誰も彼女にかなわない
思いつきと勢いだけで書きました。
王立植物園に隣接するカフェ。
ここはテラス席が人気の店だが、今日は大きなガラス窓のある個室で人を待っている。
「あらあら、ずいぶん緊張なさっているようですわね。ちょっと深呼吸しましょうか」
円卓の隣に座る公爵家の大奥様が笑顔で私に話しかける。言われたとおり深呼吸を数回。
「今日は単なる顔合わせで、お話は私がうまくまわるようにいたしますから、普段どおりの貴女でよろしいのですよ」
今日ここに来ているのは、公爵家の大奥様がこの国に定着させた異国の風習である『お見合い』のためである。
昔は親達が決めた婚姻が当たり前で、当人同士の相性などおかまいなし。そのために婚約破棄や離縁が多発し、時には刃傷沙汰などの事件にまで発展することさえあったという。
もちろん今でも政略結婚がないわけではないが、家格や家庭状況などさまざまな条件から相性のよさそうな男女を引き合わせる『お見合い』のおかげで婚約破棄などの騒動は激減していると聞く。
かくいう私は伯爵家の一人娘で婿を取らねばならない立場なのだが、自分でも嫌になるほど見た目も性格も地味で、当然のことながら浮いた話など1つもなかった。夜会でも男性と満足にお話しすることすらできない私を心配した父が、公爵家の大奥様に相談したらしい。
公爵家の大奥様は何人か候補を上げてくれて、今日はその中の1人と会うことになっている。
ノックの音がして男性が入室してきた。
『釣書』と呼ばれるお相手の自己紹介文によると、侯爵家の三男で私より2つ年上。同じ学院に在籍しておられるけれど、学年が違うので面識はない。
緊張しながら男性を見ると、そこにいたのは黒髪で眼鏡をかけた細身の男性。特別かっこいいというわけじゃない、ごく普通の容姿。そして伝わってくる緊張感。
その時、なぜか私は感じた。きっとこの人は私と同類なのだ、と。
公爵家の大奥様がそれぞれ紹介してくれた後、カフェ自慢のケーキと紅茶が運ばれてきた。
食べるのがもったいないくらい綺麗に盛り付けられたケーキを堪能しながら、共通の趣味である読書や植物について公爵家の大奥様がうまく話を振ってくれるので不思議なくらい会話も弾む。
ケーキを食べ終えた頃、公爵家の大奥様が提案してくれた。
「今日は天気もよろしいようですし、せっかくですから植物園を散策してきてはいかがでしょう?さ、あとは若いお2人で」
「おや、公爵夫人。お久しぶりですね」
王宮の夜会で公爵家の大奥様は声をかけられた。
「ごきげんよう、宰相様。でも夫は爵位を息子に譲りましたから、今は単なる隠居の身でございますわ。それに私は欠かさず夜会には参加しておりますけれど、多忙でご無沙汰でしたのは宰相様の方ではございませんこと?」
扇子を口元に当てて微笑む公爵家の大奥様。
「ははは、これは一本取られましたな。それよりあいかわらずご活躍のようで。先ほど南の伯爵から貴女の紹介のおかげで一人娘の婚約が決まったと嬉しそうに報告されましたよ」
「ええ、私の方にもご報告がありましたわ。北の侯爵家のご子息は控えめなご気性で成績も優秀、伯爵家のお嬢様も聡明な方で、とってもお似合いだと思いましたの。きっと穏やかな家庭を築かれることでしょうね」
公爵家の大奥様は扇子を持つ手を下ろす。
「伯爵は侯爵家とのつながりが出来たことも喜んでおられましたよ」
「伯爵様の領地は農業が盛んで、商売上手な侯爵家と上手く組めればきっと我が国の発展にも貢献なさることでしょうね」
宰相はため息をつく。
「恐ろしいお方だ。やはりそこまで考えておられたのですか」
「あら、それくらい当然でございましょう?双方のお家の詳細を徹底的に調べ上げて、最適なお2人を引き合わせるのが私の務めですもの」
扇子を広げて口元を隠す公爵家の大奥様は小声で話し始める。
「それよりも南の男爵家に不審な動きがございますわね」
宰相も声を潜める。
「南…というと密貿易ですか」
宰相はここで態度をガラッと変えて笑顔で公爵家の大奥様に手を差し出す。
「さて、よろしければ私と1曲踊っていただけませんか?」
「あら、宰相様にお誘いいただけるなんて光栄ですわ」
2人は踊りながら情報交換を行った。優雅なダンスに反して会話の内容は密貿易だけでなく脱税や人身売買など多岐に及んだ。
「宰相様、どうもありがとうございました。私、知人へ挨拶に参りますのでこれにて失礼いたしますわね」
「いやいや、こちらこそ楽しいひと時をありがとうございました」
去っていく公爵家の大奥様を見送りながら、宰相はため息をついた後に思わずつぶやいた。
「ああ、また忙しくなるな」
今日は彼とともに結婚の報告のため公爵家を訪問した。
「私、大奥様のおかげでこんなに素敵な方とめぐり合うことが出来ました。この気持ちをどう表していいかわからないくらい、本当に感謝しております」
「ふふふ、貴女のその幸せそうな笑顔が私にとって一番のご褒美ですわ」
小さな花束と手土産のお菓子の箱を受け取る公爵家の大奥様。
「私が取り持った縁で結ばれた貴女方は、もう私にとって子供のような存在ですわ。もし困ったことがあればいつでも相談してちょうだいね。特に貴女はお母様を早くに亡くされているでしょう?女性ならではの困りごともあるでしょうから、遠慮なんかしないでいつでもいらっしゃいね」
「はい…ありがとうございます」
私は公爵家の大奥様の優しい言葉に涙が出そうになった。
そしていつかこのご恩を返せるようになりたい。そう思った。
その頃、王宮の執務室では宰相が忙しさの合間にため息をついていた。
もちろん極秘だが、この国にも諜報機関は存在する。
だが、それ以上の情報網と人脈を持ち、さらに交渉能力にまで秀でた女性が存在する。
かつて彼女に仕えた侍女やメイド達も市井で同様に男女の縁をむすぶ活動をしており、そこで得られた情報も彼女の元に集まっていることも把握している。
できることなら国の諜報機関に組み込みたいところなのだが、まず不可能だろう。
彼女達はただ自分の楽しみのためだけに動いているのだから。
かくいう宰相自身の長男も公爵家の大奥様が取り持った縁で結婚し、もうすぐ初孫が生まれる。
執務室に誰もいないのをいいことに宰相はつぶやいた。
「お見合いおばさん、恐るべし」