09 『迫り来る甘美な悪夢』
地下通路を抜け地上に上がり、路地裏から自分達の家へと帰る道すがら、
「おいおいなんだよあれ!!マジすげぇって!他にも技あんの?さっきの爆発クシャミで建物破壊したり?」
「念力で物持ち上げたり!?」
「破壊光線とか出しちゃったり!!?」
「ビームだよ!ビーム!!!バチューーンッッ!!」
「なぁハル、他にも見せ...」
『これとかどう??』
重たいエコーを帯びたハルの声が、シンの脳内に直接ガツンと響いてきた。
経験した事のない脳内の衝撃に、興奮と感動を覚えその場でブルブルと激しく身震いした。
「ウォォォォォォ!!フォースじゃないか!!」
「フォース?」
「マジで羨ましいッ...」
時刻は昼時を優に過ぎ、空からオレンジ色の光が建物間の隙間から溢れ出ていた。
この時間帯のこの雰囲気は何度も経験しているはずなのに、なかなかどうして何度迎えても、どこで見ても幻想的で悪くない。
「ハル、それってどうやってやるんだ?頭にスイッチ的な物があるとか」
「そうだね、感覚かな?これが出したいって思うと頭と身体がグワンってして...出る」
「あぁまぁ...そうだよな。能力を持たない凡人には到底理解出来ないよな。でも死ぬまでで一回はビーム打ちたいよ」
「ビーム?それって牛のお肉?」
ハルが不思議そうにシンの顔を覗く。
「いや、ビームね。食べるモンじゃない。男の憧れだよ。ビームに興味のない男なんて性別を疑うね」
「そっか!ビームが何かよくわかんないけどハルの力で喜んでくれてよかった!ちょっと違う見せ方になっちゃったけどね」
そう言い彼女ははにかみながらスタスタと道を歩いて行く。
ろくに女性経験のないシンはこの情景にデート的幸福の感情を抱いていた。
夕方に街を二人で歩き、そして二人で家へと帰る。
下着にローブを纏っただけの女性とのデートもなかなかに珍妙だが。
この一種の羞恥プレイのような状況に、いつかあの子にはちゃんとした服を用意してあげよう。そう考えている間にあのボロ家へと到着した。
「シン、ご飯にしよ?」
二人で家へ入ると、ハルがカウンターテーブルの裏に周り食材を出してテーブル上に乗せた。
「はい!今日のご飯はトマトスープ!」
「うん。まぁ缶詰めだけどな」
いつかこの子にはちゃんとした料理を食べさせてあげよう。そう思いながら椅子に着くと、これから食事にも関わらず膀胱が呻き出した。
「あっと...ごめんハル、ちょっとションベン。トイレ借りて良い?」
無意識に日本の友人宅にいる時の感覚で質問をしてしまう。
「もう。外にあるよ、裏口を出てすぐ」
「外、古風だな」
言われた通り裏口から出て、扉を閉めトイレを探すとそこにトイレ的な物はなく、地面に雑に開いた穴があるのみだった。何個か穴を埋めた痕跡がある。
「古風だ。とても...」
人が通りかかるのを心配しながらも、遠慮がちにその穴の上に立った。
そこでハッと思い出す。
失踪した二人。
この街で盗賊のような生活を送るのではなく、シンはあの二人を探さなければならないのだ。
どうしたものかと思考しながら、温かい夕日を憂いの表情で眺めた。
粗末なモノをズボンから引っ張り出し、古風なトイレに新感覚を覚えていると、
「───プライベートな時に悪いわね?すこし時間をくれるかしら?」
シンは驚いたことで流れ出ていた物が引っ込んだ。
その声の場所には、胸元の開いた真っ暗なドレスに身を包む、身の丈十七〇センチ程の、スレンダーで悪魔的な美貌を持つ女性。
ゴスだ───。
そのカルチャーに詳しくないシンはその格好を漠然としか認識出来ないが、真っ暗なドレスを基盤に身につけている物全てが黒で統一されている。
胸にかかる黒髪とは対照的に真っ白に塗られた顔、
その浅黒い紅色の目に人間的な光はなく、瞳孔は縦に裂け、紫色に染まった厚い唇は怪しげな色気を放っている。
この女、確実に人ではない。
「なんだよいきなり...」
「あなた、こっち側の人間じゃないわね?」
その女の冷たい声に気持ちの悪い汗がみるみると吹き出てきた。
「...なんでそれを?お前何者...」
「あの子と一緒にいるのね。その感じだとアルバイノについてわかってないみたいだけど、あの子は私達の敵。いえ、あの子達とも言いましょうか。それに味方してるあなたはもちろん...」
女は顎下からこちらの目を視線一つ逸らさず覗き込んでくる。
蛇同然の瞳孔がじわりじわりと太さを増す。
「はぁ...?おい、かか勘弁してくれよ...ハ、ハルがなんだってんだよ...」
女がシンを物欲しげに見つめたまま背中側へ周る。
「フフっ。アレに名前なんて付けてあげたの?優しい人なのね」
その女の腕はシンの背中側から脇を通り胸へと移動し、シンの首元や頬を冷たい手で舐め回すかのように撫でた。
女の豊満な胸の感触を背中で感じ、それと共にずしりと重く、甘ったるい匂いが鼻を刺激する。
「あぁ...美味しそう。じっとしてて...そうすれば痛くしないから...」
「ハッ、ハッ、ハル!!!!!!」
シンの叫び声で彼に絡みついていた身体はスルりと抜け、甘ったるい匂いも徐々に遠ざかった。
女が恐々と微笑みを浮かべながら建物の影へと消えていく中、女は声を出さず紫色の唇で淫猥にシンへ言葉を送った。
「あなたのこと...す、き」
「シン?どうしたの??ってイヤぁぁぁ!!」
口にトマトスープをつけたハルがドアから飛び出してきた。
「助かったよハルぅぅぅ怖かったよぉぉぉ...」
「まずソレしまってよ!!!!」