05 挫折の影
一話一話更新に時間がかかってます!
あと、ハッピーバースデイうち!
訓練初日の夜、主任教官はソルジアの元を訪ねていた。原因は俺にあり、ソルジアからは話を聞かされていたそうで初日からあんな調子の俺について話があるそうだ。
ソルジアの部屋で二人は対面で席につき、真剣な話をするため酒の類いは置かれおらず、水の入ったグラスがふたつあった。
「少佐。単刀直入に言いますが、リアム・ウォード・フォスターは何者なんですか?」
「……何者とはどういう意味だ?」
「少佐から話を聞いていたので注目しておりましたが、まさか初日から失せ物をするとは思いませんでした」
「私は言ったはずだ。かなり厄介な原石だと」
「はい。それを徹底的に磨きあげるよう命令されましたが……あれは酷すぎます。まるで産まれた時から飼われていたペットのような……」
ソルジアは一度目を閉じてグラスの水を飲み、そっと目を開いた。
「その心を叩き直すのが貴様の仕事であろう。恐らくリアムはこの世界の何処よりも平和ボケした所に生まれたのだろう。故に精神が未発達。だからこそ、貴様の教育隊に入れたのだ。私の期待を裏切らないでほしい」
教官は五秒ほどの沈黙のあとに「了解しました」と言った。
「しかし、それなら身体能力の方も充分に見れたのだろう?」
「はい。身体能力の高さは恐らく人類でもトップクラス……いや、少々大袈裟かも知れませんが昔の書物に書いてあるようなモンスター並みの力を秘めているやも」
教官はしまったと思いそこで話すのをやめた。ソルジアは顔には出さないがやれやれと心の中で思い水を一口飲み溜め息を誤魔化した。
「私は存在したかもわからぬ何百年も前の本に記された存在は信じぬ。恐らく海を越えてやってきた外国人を見た当時の人が大袈裟に書いただけであろう」
「すみません……ですが、それほどの可能性を秘めていると私も思います」
「うむ。明日からも徹底的に頼む」
「了解しました」
翌朝、そんな話があったことなど何も知らない俺達は起床時間少し前に起き急いで身支度をし、マックスたちとも確認をし準備は万端。外に出て整列し朝礼を受けた。朝食を取り、食後から吐かせに来ているとしか思えない50キロにも渡る長距離走。いや、実際に吐いた奴がいる。後方で走っていたマックスとガエルだ。
さらに吐いた人の所属する班が連帯責任で足りない分を走る。ここでジョンが倒れた。残った分を俺独りで走らされた。マックスが途中からよろよろになりながら起き上がり、走ってくれたがそれでも班全体が昼頃には疲弊しきっていた。
それでも食べなきゃ午後を乗りきる力が湧かないため、食欲なんて湧くはずもないのにまた無理矢理詰め込んだ。
午後は上半身のトレーニングや座学であったが、夕食前にまた全員が走らされた。あの鬼教官め……その怒りだけでなんとか訓練を乗りきり夕食を食べた。
「お、おれ……もうやめてぇよぉ……」
部屋で泣きながらそう言うのはガエルだ。ジョンがその背中を優しくさすり慰めるが泣き止まず、マックスは自由時間になるなり何処かに行ってしまった為この状況を知らない。俺もどうしてあげるべきかわからず只ひたすら慰めの言葉をかけるしかなかった。そんなとき、部屋のドアを開けて小柄な女子が入ってきた。
「始めの一ヶ月は特に厳しいとは聞いていたけど……これは異常だね」
「ソフィアか。何のようだ?」
「一応自由時間だからね。敷地内なら自由に動ける。もっとも、訓練開始からまだ二日で、中にある設備を利用するほどの元気を残している人はほぼいないだろうけど……」
「そんなことを言いに来たのか?」
俺は呆れた顔でそういうのだが、ソフィアは首を横に振った。
「違うよ。えっと、君はジョンだったよね? リアムを借りるよ」
「お、おう……」
俺に決定権はないようで、ソフィアに引っ張られ周りに誰かのいる部屋もなく、声を出しても周囲に聞く人はいなさそうだ。いったい何をする気なのか?若干の期待を込めつつソフィアの行動を待った。
「君、教官に狙われているよ」
「……え?」
俺は直前の期待から一瞬嫌なものを想像したが、そういうことではなかった。
「初日の忘れ物が原因か……僕の勝手な考察だけど、君のその可能性を引き出すために、過剰なまでの訓練になっているのかもしれないね」
「な、何が言いたいんだよ?」
訳がわからない。こいつは頭の中で何を考えているんだ?一人で勝手に考えを進めるなよ。
「ごめんね。実は僕どんな訓練をやらされるのかおおよその話は事前に聞いていたんだ。だけど現実にはそれを越える状態にある。前例がないほどにね。だから僕は考えたよ。何が原因かね。どう考えても君しかいない」
「俺……なのか?」
「自覚はあるんでしょう?君の体は常人のそれを遥かに上回るスペックを秘めている。嫉妬される程の恵まれた肉体」
自覚とかのレベルじゃないぜ、バリバリ神様に与えられたものだからな。そういえば……
「ソフィアは俺を見てて何か不思議な気持ちとかないか?」
「ん?そうだね……特別な魅力は感じるけれど、残念ながら僕の持っている言葉じゃ表現できないかな」
やっぱり……神様は俺をモテモテにし忘れたんじゃねぇか?
「まあ、僕の話はこれだけさ。君も他に話したいことは無さそうだし……部屋に戻ろうか」
「お、おう」
期待するようなことは何も起こらなかった。さらに、嫌な話を聞かされてしまった……
地獄のような日々はまだまだ続くと思うと、正直俺も泣き出したい気持ちになった。部屋に戻るとガエルはもう泣き止んでいた。そしてマックスも息を切らせてるが帰ってきていた。いったいなにが
自由時間の間、マックスはどこで何をしていたのか。
彼は今日の訓練で、足を引っ張る自分に強い責任を感じていた。それと同時に自分達の分も走るリアムに対する憧れと共に、強い対抗心を抱いた。
そこで彼はボロボロな体を立ち上がらせ、グラウンドで自主的にランニングをしていたのだ。
妙だ。敷地内にある自らの部屋にいたソルジアは妙な気配を感じ取っていた。
夜だというのにグラウンド辺りに人が動く気配を微かに感じ取っていた。しかし、離れすぎていてそれが侵入者なのかどうかもわからなかった。念のため軽装の鎧を着て、携帯用の剣を持ちグラウンドに出た。
近付いて気付いた。気配が未熟すぎる。敵のものではないと。
「そこにいるもの!名を名乗れ!」
暗闇の中で力強い声が響く。驚いて止まった影は声のした方向を向き敬礼し、叫んだ。
「ノースフォートレス教育隊第1班所属、マックス·ガッツァ訓練兵であります!」
「第一班……リアムのところのものか。わかった。こちらはノースフォートレス基地所属、第二連隊第二大隊長ソルジア·ホープ·フォスター少佐だ。それで何をしている?」
「しょ、少佐でありましたか!失礼しました。自分は訓練の途中に嘔吐をしてしまい、実力不足を感じたので自主的に走っておりました」
「そうだったか、関心だな。その事は主任教官にも報告しておこう。明日の訓練に支障がでないようにな。それと、今後も続けるなら衛生面も考えよ」
「はい!ありがとうございました!」
その後時間一杯走ったマックスはリアムよりやや早く部屋に戻り、ソルジアはこのことを主任教官に報告し、いい兆候だ。と少し満足気に話したという。