、ハァ……少し力説すぎたか。
あれ? そう言えば、いつの間に見えるようになった?
美幼女から、とても優しい薫りがする。
様々な思考を巡らせていると、美幼女が俺を見据えていた表情を柔らかくする。
「私は、この世界を管理する第一級上位管理者【サラティー・L・ホワイト・M・ライラック】です。そうですね貴方が分かるたとえで言いますと【女神】と考えて頂ければよろしいかと」
本当に、凄く心地が良い。
甘く瑞々しさがある桃のようにほんのり赤い唇から囀られる優しい声音は、俺の心に安らぎを齎せてくれる。
美幼女の声音も、完璧だ。
声優界に行けば、癒やしの声音グランプリでも天辺を取れるだろう。
この声音で長時間耳元で囁かれても、俺は永遠に訊いていられる事ができる自信がある。
成る程、俺はこの子の声音に導かれ救われたんだ。
眼前の幼く美しい女神は、優しい表情で俺に笑顔を向けてきた。
その優しい笑顔は、妹の笑顔を彷彿した。
妹の撫子は家族と一部の親友モデル仲間以外知らないが、実は超が幾つも付くブラコンだ。
なぜブラコンだと言い切れるかというと、撫子の行動がまさに――それなのだ。
仕事帰りの夕方、俺が風呂に入っていればマンションの合鍵を使い自宅に侵入し、スキが有れば一緒に風呂にまで入って来る。
しかも、風呂から上がれば裸のままで、身体を拭いてくれとせがむ。
俺の仕事が遅くなり、今日は撫子が来ないから安心して穏やかに寝れると思って眠った時も――朝目が覚めれば、ベッドにいつの間にか潜り込んでいる。
休日は俺の朝食を作り終えたあと、必ず俺の休日の予定を確認し、自宅に目まぐるしく戻る。
そして撫子にモデル撮影などのスケジュールが無ければ、昼には俺のマンションに来てレンタルしてきたブルーレイを、特定席と言わんばかりに俺の膝に座り鑑賞する。
極めつけが、俺に女の気配が漂えば――何処からともなく姿を表し【私の目が黒いうちはお兄ちゃんに近づかせない】と彼女のふりをしてくる困ったちゃんなのだ。
毎日俺の家に入り浸っていた妹が、今頃どうしているか気になり思いに耽っていた。
そんな俺は、ふと視界の端に何か違和感を覚えた。
自分の変化と、ベッドの様な白い台に仰向けになって寝ている俺の身体に――
えっ? 両手や身体が透けている? 俺の身体が横たわっている?
「なっ、なんじゃこりゃー……」
叫んだ後にしばらく思考停止していた俺は、この現状に理解が追いつかず助けを求める様にユックリと美幼女を見上げた。
「貴方には、ここに来るまでの経緯を。私は、貴方に起こっている今この現状を話さなくてはなりませんね」
俺は管理者に寝る前の事と、今に至る全ての話をする事にした。
話は俺が意識を消失する数時間前に巻き戻る――
※ ◇ ※
【サラティーSIDE】
偉いわ、サラティー。
彼の魂を上手に再生し、安定する事に成功したのね。
ですが、ここからが本番よ。
彼の魂を他の空間に移動した事で、私の魂の姿さえ確認できるの空間なの。
お兄様の姿に似ていらっしゃる彼の前では、凛としないといけないです。
見れば見るほど、彼はお兄様に似ていらっしゃるわ。
……自然と、笑みが零れちゃう。
私の身なりは、大丈夫でしょうか?
くせ毛は、大丈夫でしょうか?
自然な笑みで、彼を見られるでしょうか?
少し、緊張してきました。
私の心音、静かにして欲しいです。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。