第九話「出陣前夜」
《読まれる前に》
配信等で使用される場合は「作者名〔きりまさ〕」「使用台本の名前〔例 天下五剣第九話 等〕」「使用台本のURL」を明記の上、ご使用ください。
詳細は台本規約(http://kirimasamixer.blog.fc2.com/blog-entry-97.html)をご覧ください。
男:1 カネヒラ
女:3 イズナ、クガネ、シロガネ
不:2 ツネツグ、ミツヨ
ツネツグ、ミツヨは少年の為、不問としています。
男声三人にしたり、ツネツグらを女声として男声一人女声五人といった比率にしたりなど、自由に配役して上演ください。
《配役表》(コピペしてお使いください)
カネヒラ〈49〉:
ツネツグ〈74〉:
ミツヨ〈45〉:
イズナ〈52〉:
クガネ〈66〉:
シロガネ〈28〉:
《前回までのあらすじ》
時は幻想戦国時代。『闘身』という力を扱う者がいた。
ヤスツナ、シノギを喪い、衝撃を受けるクニツナたちの前に現れたのは隠密衆『古備前』の忍、カネヒラであった。
明かされるツネツグの出自――ツネツグは古備前頭首の息子であり、カネヒラは義理の兄であったのだ……!
ヤスツナを蔑むカネヒラの態度に、クニツナの怒りが爆発! 闘いを挑むも、カネヒラの闘身『大包平』に圧倒される。
気を失ったクニツナと鬼丸に突如として雷神タケミカヅチが憑依。瞬く間にカネヒラを撃退したのだった。
夢の中でタケミカヅチはクニツナを諭し、彼に試練を課す。その試練こそ、闘身を『闘神』へと進化させる試練であった……!
その頃、ツネツグとミツヨは……
古備前の隠れ屋敷。
竹林に囲まれたそれは外敵から身を隠し、自然の要害を成していた。
その中の一室、手当を受けたカネヒラが部屋の奥でどっかと寝転がっており、対面にはくノ一のイズナが座している。
部屋の手前側にはツネツグとミツヨが座しており、事の次第を見つめていた。
イズナ「筆頭! これは一体どういうことなのですか!?」
カネヒラ「どうもこうもねぇ見たまんまだ状況理解もできねーのかテメェは」
イズナ「その状況が理解しかねるんです! 他の方々はともかく、どうして筆頭まで腕とか足とか怪我してるんですか!」
カネヒラ「道行く仔猫を助けたらこうなった」
イズナ「え? 本当ですか?」
カネヒラ「嘘だ」
イズナ(ムカつく~~~~)
カネヒラ「今『ムカつく~~~~』って思ったろ」
イズナ「思ってないです」
カネヒラ「じゃあこのままで良いな。報告終わり。おやすみイズナ」
イズナ「あーっ! 筆頭! まだ大事な話が――」
カネヒラ「ぐごぉお、がぁあ……」
カネヒラ、瞬時に大きなイビキをかいて眠り始める。
イズナ「やられた……筆頭! 筆頭ぉ! ――寝られるとこちらからは何やっても起きないんですよねぇ……はぁ……すみませんでした。大変お見苦しい所をお見せして」
ツネツグ「い、いえ」
イズナ「あ! そういえばお久しぶりでしたね! ツネツグ様!」
ツネツグ「あ、はい。お久しぶりです、イズナさん」
イズナ「もうっ。前から申しておりますが、私のことはイズナと呼んで下さいませ。こちらの方は、ツネツグ様のご友人ですか?」
ツネツグ「いえ、友人ではなく、弟弟子のミツヨです」
ミツヨ「お、お初にお目にかかります。ミツヨと申す者にございます」
イズナ「隠密衆『古備前』のイズナと申します。ミツヨ様も、私のことはイズナとお呼び下さい」
ミツヨ「いえ、そんな、年上の方に……」
イズナ「構いません。私は古備前の中でも下位の忍なので、使用人ぐらいに思って頂ければ丁度いいです」
ミツヨ(下位の忍で、筆頭の忍にあそこまで言えるイズナ殿は一体……!?)
ツネツグ、独白。
ツネツグ「あの後――クニツナと義兄さんが鉱山を出た後、ぼくたちは皆、ここにいるイズナさんら古備前の人たちによってこの屋敷に匿われた。突然のこと続きで頭や心の整理も上手くできないまま、しかし確実に何かが動いていることを、ぼくは朧げながら感じていた」
クガネ「イズナー、それよりも先に報告することが一つ二つあるんでないかー? んー?」
そこに、障子を開けて入ってくる者あり。
シロガネ「まぁまぁまぁ、所詮は半端な下忍でございますので、致し方ございませんわぁ」
見ると、まるで傾奇者の様に顔に化粧をし、背に袋を背負ったり、腰にいろいろなものをぶら下げた者が二人立っている。
ふくよかな体つきをした者はクガネ、長身でほっそりとした者はシロガネという。
イズナ「な、なんですかぁ半端な下忍って~」
クガネ「言葉の通り文字通りであろうに」
ツネツグ「ク、クガネに、シロガネ!?」
クガネ「おーおーツネツグー元気しとるかのー、んー? 相変わらず黒目が小さくて愛い奴よのー」
ツネツグ「うわっ」
クガネ、ツネツグを抱きすくめる。
ツネツグ、抵抗をするが身動きが取れない。
頭を撫で、言葉を続けるクガネ。
クガネ「どうしてこの母の下を去るか……? 母は悲しく淋しいばかりぞ? 流れる涙で、枕が乾く暇がない……よよよ」
ミツヨ「は、母!?」
ツネツグ「ミ、ミツヨ! 誤解だ、正確には、クガネは――」
クガネ「んー? ツネツグ、母が嫌か? 母は嫌いか? 小さい頃はよく母が抱っこしたり負うたり――」
ツネツグ「クガネ! やめろというに!」
シロガネ「まぁ、何処の誰かと思えば、次期三代目ご頭首ではございませんかぁ。一体何処で油売って、ほっつき歩いてましたのぉ?」
ツネツグ「あ、遊んでいた訳ではない……!」
イズナ「クガネ様! シロガネ様! ツネツグ様をからかうのはお止よし下さい!」
イズナ、ツネツグをクガネから引き剥がす。
残念そうな顔をするクガネ。
咳払いをするツネツグ。
クガネ「んー……ん? それならこちらの童なら遊んでからかっても良いのかのー?」
ミツヨ「え!?」
シロガネ「あら? あらあら、まぁまぁ、可愛らしい坊やだことぉ」
クガネ「童の名は? 何と申す? んー?」
シロガネとクガネ、ミツヨに歩み寄る。
二人を交互に見て、警戒し始めるミツヨ。
ミツヨ「こ、子ども扱いしないで頂きたい! 某には、ミツヨという名前があります!」
シロガネ「まぁまぁまぁ、強がってしまう辺りが尚の殊更、可愛らしいですわぁ」
クガネ「ツネツグに負けず劣らずの、愛い奴だのー?」
妖艶な笑みを浮かべるシロガネとクガネ。
今まで会ったこともない性質の女性に平静さを失うミツヨ。
ミツヨ「な、な、な……!!」
イズナ「シロガネ様っ」
シロガネ「あらあらとんだ邪魔だこと」
クガネ「では、この続きはまた別の日にしようかのー、んー?」
イズナ「クガネ様も!」
クガネ「のほほほ」
ミツヨ「……」
クガネ「さて、ツネツグ、ミツヨ。この下忍からは、一体全体どれくらいのことを聞いておるのかのー」
ツネツグ「あぁ――義兄さんや、イズナさん、古備前の皆が『我々に助太刀をする』と」
クガネ「んー、四十五点」
ツネツグ「え?」
シロガネ「半分も伝えてないですわねぇ。さすがはうつけの下忍ですわぁ」
イズナ「ひ、酷い……」
クガネ「確かに助太刀は致す。が、我々古備前としては飽くまで消えた同胞の行方を追っている。のであるからしてー、何から何まで面倒を見る訳ではないぞー? 良いかの? んー?」
ツネツグ「はい……」
クガネ「勿論、ツネツグの面倒なら、母はいつでもムギュー」
ツネツグ「は、話の続きをお願いいたします!」
物理的に会話を堰き止められたクガネ、しょんぼりした顔をする。
シロガネが続ける。
シロガネ「ヤスツナ様、シノギ様のご遺体はこちらで回収いたしましたわぁ。後ほど、簡素ではありますが、通夜と葬儀を執り行いますので、支度の程をお願いいたしますわぁ」
ミツヨ「支度、ですか……?」
イズナ「支度と言っても、広間に集まっていただければ結構ですよ。お焼香の上げ方は、私がお教えしますので、ご安心くださいっ」
ミツヨ「ありがとうございますイズナ殿。是非よろしくお願いいたします」
イズナ「お任せください!」
シロガネ「あらあらあら、珍しや」
クガネ「イズナが“風”を吹かせちょる」
イズナ「えぇ? これは別に、他意はございませんよ?」
クガネ「他意? 他意の有無なぞ、儂らはそんなこと一言も伺っちょらんぞ?」
イズナ「そ、そうじゃなくて!」
シロガネ「あらあらあらぁ?」
クガネ「おやおやおやぁ?」
ミツヨ「た、他意……?」
イズナ「ミ、ミツヨ様も、掘り下げなくていいんですよ!? 言葉の“あや”というものですっ!」
クガネ「ほぉお……?」
シロガネ「ははぁ……?」
ツネツグ「オホンッ」
ツネツグ、軽く咳払いをする。
イズナ「は、はい! 質問がある人は挙手をお願いします!」
ツネツグ「では……」
ミツヨ「あ、そ、某も!」
クガネ、シロガネ、にやついている。
ツネツグ、ミツヨ、二人揃って挙手する。
ツネツグ「クニツナは?」
ミツヨ「クニツナ殿は、如何に」
クガネ「クニツナか……奴は未だ眠っておる」
ツネツグ「そう、か」
ミツヨ「まさか……!」
クガネ「案ずるでないぞー? 本当に眠っておるだけであるからして、逸る必要はないのー」
シロガネ「筆頭の、大人げなぁい折檻を受けてぇ、尚、生きていることの方を、喜ぶべきでしてよぉ」
ツネツグ「は、はぁ……」
クガネ「じゃのー。運ばれてきた時はたまげたものよのー。あれは酷い仕打ちじゃ」
シロガネ「筆頭は弱ぁい者を、甚振ることに躊躇いがありませんからぁ、ねぇ」
ミツヨ「あの――」
イズナ「お、お二人とも――」
クガネ「皆、くれぐれも、あの筆頭を不必要に煽り立てたり、囃し立てたりはせんようにのー? んー? 小馬鹿にするなど以もっての外ほかじゃ」
シロガネ「死ぬまでぇ、地獄の苦しみをぉ、味わうことになりますことよぉ」
カネヒラ「大包平! 風速翔光大拳!」
カネヒラ、クガネとシロガネめがけて自身の技を放つ。吹き飛ぶ畳と土埃。
イズナ「うわぁ!?」
ミツヨ「なんだ!?」
ツネツグ「義兄さん!!」
クガネ「うおおー?」
シロガネ「あらぁまぁ?」
カネヒラ「聞こえてんだよ古狸に毒狐」
ツネツグ(古狸……!)
ミツヨ(毒狐……!)
クガネ「んー、寝てればよいものを」
シロガネ「盗み聞きなんてぇ、趣味の悪ぅい男」
カネヒラ「イズナてめぇコラァ! なんでこいつら連れて来たんだ!? え!? オラァ!」
イズナ「ひええっ! だって『手練れを用意しろ』って筆頭がぁ……!」
カネヒラ「もっと他に居ただろうが! この千年下忍!!」
イズナ「千年下忍!?」
クガネ「なーにを言うかー我々は手練れじゃぞー? あっちの方も」
シロガネ「こっちの方もぉ」
カネヒラ「……」
クガネ「たまっとりゃせんかー? 筆頭殿ー?」
カネヒラ「風速大拳(かぜはやの以下略)」
クガネ「ぐほあーっ」
イズナ「省略できるんですか!?」
カネヒラ「やったらできた」
ツネツグ「なんといい加減な……!」
カネヒラ「盛り畜生にやる、卑しい体は持ってねぇ」
シロガネ「あらあらまぁまぁ、人はそれをぉ、強がりと言いましてよぉ」
カネヒラ「大拳(以下略)」
シロガネ「まぁー」
ミツヨ「更に省略を!?」
イズナ「ひ、筆頭! これ以上は屋敷が崩れます! 畳や障子だってすぐに用意できるものじゃないんですよ!?」
カネヒラ「わーったわーった。っせー下忍だな」
ツネツグ「……」
カネヒラをじっと見つめるツネツグ。
カネヒラ「あんだ、ツネツグ」
ツネツグ「いえ……その」
カネヒラ「……だから何だってんだ」
ツネツグ「……昔から賑やかではありましたが……前にも増して、皆、やかましくなったな、と」
視線を外すツネツグ。
無言で大包平を抜くカネヒラ。光が揺らめく。
カネヒラ「……」
イズナ「筆頭! 大包平をお納めください!」
クガネ「そうじゃぞー筆頭ー。ツネツグに手を出したら許さんぞー? 末代まで祟って呪ってやるからのー?」
シロガネ「大人げなぁい」
ややあって。
ツネツグ、独白。
ツネツグ「それから兄上とシノギさんの葬式がしめやかに行われた。棺の中の兄上とシノギさんはシロガネの施してくれた化粧のおかげも相俟って、まるで眠っている様で、声をかけたら起きるのではないか、触れたらまだ温かいのではないかと思っていた。ミツヨは、二人が入った棺を真っ直ぐ見つめながら、さめざめと泣いていた。香が焚かれ、クガネが読経してくれた。そして義兄さんが手配してくれていた下忍の方々が棺を道場まで運んでくれることとなった。気が付いたらぼくとミツヨは、イズナ殿が用意して下さった客間で只々ぼうっとしていた。外からの虫の音は耳を掠めて行くだけで、何の感慨もなかった」
ミツヨ「某たちは恐らく――否、確実な不安に苛まれていた。強い師匠はもう居ない。シノギさんはもう我々を支えてくれない。如何に古備前の方々が助太刀してくれるとはいえ、それがどの程度のものなのかわからないし、クニツナ殿も目を覚ましていない……ゆっくりと、しかし重くのしかかる大きな何かを払うかの様に、最初に口火を切ったのはツネツグ殿であった」
ツネツグ「ミツヨ」
ミツヨ「はい」
ツネツグ「これからのことだが……ぼくは、道場に一旦戻るべきだと思う」
ミツヨ「……」
ツネツグ「振り出しに何度も戻る様で、とても腹立たしくあるが、兄上とシノギさんを失った今、闇雲にムネチカ様を捜すのは危険だと思う……それよりも義兄さんたち、古備前の皆と力を合わせることが、理に適っていると思う。この上は、兄上とシノギさんの亡骸を守りながら道場に戻り、次の手筈を考えよう」
ミツヨ「……」
ツネツグ「ミツヨはどうだ? ミツヨの意見を聞きたい」
ミツヨ「……某も、同意見です……某たちは、あまりにも大きな犠牲を払いながら、けれど、それでもまだ強大な敵と、戦っている気がして参りました……」
ツネツグ「あぁ……シノギさんは、見えない何かに一瞬にして斬られた……とても人の為せる技ではない。恐らく闘身……それも、途方もなく強大な力を持つ者の仕業……」
ミツヨ「無間衆八逆鬼も、ほとんど師匠の力無しでは倒せませんでした……」
ツネツグ「あぁ……」
ミツヨ「……ムネチカ殿は、無事で居てくれているでしょうか?」
ツネツグ「それは……ムネチカ様を、信じるしか……」
ミツヨ「……くっ……!」
ツネツグ「……」
カネヒラ「なら、その意見に敢えて反対させてもらうぜ」
ツネツグ「に、義兄さん……」
カネヒラ「無間衆ってのは、そんなに俺らの都合を考えてくれんのか?」
ミツヨ「で、ですが」
カネヒラ「道場戻ってる間に襲われて、仏さん守りながら戦えんのか? それとも仏さん放り出してまでお前たちは冷徹に戦えんのか? 攻めと守りに手分けした方が、まだ仏さんは無事だと思うぜ」
ミツヨ「……」
カネヒラ「そもそも、それは、あいつらが望んでることなのか?」
ミツヨ「!?」
ツネツグ「……兄上が、シノギさんが……」
カネヒラ「そうだ。あいつらの望むことが、道場に戻って欲しいことなのか、それともムネチカっつぅお前らの兄弟子助けて無間衆ぶちのめすことなのか……どうなんだ?」
ツネツグ「……」
カネヒラ「お前らの兄貴は、師匠は、シノギは、何処にいる……!?」
ツネツグ「あ、兄上は……」
ミツヨ「師匠なら……師匠なら『今のお前たちにならやれる』……と、そう言うと思います……!」
カネヒラ「……」
ツネツグ「ミツヨ……けど……」
カネヒラ「ツネツグ」
ツネツグ「っ?」
カネヒラ「ここが決断の時だ。迷えばどんどん、視界が烟るぞ」
ツネツグ「ぼ、ぼくは……ぼくは……」
カネヒラ「……」
ミツヨ「……」
ツネツグ「……ぼくは、ムネチカ様を救いたい……!! 兄上や、シノギさんを喪って……どうしようもないけど……でも、ムネチカ様まで……見殺しになんかしたくない……今すぐ助け出したい!!」
カネヒラ「本当にそれが、お前の答えか?」
ツネツグ「無論です……!」
ミツヨ「ツネツグ殿……!!」
カネヒラ「……ったく。できるかどうかばっかり考えおって」
ツネツグ「え……?」
カネヒラ「できるかどうかではない。大事なのは『望むか望まぬか』じゃ」
ミツヨ「ん……?」
カネヒラ「手段はいくらでもこちらから提案できる。が、人の心の奥底まで翻すことはできん……お前たちの心を奮い立たせるのは、いつの時もお前たち自身。と、心得よ」
ミツヨ「何か、様子が……?」
ツネツグ「まさか……! してやられた……!」
カネヒラ「いつから儂が、お前の義兄だと思ぅたか? んー?」
ボフンっと煙が立ち込めると、カネヒラはクガネの姿に変化する。
クガネ「残念! 正解は母じゃ、母なのじゃー。のほほほほ」
ツネツグ「クガネ……!」
ミツヨ「へ、変化の術……!?」
クガネ「のほほほ。すまんのーツネツグー、そしてミツヨー。お前たちがあまりにも憮然としておるから、気付けの小芝居をさせてもらったぞー? んー?」
ツネツグ「ま……ったく!」
クガネ「おや? 相手が母じゃったら、返事を翻すのかの? 変えるのかのー?」
ツネツグ「そ、そんなことはない! これは、ぼくたち自身が決めたことだ!」
ミツヨ「そうです! 例え誰を相手にしても、この心に嘘偽りはございませぬ!」
クガネ「のほほほほ。良い良い良い。母はその言葉が聴きたかったんでのー……という訳で、どうぞ筆頭? 話の続きを」
ツネツグ「え……え!?」
ぞろぞろと、カネヒラ、イズナ、シロガネが客間に入ってくる。
ミツヨ「イズナ殿、シロガネ殿まで……」
イズナ「あはははは……すみませんお二人とも」
シロガネ「まぁまぁまぁ、しょぼくれたお顔が、尚の殊更、情けなく、子どもらしかったですわねぇ」
ツネツグ「くっ……このツネツグ、一生の不覚!」
クガネ「のほほほほ」
カネヒラ「はぁ……クガネの猿芝居はどっか癇に障る」
クガネ「じゃが、筆頭じゃと短気を起こしかねんからのー?」
カネヒラ「あと俺の声でお前の口調を使うなコラ」
クガネ「面白かったじゃろー? んー?」
カネヒラ「この古狸、マジでいつか潰す……!」
クガネ「のほほほ」
カネヒラ「……ツネツグ、ミツヨ」
ツネツグ「はいっ」
ミツヨ「はいっ」
カネヒラ「……まず、クガネの言う通りだ」
クガネ「?」
シロガネ「まぁ」
イズナ「筆頭……?」
カネヒラ「手段は俺らが出してやれるが、お前らの心まで変えることはできねぇ。変えられたとしたら、それは洗脳や、虚構だ。お前らの言葉は、気持ちは、お前らだけのもんだ。お前らが弱ければ、向こう百年弱いまんまだが、お前らが少しでも強ければ、向こう百年強くなれる。人ってのはそういうもんだ」
ツネツグ「……義兄さん……」
ミツヨ「……師匠……?」
クガネ「……」
カネヒラ「ケッ……お前ぇらがしみったれてっから、俺まで湿っぽいこと吐いちまったじゃねぇか」
イズナ「筆頭! その言葉、イズナも頂戴いたしました! 私は今、猛烈に感激しております!」
カネヒラ「うるせぇ万年下忍」
イズナ「万年下忍!? せ、せめて将来的には中忍などに――」
カネヒラ「お前ら、ここからが本題だ」
イズナ「一貫してシカト」
足首から崩れ落ちるイズナ。
構わず話を続けるカネヒラ。
カネヒラ「これからは三つの隊に手分けをする。一の隊、古備前同胞とムネチカの探索部隊、二の隊、クニツナの看護および後の追撃部隊、三の隊、無間衆への急襲部隊」
ツネツグ「え……?」
ミツヨ「急襲……」
カネヒラ「イズナ」
イズナ「はい……」
カネヒラ「いつまでしょぼくれてんだ、説明、後は頼んだ」
イズナ「はい……って、えぇ!?」
カネヒラ「さっき話したろ、あの通りでいいんだ。やれ」
イズナ「えぇ、でも、ひ、筆頭! 何処へ!?」
カネヒラ「厠だよ」
イズナ「な……! いちいち率直に仰らなくて結構です!」
カネヒラ「ヘッ。生娘じゃあんめぇし」
部屋を出るカネヒラ。
暫し無言の時が過ぎる。
ツネツグ「……」
ミツヨ「……」
クガネ「恥じたのかの」
シロガネ「おそらく」
ニマァと邪悪な笑みを浮かべるクガネとシロガネ。
クガネ「……ハナシの種ができたのぅ?」
シロガネ「おそらくぅ……」
イズナ「……で、では、筆頭に代わりましてこのイズナめが」
ツネツグ「お願いいたします」
イズナ「コホン。では先ず、各部隊の詳しい説明をいたします。一の隊は、我々古備前の同胞とムネチカ様を捜し、発見した場合はその救助も行います。関を越える際の諍いや、無間衆との戦闘は極力回避いたします」
イズナ「続いて二の隊、これはヤスツナ様、シノギ様のご遺体とクニツナ様を安全な場所、つまり道場へと護送する隊です。こちらも、なるべく戦闘は避けたい所ですが、已む無く戦闘に入る場合は、一の隊より多いでしょう」
イズナ「最後に三の隊。これは文字通り、無間衆に速やかに襲撃をかけます」
ミツヨ「それは、何故ですか?」
イズナ「これはまだ、不確定な情報なのですが……」
クガネ「無間衆と思わしき軍勢が、京へ向け行軍しているという情報が入った」
ツネツグ「えっ!?」
ミツヨ「無間衆が、京へ……?」
シロガネ「でもぉ、行軍しているといっても軍勢に謎が多いのですわぁ」
ツネツグ「謎?」
クガネ「人数が一度たりとも一定せん。合流や散開、はたまた消えたり現れたりを繰り返しおる。百かと思えば二百、二百かと思えば二千、五千以上という情報が入ったこともある」
シロガネ「それに、旗印がございませんので無間衆という確証もへったくれもございませんのぉ。まだまだ調査が必要ですわぁ」
クガネ「更に言えば、斥候の何人かが被害に遭ぅてもいる……動いている軍が無間衆本隊という可能性も浮上してきおったんでの。『先制攻撃を仕掛けよ』と、頭首からの命なのじゃ」
ツネツグ「父上の――」
イズナ「そこで、部隊の振り分けですが……一の隊にはツネツグ様とクガネ様、二の隊にはミツヨ様とシロガネ様、そして私イズナが。三の隊には筆頭が就いて、それぞれ行動したいと思います。それぞれの隊に数人の増援が後ほど入ります」
クガネ「儂らで十分と言ったんじゃがのぅ」
イズナ「筆頭からの要望がありまして、こればかりは私の方では何とも……」
シロガネ「相も変わらず、陰険な男ぉ」
イズナ「また筆頭の技が飛んできますよ? お二人とも」
クガネ「今度飛んできたら打ち返すまでじゃもーん」
イズナ「……と、とにかく、一の隊のツネツグ様たちはムネチカ様の救出が終わり次第、二の隊はクニツナ様が目を覚まし次第、それぞれ三の隊である筆頭に合流いたします」
ツネツグ「わかりました」
ミツヨ「はいっ――ところで」
イズナ「なんでしょう?」
ミツヨ「この振り分けの理由、訳は何かあるのですか?」
イズナ「勿論ありますよ。クガネ様とシロガネ様は、それぞれ目と耳が利くのです。そんじょそこらの草の者よりも、ずっと敵を見つける力に長けているのです。特にシロガネ様はクニツナ様の看病も兼任して頂きますので、二の隊に加わります」
ミツヨ「成る程……我々は得心いきましたが、筆頭のカネヒラ殿は手傷を負っておられます。それなのに、無間衆に切り込みに行くのは――」
イズナ「そこが、筆頭足る所以なのです。筆頭はどんなに傷ついても、戦とあらば前線に立ち、私たちを鼓舞するのです。『忍らしくない』と言われればそれまでですが、あの背見てこそ、私たちは古備前の忍として任務を遂行できるのです」
ミツヨ「イズナ殿にとって、カネヒラ殿は、憧れの存在なのですね」
イズナ「はい! たまに報告とか評定がおざなりになったりしますが、とどのつまり、あの方は尊敬に値する方です……なんて、少しお喋りが過ぎましたかね」
クガネ「本当はイズナが三の隊に入るはずだったんじゃが」
シロガネ「筆頭から戦力外通告を賜りましてぇ」
イズナ「い、言わないでくださいってば!」
クガネ「まぁ、妥当な選択じゃの」
イズナ「どよーん……」
シロガネ「では、出立は明朝。日の出と共に」
クガネ「皆の衆、今は鋭気を養っておくが良い。ではでは、邪魔したのー」
夜。厠へ立ったツネツグ。
客間へ戻ろうと角を曲がった時、前方にクガネが居るのに気付く。
ツネツグ「……クガネ?」
クガネ「ツネツグ――って、何故『数珠丸』を出すのじゃ!?」
ツネツグ「え? あ……つい」
クガネ「母、しょんぼり」
ツネツグ「何か、用か?」
クガネ「んー? いやぁの、久々に『親子の会話』でもしようと思ってのー」
ツネツグ「……」
クガネ「その様子じゃと、短い間に随分と気を擦り減らした様じゃの」
ツネツグ「……どうしてそれを」
クガネ「母じゃからの」
ツネツグ「……」
クガネ「……これから、恐らく更に厳しい状況、辛い思いをするぞ」
ツネツグ「元より、既にしている」
クガネ「ツネツグ……母はお前を心配しておるのじゃ……確かにお前は強ぅなったかもしれんが――」
ツネツグ「クガネは……ぼくの本当の母上ではないだろう」
クガネ「ツネツグ――」
ツネツグ「ぼくは、今こうして立ち向かっている。ムネチカ様だって、きっと救ってみせる……心配なんて、いらない」
クガネ「……そうか」
ツネツグ「……」
クガネ「誠……天晴じゃ!」
ツネツグ「?」
クガネ「いやぁ~さすがはツネツグ、いつの間にか立派になって母は悲しい涙から嬉しい涙に変わったが涙が止まらぬのは変わらぬぞよよよ」
ツネツグ「……」
クガネ「その意気じゃ。背中は任せよ。我らが同胞と、ムネチカ殿、共に救おうではないか。のぉ?」
ツネツグ「……あぁ」
拳を合わせるクガネとツネツグ。
クガネ「隙ありっ」
ツネツグ「ぬっ?」
パッとツネツグの手を取ると指をほどき、互いの掌を合わせる。
ツネツグ「……」
クガネ「ぬふふ。暖かい手じゃ……」
ツネツグ「……も、もう良いだろう? ぼくは、もう行くぞ?」
クガネ「うむうむ。では、また明日だの」
ツネツグ「……おやすみなさい」
クガネ「うむ。おやすみツネツグ」
クガネ「……本当に、大きぅなったの……いつの間にやら、あんなに……」
クガネ「……ツネツグ……」
第十話に続く。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。
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