真っ黒な砂時計
あるところに真っ黒な少年がいました。
真っ黒な少年は真っ黒な森の中で、世界の真っ黒な真実を教えてくれると噂されている真っ黒な砂時計を探すことにしました。
その真っ黒な森で真っ黒な少年は初めに真っ黒な兎に出会いました。
真っ黒な歯を見せて、首を傾げる真っ黒な兎に真っ黒な少年は聞きます。
「真っ黒な砂時計はこの先にありますか?」
「この先に行けば、真っ黒な砂時計はあるよ。真っ黒な砂が落ちているのか落ちていないのか分からないぐらい真っ黒な砂時計さ。それこそ、見るのも嫌になるほど真っ黒だね」
「ありがとう」
真っ黒な少年は真っ黒な兎の話を信じることにして、先に進み始めます。
程なくして、その先で、真っ黒な鼠を探している真っ黒なフクロウと会いました。真っ黒な木の枝にとまり、真っ黒な瞳を真っ黒な少年へ向けてきます。
その真っ黒なフクロウにも聞いてみます。
「真っ黒な兎にこの先に真っ黒な砂時計があると聞きました。それは本当ですか?」
「真っ黒な砂時計を探しているのかい? 残念ながらそんなものはここにはないよ。真っ黒な兎に聞いたのだろう? あいつの話は聞かないほうが良い。あいつはものすごい嘘つきやろうさ。心の中は真っ黒なんだろうね」
真っ黒なフクロウはそう言って、真っ黒な翼を広げて、真っ黒な羽根をまき散らしながら真っ黒な空へ向けて飛び去って行きました。
真っ黒な少年は考えます。
どちらかの話は嘘なのですから。
でも真っ黒な少年に真っ黒な学校に通う真っ黒なお金はありませんので、残念ながら真っ黒な少年に教養はありません。あるとすれば、どうすれば真っ黒なお金を盗むことができるか、そんな真っ黒な行為の知識だけです。
真っ黒な少年は考えても考えても答えが分かりませんでしたので、違う真っ黒な動物に話を聞くことにしました。
程なくして、真っ黒な羊に会いました。
真っ黒な角を見せびらかすように歩く毛のない真っ黒な羊に真っ黒な少年は聞きます。
「真っ黒な兎と真っ黒なフクロウに会い真っ黒な砂時計について聞きました。ですが二匹の話は違っています。どちらが正しいか分かりますか?」
「真っ黒な兎と真っ黒なフクロウはどっちも嘘つきやろうだよ。だからどっちも正しくないが正しいのさ。まあ、そうだね。僕の話を信じるかどうかは、君の心の真っ黒さ加減によるだろうけども。僕の話を聞くかい?」
「是非聞かせてください」
「真っ黒な砂時計は真っ黒な森の中央にある、真っ黒な穴の中にあるよ。でも気を付けたほうが良い。真っ黒な砂時計は真っ黒なライオン家族の手で守られているよ。真っ黒な森の真っ黒な動物たちでも怖くて近づかないほどさ」
「ありがとう」
真っ黒な少年は具体的な場所を教えてくれt真っ黒な羊の話を信じることにしました。
真っ黒な少年は真っ黒な穴を目指して、真っ黒な森の中央へ向けて歩み始めます。
しばらくの間、真っ黒な動物と出会いませんでした。
だいぶ時間が進みます。
真っ黒な森は昼であっても真っ暗ですので、時間の進みは感じられないのですが、真っ黒な少年は、もう夜になりつつあることが分かっていました。
そんな中、真っ黒な少年は真っ黒な兎に会いました。
「また会いましたね。真っ黒な兎さん」
「いいえ、私とあなた様がお会いするのは今回が初めてだと思います。それは一体誰の事を話しているのでしょうか?」
真っ黒な兎は真っ黒すぎて、その違いが真っ黒な少年には分かりませんでした。
「真っ黒な砂時計を探しています。知っていますか?」
「ええ、知っていますとも。真っ黒な砂時計はこの先の真っ黒な洞窟の中にあります。それはもう真面目で誠実な真っ黒な狼家族が守ってくれていますので、私たち真っ黒な動物たちは安心して真っ黒な砂時計を預けることができるのです」
「真っ黒な羊からは、真っ黒な穴の中に真っ黒な動物たちでも近づかないほど危険な真っ黒なライオン家族がいると聞きました」
「あなた、騙されているのよ。真っ黒なライオンなんて、この世界にいるわけがないじゃない。でも、真っ黒な狼はいるでしょう? だから私の方が正しいのです」
真っ黒な少年は確かにそうだと思い、真っ黒な兎を信じようと思いました。
その時、真っ黒なカエルがゲコゲコと鳴きながら、真っ黒な少年の頭の上に飛び乗りました。
「違う。違う。違う。真っ黒な砂時計。真っ黒な砂時計。真っ黒な砂時計は真っ黒な木の上にある。真っ黒な木の上にある。真っ黒な木の上で真っ黒なカラスが守っている。真っ黒なカラスが守っている。真っ黒なカラスが守っているから、真っ黒なカラスを殺す必要がある。真っ黒なカラスを殺す必要がある。真っ黒なカラスを…………」
「真っ黒なカエル様も嘘ばかり言います。私の方が正しいですよ。それに真っ黒なカラスなんてこの世界にいるわけがないでしょう?」
真っ黒なカラスを幾度となく見てきた真っ黒な少年は真っ黒な兎も嘘をついていると思い始めました。
だからと真っ黒なカエルの言葉も信用できませんでした。
「ありがとう」
そうお礼を言って、真っ黒な少年は真っ黒な髪に乗っている真っ黒なカエルを取って地面に優しく置きます。
そして。
真っ黒な靴で真っ黒なカエルを踏みつぶしました。真っ黒なカエルの腹から真っ黒な臓器と真っ黒な血があふれ出します。
その光景に驚いた真っ黒な兎はピィと鳴きます。
「殺しました。殺しましたね。真っ黒なカエル様を殺しましたね? このカエル殺し! あなたはなんてひどい方なのでしょう!」
真っ黒な兎はそう叫んだと思いましたら、すぐさま逃げていきます。
真っ黒な少年は満足したのか、再び真っ黒な砂時計を探すために歩き始めます。
とにかく、真っ黒な森の中央を目指そう。
真っ黒な少年はそう考えます。
再び長い時間が経ちました。
そして終に真っ黒な森の中央にたどり着いた時、真っ黒な少年はそのあまりもの真っ白な世界に目を細めました。
真っ白な丘。その真っ白な丘のてっぺんで、真っ白なシカが眠っていました。真っ白なシカは真っ黒な少年に気づきますと、真っ白な足と背中を伸ばします。
「何用か」
「真っ黒な砂時計を探しています。知っていますか?」
「真っ黒ではなく、真っ白な砂時計なら知っている」
その真っ白な砂時計は、真っ白なシカが眠っていた場所の下にありました。あまりにも真っ白過ぎて、真っ白な粉が落ちているのか置いていないのかが分からないほどです。
「それは何を知る事ができますか?」
真っ黒な少年は真っ白なシカに聞きます。
「この世界の真っ白な真実を知る事ができる」
「ありがとう。その真っ白な砂時計を探していました」
真っ黒な少年はお礼を言って、その真っ白な砂時計を貰おうと真っ白な丘を登り始めました。
「ダメだ。お前には渡せない」
「どうしてですか?」
「お前は真っ黒だからだ」
真っ白なシカの言葉が難しくて、真っ黒な少年は理解に苦しみました。真っ黒が当たり前のこの世界で、真っ黒で何がいけないのか分からなかったのです。
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
真っ黒な少年は真っ白なシカの話を無視して、再び上り始めます。
「ダメだ。とまれ。それ以上登るな」
真っ白なシカは何とかして、真っ黒な少年を止めようとします。
真っ白な丘は真っ黒な少年の真っ黒な足跡で侵食されていきます。そうやって少しずつ真っ黒な世界にある小さな真っ白な世界が消えてなくなるのを恐れているのです。
真っ黒な少年はそれでも止まりません。
真っ白なシカは怒りに震え、真っ黒な少年へ向かって走り出しました。そしてその立派な真っ白な角で真っ黒な少年を吹き飛ばします。
真っ黒な少年は真っ白な丘を転がり落ち、そして真っ黒な木の根元にぶつかります。真っ黒なリンゴが空から降ってきて、真っ黒な少年の頭に当たります。
「痛い。酷い。どうしてそんなことをするの」
真っ黒な少年は真っ白なシカへ向けて抗議します。
その時です。
真っ黒な少年の周りに、真っ黒な動物たちが集まりました。
真っ黒な兎が二匹と真っ黒な鼠を咥えた真っ黒なフクロウ、そして真っ黒な羊。見覚えがあるのはこの四匹だけですが、他にも大勢の真っ黒な動物たちが真っ黒な少年を囲みだしたのです。
そして。
牙でしたり、角でしたり、爪でしたり。それらを使って、真っ黒なカエルを無意味に殺した真っ黒な少年を集団で攻撃するのです。
真っ黒な少年は悲鳴をあげます。
「痛い! 痛い! 痛い!」
その悲鳴を聞いてくれる真っ黒な動物はいませんでした。
ですので真っ白なシカに真っ黒な少年は助けを求めます。
その真っ白なシカはすでに真っ白ではありませんでした。真っ白な箇所と真っ黒な箇所がミックスされたシカになっていました。徐々にですが、真っ白な箇所が減っていっていますので、真っ黒になるのは時間の問題でしょう。
そのシカは静かに、真っ黒な少年が死ぬその時を待っていました。
それと同時に、誰にも気づかれずに。
真っ白だった砂時計は真っ黒へと変わっていったのです。