AB-3
「おい、ニュース見たか!?
今日これから転送装置メーカーのやつが飛行機を飛ばして、地球一周に挑戦するらしいぜ」
朝に突然友達が教えてくれたニュースは、とてつもなく僕を驚かせた。
「ほんとか!? 今日のいつ!?」
「ニュースによると、今日の16時頃に東京調布飛行場跡地を飛び立って西に向かうらしい。
このコースだとここの上空を通るんじゃないか?」
確かに友人が言うように、この学校の真上が飛行機の通るコースになりそうだった。
「絶対見なきゃ」
とはいうものの、飛行機は見られても必ずしもひこうき雲が見られるとは限らない。
ひこうき雲というのは、エンジンから出る排気ガスが作り出すか、翼の後ろに出来る空気の渦が作り出すか、それも高度・温度・湿度・空気の流れ等の条件がそろってはじめて発生するようだ。
実際にこの目で見られるかどうかは賭けだった。
しかし僕の心の中ではもうすでに、広い空に一線のひこうき雲が描かれていた。
その日の授業はほとんど頭に入らなかった。
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ついにその時が来た。
カウントダウンの後、大きなジェットエンジンの音とともに機体が一気に加速して少しずつ浮いていくのを感じた。
地面がどんどん離れていくのを目の当たりにした。
すごい!
初めて経験するその感覚に、俺は鼓動の高まりを抑えられなかった。
機体は調布の飛行場跡地を飛び立ち、西に向かって高度を上げながら進んでいた。
旅は今まさに始まったばかりだ。
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僕は学校の屋上でその時を待っていた。
雲一つない、少しだけ赤みが入り始めた深い藍色の空を見上げていた。
もうすぐ来るんだ。
そして東の空の奥の方から、一つの小さい白い粒がこちらに向かってくるのを目でとらえた。
あれだ!
その白い粒はゆっくりと空の高いところを、真っ白な線を引きながらまっすぐ頭上を越えた。
ひこうき雲だった。
すごい……!
なんて素晴らしい光景だろう。
思っていたよりずっと……。
ひこうき雲が西の空に向かって引かれていくのをずっと見つめていた。
そしてあの子のことを想った。
今すぐ会いたい。
僕は腕の端末ですぐに電話をかけた。
「……もしもし」
「もしもし、僕だけど」
「うん、久しぶりだね。どうしたの?」
「今どこ?今そこから空、見える?」
「うん、見えるよ。今学校の近くの駅に着くところだけれど、それがどうかしたの?」
「東の方をよく見てて」
僕は彼女の返事を待たず、通話を切って駆け出した。
屋上から一気に階段を駆け下り、駅に向かって全力で走った。
駅に着くとそのままゲートをくぐった。
通り抜けると、そこはもう彼女の学校の近くの駅だ。
僕はそのまま走って彼女の学校に向かった。
すぐに空を見上げた彼女を見つけられた。
「約束!覚えてる?」
いきなり声を掛けられて彼女は驚いていたようだったけれど、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「どうしたの急に。何の約束?」
僕は急いで呼吸を整えて、東の空を見上げた。
「あれだよ」
先ほど西の空に見送った飛行機が、ひこうき雲を変わらず引きながら飛んできた。
「わぁ、すごい!きれい……」
彼女もようやく理解したようだった。
間に合って良かった。
そして、彼女に会えたことがとても嬉しく感じられた。
「いつかの約束、ちゃんと守りたくてさ。一緒に見られて良かった」
「ありがと。私も一緒に見られて嬉しい」
久しぶりに見た彼女の笑顔だった。
僕はこの瞬間、はっきりと分かった。
彼女が好きだ。
「行こう!」
僕は彼女の手をとり、再び駅に向かった。
そして二人でゲートをくぐり、さらに西の街へ行った。
するとまた東の空からひこうき雲が引かれていった。
一緒にこの光景をしっかりと目に焼きつけたい。そう思った。
「この光景はもう一生見られないかもしれない。だからさ、二人で一緒に見送ろうよ」
「ふふふ、いいよ」
彼女は笑って答えてくれた。
そうして僕たちはひこうき雲を見送っては西に移動し、それを繰り返して沖縄までやってきた。
空もすっかり夜が広がってきていた。ここで最後の見送りにしよう。
「ひこうき雲を見たとき、きみのことを思い出したんだよ。
それでどうしても会いたくなって……だからさ……」
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海が広がった。
ついに本機は日本を離れ、海上を航行し始めていた。
どこまでも続く空と、眼下に広がる海、俺は今ほど世界の広さを感じたことはない。
想像していたよりずっとずっと世界は広かったんだと痛感させられた。
このことを知るために俺は今まで生きてきたのかもしれないな。
そう思わずにはいられなかった。
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自伝書の最後のあとがきにはこんなことが書いてあった。
『どんな偉大な発明にも、日々積み重ねる努力にも、一つの大きな動機が必要であると私は思う。
私の場合は、遠く離れた恋人に少しでも会いやすくなりたいということであった。
動機になりうるものとは、時に夢であり、時に希望であり、時に愛であるものだ。
私は自分の歩んできた道のりに対して全く悔いはないが、一つだけ残念に思っていることがある。
それはこの発明と引き換えに、ひこうき雲をこの世界から消してしまったことだ。
見上げるたびに恋人を想わせてくれた、あのひこうき雲を』
完