03 入軍試験
2021/4/30 一部修正
ソルジアの家に帰るとすぐにソルジアは所属する拠点へと移動してしまった。
この前のソルジアの話が凄く気になる。ガルシアは何か知っているのだろうかと思い、勉強を終え夕食を食べているときに聞いてみた。
「なんじゃ、ソルジアの奴もうその話をしたんか。ああ、知っておるぞ。その話は本当だしそんな幼い頃から鍛え上げた者の一人がわしだしのう」
ソルジアとガルシアの付き合いは思ったより長いようだ。
話とは関係無いがガルシアの作るご飯はソルジアよりかなり美味しい。そっちの技術も教えておいて欲しかった。
「あいつにとって飯なんぞ栄養がしっかり取れればいいと思っているからな。幼少期の生活が影響しているのだろう。余計なことをすれば何をされるかも分からない。目の前の食べれるものなら何でも食べなきゃ生き延びれない。それが社会から堕ちてしまった人間の現実だからの」
家でゴロゴロしてても飯が食えたあの頃の俺の生活と丸っきり反対だな。まあ、最後には殺されてしまったのだけどな。
「そういった過去からかあいつは幼い頃からずっとあんな調子なのじゃ。自分は性に汚れた女だと思っている。そこに軍に入って敵軍の兵を殺してからは血でも汚れたと思い更に悪化した。じゃが……」
そこまで言うと急に話すのを躊躇するガルシア。待ちきれずこちらから聞いた。
「だが何なんです?」
「お前と出会い何かが変わった気がするのじゃ。あいつは恋心を知らぬ。もしお前に一目惚れしてたとしても気付かぬだろう。だが今まで絶対零度のように冷たかったあやつの目と心に、僅かながら温かみを感じた」
全く効果が無いと疑っていた女性にモテモテの効果は発揮されていたのかもしれない。それにしてもあれで前より少し良いって一体どれ程冷酷な人だったのか。
「リアム。こんなことを言うのも変じゃが……もし、お主にソルジアを救えるだけの器が出来たら、どうかあいつを救ってくれ」
俺にはその言葉の意味を完璧に汲み取ることは出来なかった。
勉強勉強、時に運動や社会勉強もしながら遂に入軍試験の日がやってきた。
試験内容は日本で言うところの数学、国語、社会、理科。それを規定以上満たしたものの中で身体検査及び人格確認。トータルで一ヶ月以上を越える長い戦いだ。
試験会場には万を越える受験者が居た。この規模の人数が何個もの場所で兵士になろうと争っているのだ。東西南北の地方、そして王都の五ヶ所のブロック別に採用されているとはいえ、この北ブロックだけでも五ヶ所の会場と五万以上の受験者。その中で受かるのは約二万人落っこちるようなら間違いなくソルジアに首を切られる。命懸けだぜ。
「それでは、今から一時間。数学の試験を始める。始め!」
試験会場を見回るのは現役の軍人。この会場内で不正をすれば即退場。そして、ここでの態度も見られている。さて、流石に対策してきたから筆記試験は問題無いな。
転生前だったらボロボロに負けてるような内容だったけどな。で、身体検査なんだが……身長とかはいいとして、何で基礎体力を見られる為にマラソンをさせられなきゃならんのだ。これじゃ体力試験だ。ちなみに、あとでガルシアにこのことを聞いたら、ちゃんと話したと言っていた。どうやら俺が身体検査のところから先を聞いていなかったようだ。
受験者の中で何チームかに分けて走らされているのだが、そのチームの中で集団から遅れてきたものが落とされるらしい。俺の走るチームには集団の最後に周りより明らかに小さい男がいた。他の奴等より足も短い分大変だろうな。きっと早々に離脱することになるだろう。
さて、俺は先頭で走るペースを上げて全員を焦らせようかと悪巧み。それにしても走るコースは同じ場所をグルグルグルグルと走り回っているだけで景色も変わらないから嫌になってくるぜ。
……それから一時間後、何十人かの脱落者が出た。今最後を走っているのはあのチビ。明らかにへばっているのに集団から抜けず必死に喰らいついてやがる。それにしても、いつまで走らされるんだか。
……更に一時間後、試験監督の止めの合図で退屈地獄のマラソンが終わった。
あのチビやるなぁ……折角だから声でも掛けてみよう。
「ようチビお前すげぇな」
俺がポンと肩を叩いても微動だにしない。
「おーい、チビ?」
チビは意識を失っていた。俺は急いで試験監督を呼んで医務室に運んでもらった。
「君、報告ありがとう。もう少し気付くのが遅れていたら手遅れになるところだった……私が見ていながらすまない」
試験監督は帽子を脱ぎ俺に一礼した。
今日の試験はこれだけで終わりか……明日から順番に面接。変なことを言わないようにだけ気を付けよう。
その日の晩、試験監督をしていた軍人達での飲み会があった。全員で長方形の長いテーブルの回りを囲み、いくつか置かれた樽ビールから注いでいる。
「今年の受験生はどうじゃ?面白いのはいたか?」
体格のいい男が豪快にビールを飲みながら他の面々に聞く。
「おお居たとも。それも二人な」
俺達の試験監督だった男がそう言った。
「二人か。どんなやつらなんだ?」
「一人はとてもガタイが良くて、体力も俺らよりありそうなバケモノだ。正直身体能力だけなら即戦力になりそうなレベルだ。もう一人は逆に規定ギリギリの身長だが根性だけで食らい付いてくるようなガッツのあるチビだった。ずっとケツを走ってたが、あいつの走りには感動したぜ」
皆楽しげに語りながら酒を飲む。
「俺のところにはスタイルのいい美女がいたぜ!ちょっと胸までスリムなのが残念だけどな!ガハハ!!」
スケベな親父のような見た目の兵が見た目通りな発言をする。
「このスケベ野郎め!」
と、隣の兵が軽く頭を叩く。
「羨ましいぜ~こっちなんてメスゴリラみたいな筋肉女がいたぜ……」
「ばーか!うちらの仕事ならそっちの方がありがたいだろがい!」
「まあ今年この地区には貴族出身もいなかったし楽でいいわな~」
「そうだな、まあ去年のあいつみたいに成績優秀で礼儀もしっかりしてるやつならいいんだがな。ワガママな奴が多くて困るぜ!」
「まあまあ、そんなの忘れて飲もうぜ~!こっちにもよぉ~可愛い娘いるじゃんと思って履歴書見たら男なやつがいてよ~まあ体格はいいから気づけなかったこっちが悪いんだけどなぁ~」
みんなふざけたりしながら賑わっていた酒盛りも、時間になると全員がきっちりと止め就寝した。
翌日の午後。俺の面接が始まった。軍人二人による個別面接。今にも雷が落ちてくるような恐ろしい雰囲気が部屋を包む。自己紹介が終わり、ベタな質問が終わった頃に上擦っていた声が落ち着いてきた。そんなときに予想外の質問をされた。
「あなたは私がこの場で死ねと言ったら……死にますか?」
五秒ほど、固まってしまった。それから頭を整理して、なんとかまともな答えを出す。
「私が死ぬことに……合理性があるのならあっ……死んでも構いません」
「合理性とは、例えばどんなことですか?」
「え……例えば………この国に有益なことや、それにより自分の大切な人が救われるのならです」
「なるほど……ではあなたが命に変えても守りたい人はいますか?」
「い、今はいません。ですが、この国の為なら命をかけることができます」
さすがに綺麗事というか、やりすぎたか?とも思ったが、発言を取り消す必要もないと思いやめた。
「わかりました。以上で人格確認を終わりにいたします。後日御自宅に合否の結果が届きます。それではまた」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
部屋から出ると大きく息を吐いて脱力した。緊張した。首が絞められてるみたいに苦しかった。でもこれでとりあえずは解放される。俺は久しぶりのストレスフリーな状態に少々浮かれながら自宅に帰った。
「ガルシアただいま~!やっと終わったぜ~」
椅子に腰掛け試験の感想等をガルシアに話した。
「お疲れ様。帰ってきても心配してたら緊張していたらもう結果は変わらんから気楽にせいとでも言おうと思っていたが、逆にもう少し緊張感を持って欲しいものじゃ……」
「今更焦っても仕方無いんだからさぁ、久しぶりにガルシアの旨い飯が食えると思うとワクワクするぜ」
「あっちで出される飯だって立派なものなのじゃからな?なんと行っても軍の料理人が作っているのだからのう」
それでもやっぱりガルシアの料理は格別だ、あっちで出された安い肉も腕前がいいから旨かったが、ガルシアは同じレベルの肉でも更に上の肉のように旨くしてくれる。
後日、自宅に届いたのは合格通知だった。これでひとまず安心できる。最も、これから先が更なる地獄なんだろうがな……教育隊、寮に入り鬼のようにしごきあげられる地獄の生活……どんなことがあろうと俺はいつか来るであろう幸せな生活とハーレムの為に頑張るぜ!
「リアムは無事合格か……」
今年の採用者リストを見て安堵するソルジア。いつ始まってもおかしくない隣国との戦争になんとか教育期間が間に合ってくれることを願いつつ、自分の大隊の訓練に励んでいた。そんなソルジアの耳にも前年の採用者達の活気溢れる声が聞こえる。
前年に採用された若者達もこの時期になるとかなり基礎が出来上がり、適性ごとに分けられ各種の専門的な訓練に着くことになる。弓や、槍、バスタードソード等武器だけでもかなり分野が別れる。それらの区分がされると各分野ごとに部屋が再編成される。そしてこれから約一年鍛え上げられた戦士達は各部隊に配属されるのだ。