10 『吸血フィンチとアルバイノ』
「いやぁ!ハル!ドア閉めて早く!ハル、ハルハル早く!」
女々しい叫び声を上げながらボロ家の中に飛び入り、椅子の後ろに身を隠しながらハルに訴えた。
「なになに、どうしたのシン?その前に早くソレしまってよ...」
彼女がおどおどと、目を腕で覆い隠しながらシンに心配の声をかけた。
「女の悪魔が!ゴスガール、良い匂いのゴスガールが外に!」
「落ち着いてよシン!外で何を見たの?」
ハルの澄んだ声でシンは少しばかり落ち着きを取り戻した。
弾んだ呼吸を整えながら、先程見た物について説明しようとズボンから飛び出しているモノを納め、椅子の影から立ち上がる。
「怖くて、黒いドレスの女。それに、とてもエロかった」
シンの思春期男児の様なその説明に、ハルは呆れたような表情を見せ、ドアを閉めた後カウンターテーブルへと戻った。
「身体でお金稼いでる女の人でしょ?シンの事ベタベタ触ってこなかった?」
「あぁ、確かに...いや!違う!アレは普通の人じゃない!それに」
「良い匂いしたでしょ?」
ハルが驚く程の無表情で言った。
「確かに...!いんや!アレは人間じゃない!蛇みたいな目をしてたし、俺の事を美味しそうだとか」
シンはあの女の事を思い出すと身体中から波の様に鳥肌が湧き立ち、そして寒い冬の日の様に武者震いした。
「それに、ハルの事をアルバイノ?とか何とか言ってたぞ。...敵だとも」
「そ...そうなんだ。この街にも面白い人がいるね...」
ハルの琥珀色の目は曇り空の様に濁っている。
それを見たシンは彼女が少なからず何かを知っていると疑った。
「ハル?アレが何か知らないか?もしかしたらハルみたいな能力を持ってる化物...」
「シン!!そろそろ食べ物が少なくなったみたい。明日の夜にでも取ってこよ?」
「おい!なんで話を遮るんだよ?やっぱりお前、アレが何か知ってるんだろ!」
「知らない知らない知らない!!!今日は疲れたから早く寝る!」
そう言った彼女の姿がカウンターテーブルの裏へと消える。
「まだ寝させないぞコラ!知ってる事を話してもらおうか?!」
テーブルの裏へ周ると薄汚れたマットに倒れ込みうつ伏せになるハルの姿が見える。
マットに手足を絡み付け、引き剥がそうとするシンへ抵抗する準備は万端のようだ。
「コラ、ハル!知ってる事を話せ!あの女が何か知ってるんだろ!こんの、オラァァァァァ!!」
ハルの肩に手をかけフルパワーでマットから引き剥がそうとするが、やはり彼女の力は凄まじく、木に張り付いたカブトムシの様に動かない。
「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!言ったらシンがどっか行っちゃう!!!」
心なしか彼女の声は今にも泣き出しそうな女の子のような声音になった。
「アレが何かわかってなんだって言うんだよ!?なんだろうと俺はどこにも行かない!!!」
(───どこにも行かない...)
「アぁぁあッ!?」
彼女が一瞬力を抜いた事で、勢い余って二人は二メートルばかり後方へ共に吹っ飛んだ。
シンはハルの柔らかい感触を身体で受け止めながらも、背中から壁に激しく激突した。
それから一秒と立たずにハルの後頭部がシンの顎目がけて襲いかかり、それが脳内でガキン、という音を立て、その後シンはその場に力なくへたり込んだ。
「あぁ!!ごめんシン!!大丈夫!?」
痛みで朦朧とする意識の中、彼女のひんやりとした手のひらが頬に触れる。
「んんにゃあ...らいじょうぶだぁ...」
シンは痛みで感覚が麻痺している顎を大事そうにさすった。
自分の意思に反し、なにやら温かいモノが目から滲み出る。
「シン...ソレはね、吸血族ってヤツらなんだよ」
「ひゅうれつろぉく...??」
「うん...『フィンチ』って人の血で生きてるカイブツ。ハルはそいつらから逃げて来たの。それに...」
涙でボヤける視界の中でハルが俯き、真っ白い顔が絹の様な髪で遮られ、
「ハルも人間じゃない。フィンチを殺すために作られた生き物...アルバイノって兵器なの...」
「...」