狡い人〜双子の姉妹、狡いのはどっち?〜
狡いって?
人気のない校舎裏。
「狡い、狡い、狡い、レイラお姉様ばっかり褒められて狡い!」
いつもと同じ台詞を私に投げつけてくるライラ。
『妹』ポジションにこだわるのは勝手だけど、双子に姉も妹もないと思う。
狡い、狡いと叫ばれても、絵画コンクールで金賞を取ったのは、私の実力。
それに、あなたが出品した作品だって、私が描いた物じゃない。
私の傑作を貴女が奪ったから、致し方なく別のを描いただけ。
言いたい事は山程あるけど、言い返すと更に癇癪が酷くなるから、黙って俯く。
「その金メダルちょーだいよ!」
ライラは、私の首に掛かったメダルをギューギュー引っ張った。
ブチッ
「「あっ」」
ライラの手には、メダル。
私の首には、紐。
これも、ある意味半分こ?
「わ、私が悪いんじゃないからね!さっさと渡さないレイラお姉様が悪いんだからね!」
ライラは、ポイッと私の方にメダルを投げると、脱兎の如く逃げ出した。
幼い頃から繰り返されてきた光景。
壊れた物には途端に興味を無くすその性格、十六歳になっても変わらないのね。
「・・・はぁ」
昨日の夜は、雨だった。
だから地面は泥濘んでいて、金メダルは、泥まみれになっている。
なんだか、自分の頑張りすら泥だらけにされたような気がして、直ぐに拾い上げる気にならない。
「大丈夫?」
声をかけられて振り返ると、フェンシング部部長のエピジントン・オリンピエ先輩が立っていた。
生徒会長も兼任され、優しい人柄で学園きっての人気者。
公爵令息なのに、選民意識の薄い方だ。
「はぃ」
私は、多くを語らず俯いた。
家の恥を他人にペラペラ話すなんて、出来るわけがない。
「君、レイラ・アンフェア嬢だよね?」
「私を、ご存知なのですか?」
「君を知らない人間は、いないだろう。学園きっての才女。そして・・・」
「分厚いレンズの眼鏡とお下げ髪ですか?」
「まぁ・・・それもあるけど」
双子なのに、全然違うとよく言われる。
美しく着飾り、それが許される容姿とスタイルのライラ・アンフェア。
ガリ勉クソ真面目を絵に描いたような、レイラ・アンフェア。
私だって、お洒落に興味がないわけじゃない。
だけど、あちこちで粗相を繰り返すライラと同じ容姿を持つ私は、幼い頃、やってもいない事で怒られることがあった。
それが、ライラと間違われての叱責だと気付いた私は、極力雰囲気を変えて、私とライラの差別化を図った。
それ以来、私への賛辞は、私だけのもの。
ライラへの悪評は、ライラだけのものになった。
綺麗なものを着られないのは残念だけど、これも自己防衛の一つ。
「はい、どうぞ」
オリンピエ先輩は、泥の中からメダルを拾うと、ご自身のタオルで綺麗に拭いてから私に差し出してくれた。
代わりに、彼のタオルが泥だらけ。
「あ、ありがとうございます。もし、よろしければ、そちらのタオル、洗ってから返させて頂けないでしょうか?」
我がアンフェア家も彼と同格の公爵家だけど、歴史も功績も桁違いのオリンピエ家。
しかも、皇太子のご学友でもあり、将来の側近と言われている。
決して失礼のないように接しなければならない相手。
私は、タオルを受け取ろうと差し出した手が微かに震えるのを感じた。
「いや、気にしないでくれ」
どうせ、捨てるから。
そんな声が聞こえた気がした。
そうよね。
公爵家の次期当主が、使い古しを使うことなんてない。
我が家みたいに、母とライラの散財で半分傾いている家とは大違い。
「申し訳ございませんでした」
私は、頭を深々と下げて走り去ろうとした。
「待って!」
右手を取られ、私は、身を硬くする。
女と男では、力が違う。
もし、ここで乱暴されても、逆らう術が私にはない。
ギュッと目をつぶって身構えていると、
「す、すまない。引き留めようとして、つい」
オリンピエ先輩は、私の手首から慌てて手を離し、両手をバタバタさせて必死に弁解を始めた。
聡明で、落ち着きのある方というイメージが、ガラガラと壊れる。
私の気が緩んだことに気づいたのか、オリンピエ先輩は、気不味そうに頭を掻いた。
「格好悪いと思っただろ?」
「いえ・・・可愛いなと」
ライラの『あざとい可愛らしさ』を見続けた私には、大きな体を縮こまらせて、眉をハの字に下げるオリンピエ先輩の可愛らしさは、とても好ましく見えた。
「初めて言われた」
「すみません。失礼な事を」
その後、私達は、ポツリポツリとお互いの事を話した。
実は、オリンピエ先輩にも弟が居て、同じように何かにつけては『狡い』と言われるらしい。
だから、今までもライラに難癖を付けられる私に同情してくれていた。
「君の頑張りは、皆、知っている。だから、負けないでくれ」
「はい。ありがとうございます」
最後に、やはり、タオルをお預かりしてから洗って返すことにした。
「君と会える口実が出来るから」
オリンピエ先輩が、真っ赤な顔で差し出すから、私の胸も、痛いくらい早く鼓動を刻んだ。
その後も、『友達』と言うには烏滸がましいけど、『知り合い』くらいにはなれたと思う。
「ライラ。お前は、本当に、狡いな。そうやって母親に泣きつけば、全てが許されると思っているのか?」
お父様の一言に、私は、愕然とする。
「狡いのは、レイラお姉様です!何でもかんでも手に入れて。その上、オリンピエ家から婚約の打診があったなんて!私達は、双子なのに。レイラお姉様でいいなら、私でも良いじゃない!わーーーーーーん」
泣きながらお母様にしがみ付くと、ギュッと抱きしめ返してくれる。
「あなた。何故ライラにばかり辛く当たるんですか!ライラもレイラも貴方の娘なんですのよ!」
やっぱり、お母様は、分かってくださっている。
レイラを褒めそやすお父様やお兄様を敵に回して、いつも私を守ってくださる。
「お前が甘やかすから、そうなったんだろう。元々双子だぞ。育て方さえ間違わなければ、ライラだって、レイラのように優秀な頭脳を持っていたはずだ」
「女性は、美しく、貞淑で、家を守れれば良いのです。下手な知識は、旦那様となる方のプライドを傷つけます」
「甘えて、媚びて、組んだ腕に胸を押し当てるような娘が、貞淑だと?ライラが外でなんと言われているか分かっているのか?『売女』だぞ。正に、アンフェア家の恥だ!」
私は、愕然とした。
『売女』ですって?、
まだ、男性とキスすらしたことの無い私が?
確かに、一度に複数の方から交際を申し込まれて、皆さんそれぞれとお食事には行ったわ。
だって、同じ時間を過ごさないと、相性なんて分からないもの。
お母様も、男性の下さるプレゼントの質で、自分が大切にされているかどうかが分かるって教えてくださったし。
歩く時に手を持たれるのって、なんだかリードを引かれる犬のようでいやなのよ。
腕を組むと、華奢な私の体が、より一層細く美しく見えるから好き。
それが、どうして『売女』なんて事になるの?
「ライラ、小心者のお前が、男に体を許したとは思っていない。だが、そうやって自分の都合が良いように物事を解釈して、楽をして、狡く生きてきたツケがこの噂だぞ」
「だから、私は、狡くなんてないもの!」
「ライラ、レイラに書かせた論文で、賞を取るのは、ズルじゃないのか?」
私の背中に、冷や汗が流れた。
まだ、十歳の頃、私は、ある新発見をしたとして一躍有名人になった。
それは、『虫の環境変化に伴う進化の分岐に対する独自の考察』だった。
題名だけは覚えているけど、内容なんてチンプンカンプン。
レイラの名前をライラに書き換えて出したら、大賞をとってしまった。
あちこちに呼ばれて、表彰されたり、インタビューを受けたり。
最初は、有頂天だったけど、最後に化けの皮が剥がれて、私がレイラの功績を横取りしていたことがバレてしまった初めての事件。
読書感想文くらいまでにしとけば良かったと反省した苦い思い出。
あれから、お父様とお兄様の態度が一変してしまった。
それまでは、レイラと私、どちらも愛してくれていたはず。
それが、突然手のひらを返したように、レイラ、レイラと煩く褒める。
確かに、レイラは、凄い。
でも、凄いんだから、ちょっとくらい分けてくれても良いと思う。
才能を独り占めするなんて、それこそ狡いわ。
「ライラ、お前、レイラが描いた絵を美術展に出品したな?」
お父様の視線が恐ろしいくらい鋭くて、私は、お母様の後ろに隠れた。
「そんな恐ろしい顔なさらないでください。二人は、双子なんですのよ。筆のタッチが似てることだってあり得ますでしょ?」
「お前は、黙っていろ。ライラが出した作品に、レイラの署名が入っていた。その筆跡は、レイラが金賞を頂いた作品と全く同じだそうだ」
流石のお母様も、それ以上言い返せなくて、押し黙った。
「レイラお姉様が告げ口したのね!」
「審査員が気づいたんだ。本来は、お前が出品した物を金賞にする予定だった。レイラが描いた最高傑作に、お前が泥を塗ったんだ!」
私は、悔しくてポロポロ涙をこぼした。
私が出した方が、絶対綺麗だと思った。
だって、私は、審美眼だけは誰よりも持っている。
だだ、それを表現する腕が無いだけ。
「話は、終わりだ。レイラの婚約に水をさしたら、今度こそ、修道院に入れるからな」
「あなた!それは、ライラが可哀想です」
「安心しろ。お前も、一緒だ」
お父様の一言で、お母様の体が私から離れた。
涙目で見上げると、怯えたような顔で、お母様が私を見下ろしていた。
「お母様?」
「ラ、ライラ。今後は、大人しくしていなさい。そうじゃなきゃ、『貴女だけ』修道院へ行く事になるわよ」
「お母様!」
自分だけ逃げるなんて、お母様、狡いわ!
「狡い!狡い!狡い!皆、狡い!」
どれだけ叫んでも、誰も相手をしてくれない。
都合が悪くなったら無視をするなんて、狡くなきゃ、なんだって言うのよ!
「まさかあの時、エピが、私に婚約を申し込んでくれるなんて、思ってもいなかったわ」
「レイの美しさに皆が気付く前にって、焦ってたんだよ」
私が、学園一の優良物件エピジントン・オリンピエと結婚したことは、当時、学園の七不思議の一つに数えられるほど世間を賑やかした。
でも、婚約後、きちんとオシャレをして眼鏡を外すと、ライラ以上の容姿を隠していた事を狡いと言われた。
それよりも前にエピに、私の姿がバレたのは、私が図書館で勉強していた時のこと。
二時間ぶっ続けで数学の問題を解いていた私は、目が痛いくらい疲れて眼鏡を外した。
『え?レイラ?』
驚きの声を上げたのは、『友達』として一緒に勉強していたエピ。
ほんの数十秒のことなのに、彼は、バッチリ私の顔を見ていたらしい。
「もしかして、あれは、わざと俺だけに見せてくれたのかな?」
「まさか。私、そんなに狡くないわ」
「いや、そんな狡さなら、大歓迎だよ」
結婚して、オリンピエ家に入った私が、ライラと会うことはない。
お義父様もお義母様も、ライラの悪評をよくご存知で、夜会などであちらが近づいてこようとしても、鉄壁のガードで守ってくださる。
日々の幸せに、感謝するしかない。
「当たり前だろ。君は、今一人の体じゃ無いんだから」
エピが、優しく私のお腹を撫でてくれた。
小さな命が、この中で育まれている。
私は、お母様のように娘をペットと勘違いしたような子育てだけは、絶対にしないと心に決めている。
幼い頃に気づいた狂気。
お母様は、何も出来ない事を良しとした。
手の焼ける子ほど、可愛がった。
「出来ない」
と泣くと、
「可愛い、可愛い」
と連呼して頬擦りをし、自分だけでやり遂げると、
「可愛げがない」
と冷たい視線を向けられた。
その事に気づいた時、私は、ライラにペット役を全て押し付けた。
出来ることは、どんどん自分でやって、お母様の興味を失わせる事に必死になった。
もし、私が狡いとするならば、その事をライラに教えてあげなかった事。
それに、私は、三つ編み眼鏡姿を貫き通すことで、ライラの評価が更に落ちることも知っていた。
初めてエピとあった校舎裏も、人通りが少なそうで、実は部活棟が近くにあって、意外と人目があることも分かっていた。
私が自分を守る為にしたことが、裏を返せば、ライラを窮地に陥れることにつながっていく。
彼女に『狡い』と言われる度に、否定できなかったのは、心の片隅に後ろめたさがあったから。
「レイラ、どうかした?」
「いいえ・・・ただ、私って狡いなって」
「レイラが狡いなら、俺も、狡い。実は、初めて会った日、君の後を付けていたんだ」
「え?」
「妹に振り回される君が可哀想で、ずっと気になっていた。しかも、二人で校舎の裏側へ入っていくし。何かあると思って尾行したんだ」
「まぁ」
私は、驚きで目を丸くした。
「君と・・・お近づきになりたいって。だから、君が落ち込んでいる時に付け込んだ。こんな狡い俺は、嫌いかい?」
あの時と同じように、眉をハの字にして困った顔をする旦那様。
「いいえ・・・そんな貴方が、大好きですわ」
レースのカーテン越しに、柔らかな光が注ぐ部屋。
その片隅に置かれたベビーベッドの前で、私達は、キスをした。