第29話 シロ、クロ改名する
やっとキートに着いた。馬車の旅は8日間に及んだ。大公都は10mの防護
壁に囲まれており、東西南北に各1か所門扉があり、我々は今回東門からの入
都となった。しばらく待たされると思っていたが、衛兵が御者席にいる父イル
シャに気付き、貴族専用門に廻してくれたので、すぐに通過できた。白く雄大
な白龍城を右手に見ながら中央広場まで進み左折して商業街の方向に進んで行
く。しばらく進むと左手にハンターギツドの建物があり、その向かいは、商業
ギルドがあった。馬車は真直ぐそのまま進み左に左折すると、大商人たちの邸
宅街に行き当たる。その邸宅街の南端の屋敷に馬車は入っていった。屋敷の正
面に馬車が止まり、父イルシャが扉を開けてくれ、
「さあお姫様方、ここが今日からあなたたちの御家ですよ。早く降りて、降
りて。」と促す。
旅の間、3人はほとんど忍び装束で過ごしてきたが、今日はそう言う訳には
いかないとママに叱られ、女の子らしい普段着を着ている。しかし、そんな姿
も関係なく3人は馬車から飛び降りた。すぐに屋敷に駈け出そうとして、一人
の婦人に止められる。あとから降りてきたママが、
「さあ、あなたたち、そちらが今日から3人を何処に行っても恥ずかしくな
い淑女に指導してくださるラフィーナル婦人よ。ご挨拶しなさい。」
「アリアナです」「クロです」「シロです」「よろしくお願いします。」と
3人声を揃える。
「まあ、お人形さんみたいな可愛いお嬢様達ね。でも淑女は、馬車から飛び
降りたり致しませんよ。これからしっかり淑女の嗜みをお教えいたします。
それはそうと、マリア様、クロ様シロ様では、お名前に問題がありますが、
いかがされますか?」
「ふたりの改名は考えています。今日からクロは、クロシア・クミロワ・ロ
ーズマリーに、シロは、シロエ・クミロワ・ローズマリーに改名いたします。
いかがですか?」とママが言えば、
「それは結構なお名前です。よろしいかと思います。」と、了承される。
「ママ、ママ、ローズマリーって何なの?」私が聞くと、
「あら、あなたもアリアナ・クミロワ・ローズマリーよ。私のサード家名よ。
男の子だったら、お父様のイルシャ・クミロワ・アークレルのアークレルを
名乗るの。貴方達は女の子だから私のマリア・クミロワ・ローズマリーから
ローズマリーを名乗るのよ。」そんなこと初めて聞くよと文句を呟いてると、
「さあさあ、淑女が玄関でながながと立ち話など、するものではありません。
皆様、中に入りましょう。それから、折角お会いできたのですから、3人の
お嬢様方には、少しだけ、淑女の嗜みについて講義させて頂きましょう。」
自分たちのお部屋もまだ見ていないのに、この少しだけが、2時間にわたる
苦行の始まりだった。この日から毎朝10時にラフィーナル婦人が来て、お昼
まで、淑女の嗜みについて徹底指導され、昼食は婦人と一緒にとることで、マ
ナー教育の時間となった。お昼からはママの着せ替え人形のように、毎日ドレ
スを選びに連れ回される3ヶ月であった。これ以上続いたら確実に3人は家出
していた。やっと、ラフィーナル婦人の淑女の嗜み教育が終了し、ほっとして
いた3人は、今度はママに白龍城へ連れて来られた。そこで初めて今回の苦行
を私達に課した黒幕と対面した。
「初めまして、アリアナです」「クロシアです」「シロエです」
「まあ、ようこそ、私が貴方たちのおばあちゃんよ。マリアさん、よく連れ
てきてくれました。さあ、もっと側に来てお顔を良く見せてちょうだい。3
人ともなんて可愛いんでしょ。ダルシャもタキア達も自分達だけでニューセ
ルムまで飛竜で飛んで行って、何度も貴方たちに会いに行ってるのに、一度
もわたくしを連れて行ってくれなかったのよ。わたくし、一人で飛竜になん
か乗れませんもの、あの5人に内緒で貴方たちのママにお願いして、キート
に引っ越しして頂いたのよ。」と言いながら私達3人を抱きしめる。
3人を心行くまで抱きしめてから、私たちの顔をじっと見つめて、
「貴方達、この白竜城でおばあちゃんと一緒に暮さない?」と、とんでもな
いことを言い出す。突然の提案に慌ててママは、
「すみません。それはちょっと出来かねます。この子たちは既にAランクハ
ンターとしてギルドにも承認されており、まだまだ訓練が必要です。どうか
その提案は、ご容赦下さい。」と、拒否してくれた。
「解っていますよ。でもね、この大公家には、私以外家族と呼べるのは、男
ばかりなのよ。まあ、私が男ばかり5人も生んだのが、悪いんだけど、何も
楽しくないんだもの。長男から4男まで、嫁も娶らず戦いばかりに精を出す
戦闘バカにダルシャがしてしまった所為よ。まあイルシャもあまり変わらな
いけど、貴方と結婚してくれたから、他の子達よりましよ。」と嘆く。
「でも、これからは、キートに住んでいますので、ちょくちょくお顔を拝見
に来させて頂きますので、それと、まだ大公様には報告していないのですが、
キートへの移動途中に、ハイエルフとヤグル族の戦いに遭遇しまして、その
経過と原因を大公家も記憶しておいた方がよろしいかと考えますので、少し
お時間を頂けますか?」と、ママが言う。
「もちろん、お伺いするわ、『ああ、侍女長、お茶の用意をしてちょうだい。
たしか、ケーキもあったらお願いね。』さあマリアさん、詳しく話してちょ
うだい。」
ハイエルフ騎馬隊のヤグル族殲滅戦についてママが詳しく大公妃に説明し出
したお蔭で、やっと解放された私たちは、おいしく紅茶とケーキを堪能するこ
とができた。話を聞き終わったセリーヌ大公妃は、
「これは、大公家の者達に周知させておいた方がいいですね。いいでしょう
私が男どもを呼んで、今日にでも知らせましょう。」
「はい、それではよろしくお願いいたします。私たちはそろそろお暇させて
いただきます。」とママがいうと、「もうすこし、ゆっくりしていってもい
いのに。」と、引き留められたが、辞退して退出することが出来た。




