02『あの世とは』
絶え間なく照りつける心地のいい日の光、身体を吹き抜けていく乾いた風。
シンはなにやらいつもと違う寝心地に違和感を覚え、ザラついた部分からゆっくりと顔を起こす。
「え?なんだこれ、地面で寝てたのかよ」
地面に手をついて身体を起こし辺りを見回す。
「え??なにここ、つか家の外で寝てたのかよ??」
「...!!?」
シンはそこでようやく先程起こったことを思い出し、弾かれたように立ち上がった。
「死んで無い?死んで無いのか?!確かに崖から落ちて...まさかここって...」
シンは先程、警備員の男からの突進を受けて奈落の底へと落ちた。
落ちていく間に死を確信し、なにやら走馬灯的なものまで見えたが、身体は以前となんら変わりはない。
あえて言うなら、飢えそうな程に腹が減っている。
シンは腹をさすりながら村を歩き始めた。
辺りには西洋の昔話で登場する、高い傾斜がついた木造の屋根、木造の両開き窓、木造のドア、木造の柵。すべて木造だ。
あの世にしてはあまりイメージと合わない建物が全てで五、六軒ほど建っており、すべてのドアがもれなく壊され、そのドアが風に煽られユラユラと揺れている。
「これがあの世なのか?なんだ、死んでも身体とか軽くなったり半透明になったりしないんだな」
飛び跳ねて身体の軽さ確認をしていると、目の前の家のドアが開くと共に、小太りの男が腹をさすりながらヨロヨロと現れた。
「あ」
その男もこちらを見ると怒りの表情を浮かべながら叫ぶ。
「おぉぉぉまぁぁぁえぇぇぇ!!!!」
「おい待てって...っていうかおぉぉまぁぁえぇ!!」
シンはボロ家の入り口にいる警備員の男へ向かって走り出し、タックルの構えを取ると、怖気付いている男に勢いよく突っ込んだ。
家のドアが外れ家中に響き渡る音を立て、ドアと男を下にして床に倒れ込む。
そして男を今出る力一杯殴りつけた。
「お前のせいで死んだじゃねぇかよ!!お前のせいで!俺は二人を探さなきゃいけなかったんだ!!」
男もやられたままでいられまいと身体を起こし、シンを壁へ力強く押しやった。
それで壁に頭を打ち埃っぽい床で蹲る。
「このクソガキ!なんでお前なんかと死ななきゃいけないんだ!俺にも女房がいるんだ!」
「こんの...デぇぶ、...がぁぁぁぁ!!!!」
「このガキがッ!」
男の蹴りをもろに腹に受け、あまりの苦しさにその場から動けなくなってしまう。
「お前があそこにこなきゃこんな事にはならなかったんだ!それにあのクソ警察め!なんだあの馬鹿でかい地面の亀裂は?!あぁもうこのクソガ...」
───すると家の外から集団がこちら側に近づいてくる音で男の罵声が止んだ。
「なんだ、人がいるのか?」
男は足早に家を出て集団の方へと向かって行った。
なにやら不審に思ったシンは痛む身体を抑えながら屋内の窓へと近づき、窓の隙間から外を覗きこんだ。
「おぉい!あんた達!ここはどこなんだ!?頼むからここがなにか教え」
集団の先頭にいた長身の男が無抵抗の警備員を目にも留まらぬ速さで殴打し、気が飛んだ警備員は力なく地面にへたり込んだ。
「なんだこのゴミは?お前たち?連れて行け」
若干オカマ口調のその長身の男は、赤茶色のショートヘアで、赤黒いオーバージャケットに黒い手袋、黒光りしたロングブーツを身につけ、その後ろの集団もおおよそ同じような格好をしている。
しかし集団の中で長身の男だけが、ダガーや斧、クロスボウ等で武装していなかった。
───まずい、また殺されるかもしれない。
シンは迫りくる危機感を感じ、床に散乱していた物の中からショルダーバッグを見つけ、腹が減っていたことから、キッチンの戸棚の中にあったパンの缶詰をバッグに詰め込んだ。
「おぉぉぉおい!残党!!いるなら出てこい!楽にあの世へいかせてやる、今の時間であれば飛んで逃げることも出来まい!!」
シンは恐怖で身体を震わせながらも、家の裏口からこっそりと外へ出た。
廃村は小高い丘の上にあり、下方へと続く坂を転びそうになりながらも一直線に駆けていく。
(リクト、ハルカ、お前達もここに来たんだろ?待ってろ、探し出してやるからな)
シンは二人が生き延びていると信じ、廃村を後にした。