第26話 初めての馬車の旅①
なかなか進まない。
ごめんなさい。
大公都キートへの引っ越しは、まず、ニューセルムのハンターギルドに報告
に行く。ギルドマスターの泣きながらの引き留めに、「キートのハンターギル
ド経由で優先して指名依頼は受けるから。」と宥め賺して受理される。
そりゃあ、クミロワ大公国唯一のSランクハンターチームと、将来有望なA
ランクハンターチーム【忍者3姉妹】が同時に抜けるんだから、泣けてくるの
もよく解る。キートとニューセルムの間は馬車なら8日かかるが、フライで飛
べば3時間弱で着けるから、ちょくちょく屋敷を見に来るからと、忍者3姉妹
もギルドマスターを慰めた。そんなこんなで、いろいろ整理してキートに向か
ったのは2日後であった。
「いつもは 風魔法のフライで行き来してたけど、荷物も結構あるから今回
は馬車になります。」と母が言えば、父イルシャが「荷物なんて俺のアイテ
ムボックスか、皆の獲物袋に入れれば、問題ないのに可笑しなことを言う。」
と突っ込めば、「私が、アリアナやクロとシロと一緒に、ゆっくり馬車の旅を
したかったの。そのために大商人が使うようなこんな立派な馬車を買ったんだ
から。なんか文句有るの?」ちょっとふくれて母が言うと、「いえいえ、文句
なんて有りません。が、いくら立派な馬車でも俺は御者しなくちゃなんないじ
ゃん。」後半は、聞こえないような小声で父が呟く。ここは聞かなかったこと
にする。
ニューセルムから大公都キートへつづく街道は、その途中にさまざまな種族の
集落が存在するようになった。10年前からの呪樹海の恵みがニューセルムを潤
しだした事から、キートとの流通が活発化し、最近では、セルム湖の水産物まで
キートに大量に送られている。もはや、ニューセルムとキート間はクミロワ大公
国の大動脈と言える物流の重要街道なのである。故に、キートとニューセルムの
ハンターギルドでは、定期的に街道沿いの魔物駆除を実施しており、大公国騎馬
隊も巡回しているので、最も安全な街道となった。その御陰で、街道沿いにいろ
んな種族の集落が自然発生的に増加した。
ニューセルムを朝一番に出発して6時間経ち、アリアナもクロもシロも、最初
のうちは、窓からの景色の移り変わりにキャーキャー騒いでいたが、することが
なくなり、大型高級馬車といえど振動はかなりのもののため、お尻が痛く、お腹
を揺られ続けたために気分が悪くなっていた。やっと、道の側の空き地に馬車が
停まり、お昼と休憩になった。3人はよろめくように馬車から這い出し、平気な
顔のママとポリーさんに「こんなことならフライで飛んで行ったほうが楽なのに」
と、恨み言をいうが、ママが、「何言ってんの、これから何度もこういう旅をし
なくちゃならなくなるのよ。何でも魔法に頼っちゃだめ!乗り物酔いなんて、慣
れちゃうと、どうってことないよ。」と言いながら、獲物袋から何か取り出して、
3人に一個づつ手渡してくれる。「何これ?」と私が聞けば、「乗り物酔い止め
のポーションよ。」と聞いたので、3人ともすぐに飲む。
「うえぇ」「ぐふぁ」「おえぇ、苦い」3人同時に声をあげる。
「ふふふ、良薬は口に苦しです。まあ、乗り物酔い止めのポーションは一番安い
ポーションですから、味の工夫なんてしていません。でもよく効きますよ。」と
楽しそうにママが言う。私はこんなにも性格に問題のある人から生まれたのかと
口には出さないが、心で呟きながら、水で口をすすいでいた。シロとクロも涙目
になって口をすすいでいる。しかし、すぐに気持ち悪かった乗り物酔いは収まっ
ていた。3人とも酔いが収まったら急にお腹が空いてきた。肉、新鮮な肉が食べ
たいと意見が一致する。最大検索範囲20キロで、獲物を探すと、南西19キロ
のところにバッファローの群れを発見した。パパとママにそのことを伝え私達で
一頭狩ってきてお昼の食事にしようと言うと、解体と調理の準備をしておくから
すぐに狩ってきてと言われた。私とシロとクロの3人はすぐに風魔法フライを使
って全速力で飛んだ。「チェスト-」突然クロが急降下して小太刀ぼたんを振り
抜く。よく見ると、バッファローの群れまで残り2キロのこの下に、はぐれバッ
ファローの雄が一頭いたのだ。それを見つけたクロが急降下して、小太刀ぼたん
の一振りで首を刎ねてしまった。先を越されたシロと私は、クロの傍に降下して
獲物を確認する。この世界の野生動物は、概ね地球のものよりサイズが大きい。
このオスのバッファローも体高3m、頭から尻尾まで5mの大物だった。クロが
獲物袋に収納したので、3人手をつないで転移魔法を使い馬車の傍に戻る。
「あら、ほんとに早かったわね、じゃあ、あそこに出して、解体しましょ。」と
ポリーさんの言葉に、「はい」とクロがバッファローを獲物袋から出す。「新鮮
なお肉、新鮮なお肉」と言いながら、魔短剣を取り出してポリーさんが解体に取
りかかる。慌てて、私達3人も魔短剣を取り出し解体を手伝おうとすると、ママ
が私達の持つミスリル鋼魔短剣を指さし、「良いなあ、皆お揃いの短剣持ってる。
私にはくれなかったのね。悲しいな」と拗ねだした。「ああもう、ママとパパの
ミスリル鋼短剣は作ってあるから、後であげるから拗ねないの。」と言うと、笑
顔になって、「別に拗ねてないもん。じゃあ、後でちょうだい。」と言って、料
理の準備に戻った。わが母親だけど、ほんとうにもう子供なんだからと思ってし
まう。
いろいろ有ったが、バッファローのステーキは美味しかった。シロとクロそれ
からポリーさんは、3枚も食べていた。私とパパとママは2枚平らげた。2時間
近く食事休憩を取ってしまったので、急いで馬車の旅を再開する。




