11 『ずっカマ』
───シンは吸血鬼とか、興味ある?
考え事をするかの様な表情を浮かべ、後頭部の団子結びを弄っている女子生徒が、向かい側の椅子で踏ん反り返りながら読書をする男子生徒に話題を振った。
「またなんで突然?お前ファンタジー好きだったっけ?」
その言葉で事有り顔になった彼女が手元のノートをペンで小さく突きながら彼に切り返した。
「今月の記事内容、『吸血鬼』にしようと思って。どう?皆興味ありそうそうじゃない?」
「吸血鬼ねぇ。果たして不死身のヴァンパイヤは高出力電磁加速砲とかにも耐えて見せるのかな」
彼女は頬に触れている黒い前髪を揺らしながら、呆れたように俯いた。
「はぁぁ...。あんたのサイエンスフィクションな世界観をおとぎ話に混ぜないで。ところで、あたしがヴァンパイヤだったらどうする?」
ムクっと顔を上げた彼女はこれでもかと見開かれた目をシンに向け、小さく舌舐めずりして自分の首元を指差して見せた。
「お前がその気なら俺はその舌から血を吸ってやろう」
「うわ近づかないで」
「...」
シンの目を憂いの表情で見つめ、琥珀色の瞳はうるうると水面のように輝いている。
「シン...お願い、どこにも行かないで。もう一人は絶対イヤなの...」
彼の腕を握り締める手に力がこもる。
しかしそれは決して痛くなく、温かく、か細くとても女性的な、まるでハルの思いがその手から流れ込んでくるかの様で、シンの心を強く抉った。
「そんな事で、仲の良い女の子が生物兵器だったくらいで友達やめるかよ」
そう言い自分の胸に握り拳を掲げ、得意顔でこう言った。
「お前言ったろ?何があろうと俺達ずっカマだって。俺はどこにも行ったりしない」
言ってしまった。
「はぁよかった...うれしい...」
彼女がシンの膝の上で涙を流した。
大倉華花、そして小杉陸斗。
もし仮に探し出せた時、膝上で涙を零すこの子にどう別れを告げればいいのだろう。
シンは『どこにも行ったりしない』という言葉を口にして早々、強い後悔の念を抱き始めていた。
「...ところでハル、お前アレから逃げてきたって、お前の力で倒せたりしなかったのか?」
「あいつは無理だよ、他のやつらと違いすぎるの。暗い所からいきなり出てくるし、ハルのくしゃみもグワングワンも効かない」
「ぬぇ?グワングワン?」
「お屋敷から帰ってくる時シンにやったでしょ?頭の中に...グワングワン」
シンはグワングワンよりも、頭の中に、という言葉でそれを思い出した。
自分の脳内に直接響き渡って来た、身震いする程重たいハルの声。
シンが使ってみたい能力暫定一位だった。
「あれグワングワンって技名なのか...改名の余地多分に有りだな」
シンは確かに感じていた。あの女の危険性、自分の本能にヒシヒシと沸き立つ警告音、同じ場所に長い間居る事は出来ない。
「ハル、あいつに見つかったからには、もうここには居れない。応戦するための能力なんて持ってないし。準備してこの家を出よう」
「せっかくお家を見つけたのに...」
「仕方ないでしょう!?俺あんな女に首元に噛み付かれでもしたら...あぁぁ...うん...悪くな...」
「シン!!!ここを出るって言っても食べ物も少ないし、お金もないよ?」
彼女がカウンターテーブルの裏へ周り、今ある食料をテーブル上に並べた。
「嘘それだけ...って缶詰パンかよぉぉぉ」
テーブル上にはシンの手付かずのトマトスープ、そして缶詰パンが二缶。
シンのバッグに入ってる食料を含めても、これではまともに一週間も生きられない。
「シン、ハル良い事思い付いちゃったけど??」
カウンターでハルが腕を組み、悪人ヅラで勝ち誇った様に笑みを浮かべて、片眉はわざとらしく吊り上がっている。
「と、言いますと...??」
「貴族のお屋敷に金目の物を貰いに行きます」
「なんという頭のいい天才的でクレバーな名案なんだ...」