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わたしのすべて

作者: こーちゃん




 この国の王子と結婚することが、私の生まれた意味だった。

 近年、我がナーディル家は他の公爵家に比べ廃れている。ここ三代ほど王の側近を排出出来ず、重要な役職に就いている身内と言えば財務大臣の叔父くらい。

 このままでは公爵家と名乗れなくなるかもしれない。そんな危機感を抱いたナーディル家の親族一同は私という存在にある希望を託した。




 この娘を次期王妃に。




 幼い頃から王妃になるためだけに育てられた。泣き言は許されず、覚えられなかったり間違えたりすれば物置小屋に一晩閉じ込められた。そうして私が12歳になったとき王子の婚約者候補に選ばれ、16歳になった一昨年、ついに正式な婚約者に選ばれた。

 そして、この学園を卒業すれば晴れて結婚するはずだった。それなのに、卒業パーティーで王子は私ではない女子生徒を伴っていた。




「どうしてなのですかウィル様」




 それでも泣くまいと歯を食いしばりながらウィルに尋ねた。




「ナターシャ、私はこの娘を愛してしまったんだ」




 ウィルはまるで夢を見ているかのように惚悦とした表情を浮かべた。

 彼は自分が物語の中にいるように錯覚をしているのかもしれない。ナターシャは絶望にくらり目眩がした。




「わ、わたくしは、私はどうなるのですか?」




 それでも泣かないように、声が震えてしまわないようにナターシャは手をぎゅっと握りしめる。爪が食い込んで痛かったけれど、それに構う余裕はなかった。




「望んだ結婚ではなかっただろう? だから、君も好きな人と結ばれるといい」




 そう言って無邪気に笑った彼は、その言葉がナターシャを殺すとは露ほども気がつかない。




「婚約を破棄……されるのですね?」


「あぁ。父上には今日、伝えるつもりだ」




 国王はパーティーの途中から参加する。ウィルはそのとき彼女を紹介するつもりなのだろう。

 背後から家族と親族の視線を感じ、ナターシャは自らの死を悟った。




「ウィル様……どうかお幸せに」




 文句を言ってやりたかった。お前のその一言で私の命は消えるのだと。

 だが、今までずっとウィルに好かれるよう施された教育がそれを許さなかった。ナターシャはいつも通り完璧な笑顔を浮かべ二人を祝福した。




『お前は王妃になるんだ』


『王妃になれなければ貴女を産んだ意味がないの!!』




 未だに振るわれる暴力はドレスに隠れる範囲にだけ痣を作っている。ウィルがとなりにいる男爵令嬢のエレナと噂になったときは意識を失うほど殴られた。それでも、まだ正式な婚約者だったから生き長らえたのだ。

 だから、ナターシャは今夜殺されるだろう。

 怒り狂った父と母に。




『王妃になれなければお前は死ぬと思え!!』




 ドレスの裾を握りしめ、ナターシャは大きく息を吸い込んだ。




「ウィル様、どうか、どうか私に情けを掛けて下さい。私を家族の目の届かぬところまで連れ出して欲しいのです」


「なぜだ?」


「……わ、私の好いている方は貴族ではないのです。だから私はここから逃げ出したいのです」




 嘘だった。ナターシャに好いた男などいない。だが、ここから逃げ出すために形振り構っていられなかった。




「なるほどな……いいだろう。エレナも一緒で構わないか?」


「もちろんです」


「わかった。では、とりあえず庭に出るか」




 ウィルがエレナをエスコートし、庭先へと向かう。ナターシャは二人の後に続いてゆっくりと歩いた。

 幸い、両親はウィルがいるからか近づいては来なかった。




「ふむ、ここからどうするか。衛兵がいるから門には行けないし……そうだ、秘密の通路を使うか」


「秘密の通路ですか?」


「何代か前の王がね、愛人と密会するために作った通路があるんだよ」


「まぁ、王様でもそんなことをされるんですね」




 ナターシャが緊張しているのがバカらしくなるほどにウィルとエレナは二人だけの世界を作る。それを眺めているとナターシャになんとも言えない感情が込み上げてきた。



 ウィル様のことは正直憎いとさえ思う。でも、それと同時に二人を見ていると私は……




「羨ましい」




 私にもエレナさんのようにウィル様から愛される未来があったのかもしれない。




「わたくしは、なにを間違えたのかしら」




 二人には聞こえないよう小さく呟いて、ナターシャは唇を噛み締めた。


 私の人生は、エレナさんとウィル様が出会った、たった一年という月日に劣るのね。

 その事実がナターシャの心に深く突き刺さった。



「着いたよナターシャ」


「ここ、が?」


「ふふ、通路があるようには見えないだろう? でもね、ここに刺のない薔薇が咲いているんだ。だからここをこうしてっと」




 城の東にある大きな薔薇園にたどり着いたウィルはおもむろに真っ赤な薔薇の咲いた一角に手を突っ込んだ。薔薇にある刺が当たる未来が頭を過りナターシャとエレナは思わず目を瞑った。




「ほら、ここを抜けていくと城を出られるよ」




 ウィルの何でもないような声に恐る恐る目を開ける。

 するとそこには薔薇で出来たトンネルの通路があった。腰ぐらいの高さしかないが、今のナターシャにとってそれはたいした問題ではなかった。両親たちから逃げられさえすればいいのだ。




「本当はね、知っていたんだよナターシャ」




 お礼を言って薔薇のトンネルをくぐろうとしたナターシャを呼び止めるようにウィルが話始めた。ナターシャは意味がわからずウィルの顔を見ようと振り返ろうとした。

 しかし、そのままで聞いて欲しいとウィルが言う。だからナターシャは仕方なく薔薇のトンネルの中で座ることにした。




「ねぇ、ナターシャ。ナターシャは私のことを愛していかい?」


「も、もちろんでごさいます」


「嘘だね。……いや、ある意味それは本当で、だけどそれは恋ではなかった。強迫観念。洗脳。どの言葉が当てはまるのかな」




 後ろでガサガサと音がする。おそらくウィルがこの通路を隠しているのだろう。

 ナターシャは濃い薔薇の香りに目眩がした。




「君の家はだいぶ前から目をつけられていたんだ。君が生まれる前に王家から密偵も送ってあった。……君がどんな風に育てられたのかを私が聞いたのは正式な婚約者になる1ヶ月ほど前のことだったよ」


「……」




 心臓がどくり、どくりと音を立てる。

 ナターシャはゆっくりと目を閉じた。




「私の妻になるためだけに育てられた娘。報告書にはそう書かれていた。最初は意味がわからなかったよ。婚約者候補の娘たちだって私の妻になるための教育をされる。君と何が違うのかってね」




 深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。しかし体が震えて上手く出来ない。

 ナターシャは自分を抱き締めるように顔を膝に埋めた。




「エレナ、すまないけれど君は会場に戻っていてくれるかい? もうすぐナターシャを探しに誰かがくるだろうから……君を巻き込みたくないんだ」




 わかりましたとエレナが小さく返事をする。彼女はおそらくナターシャの家についてなにも知らなかったのだろう。戸惑うような気配を感じた。




「王妃になることが君のすべてだった。それを疑問に思うことも許されない環境で育てられた。……私が言うのも可笑しいかもしれないが君は完璧だったよ。王妃に成るに相応しい」




 だけど、と彼は言葉を続けた。




「君は私の妻になるためだけに育てられたが、君は生まれたときから王妃には絶対に成れない運命だった」




 ナターシャの家は王の命を救い国を救った英雄が公爵の位を賜ったことから始まった。

 国と王を救った英雄が身内にいる。それだけで今日まで公爵家でいられたのだ。


 しかし、それも時が経つにつれ変わってきた。

 能無し公爵。

 ナターシャの父はそう呼ばれている。


 昔の栄光にすがり、自分達がなにかをしようとしない愚かな公爵家。

 ナターシャがウィルの正式な婚約者になってからその噂は聞かなくなったが、公爵の位を剥奪されるのではないかという噂すらあったのだ。




「君の家、ナーディル家はこの国を裏切ったんだよ」




 ウィルのその言葉にナターシャは閉じていた目をゆっくりと開ける。




「知っていたのですね」


「ああ。証拠も掴んである。だから今日、君との婚約を破棄しなければいけなかった」


「犯罪者の娘と婚約しているだなんて不利益ですものね」


「……私がなぜ君を婚約者に選んだかわかるかい?」


「証拠を掴むためでは……?」


「打算がなかったわけではない。事実、婚約者ということで得られた証拠もある」


「ええ、だから私を婚約者に」


「だが、それでも君を婚約者にするのはリスクが大きかった。周囲からも反対の声があったしね」 




 遠くの方からナターシャを呼ぶ声が聞こえた。もうすぐここにやってくるかもしれない。




「ナターシャ、私は君のことを…ーー」






※※※






「ねぇ、知ってた? 今の王妃様は隣国の王家の血を引いてらっしゃるそうよ」


「ええ! 隣国って言えばうちと戦争になるかもしれないって噂があったところじゃない」


「そうなのよ。だから王妃様のおかげで戦争は回避されるそうよ! その上、隣国と和平を結ぶかもしれないんですって」


「あら、じゃあうちの旦那は戦争に駆り出されないのね。良かったー」




 ナターシャが王都から逃げ出して数年がたった。

 当初はウィルからの援助があったが、いまではもうその援助も必要ないほどに成長した。近くの雑貨屋で働き、家賃や食費を賄う。貴族だった頃の生活を思えば貧しい生活だったが、自由であるということは思いの外ナターシャを喜ばせた。




「おはようございます」


「あら、ナターシャおはよう!」


「おはよう、ナターシャ」


「何のお話をされていたんですか?」


「今の王妃様が隣国の王家の血を引いてらっしゃるって話だよ」


「おかけで戦争にならないらしいしウィル様には感謝だよねぇ」


「ほんとほんと。男爵の娘と結婚するって聞いたときは驚いたけど、まさか王妃様が隣国のお姫様だなんて」


「恋に溺れた馬鹿な王子かと思ってたけど神様に愛されてるんだねウィル様は」


「ナターシャもそう思わないかい?」


「……」




 初めて聞いた話で、ナターシャは思わず言葉を失った。

 あの時、ただの男爵令嬢だと思っていたエレナが実は隣国の王家の血を引いていたとは。


 彼女の方が私よりもよほど王妃に相応しかったのね。


 敗北感のような、えもいわれぬ感情が込み上げる。




「ナターシャ?」


「あ、えっと、その……ウィル様には幸せになって頂きたいですね」


「はは、そうだねぇ。この国を救った英雄だからね」


「隣国と戦争になっていたらこの国に勝ち目はなかったからねぇ」


「準備がありますので、失礼します……」




 ふと、気になったことがあった。薔薇園でウィルと別れたとき、彼は何かを言おうとしていたのだ。

 あのとき、ウィルはナターシャに何と言うつもりだったのか。

 そう考えて、ナターシャは首を振った。




「私にはもう、関係ないもの」




 そう、ナターシャはもう彼の婚約者でもなければ貴族でもない。今さらたらればを考えたところで意味などないのだ。




「ナターシャ!」




 ナターシャの暗い気持ちを打ち払うかのように勢いよく店の扉が開かれた。ナターシャが驚いて振り返ればそこにはいかにも冒険者という風貌の青年が立っていた。




「ロベルト、どうしたの?」




 青年の名前はロベルト。見た目通り、冒険者だ。




「聞いてくれよナターシャ!! ついに、ついにやったんだ!!」




 ロベルトは興奮したようにナターシャを抱き締め、そのまま何度も跳び跳ねた。ナターシャはなにがなんだか分からずに目をパチパチとさせる。




「ろ、ロベルトどうしたの?」


「俺、ついにA級の冒険者になれたんだ!!!」


「え……ええ! すごい!」




 冒険者にはランクというものが存在する。

 S、A、B、C、D、Eと分けられており、最初はEから始まる。そしてCランクになると冒険者として一人前とされ、Aランクはその中でも一握りの冒険者にしかなれないとされている。Sランクはその上の存在で、現在は世界に3人ほどしかいない。




「それでさ、約束覚えてる? Aランクの冒険者になったら俺と結婚してくれるって約束」


「う、うん……」




 ロベルトはナターシャがこの町にきてすぐに出会った冒険者だ。手っ取り早くお金を稼ごうと冒険者登録したかったナターシャを危ないからと思い止まらせてくれた人。

 その上、住み込みで働ける今の雑貨屋を紹介してくれた。

 ウィルからの援助で暫くは働かなくても暮らしていけるだけのお金があったとはいえ、働く場所を得られたということがナターシャを安心させた。




「ナターシャは冗談で言ったと思っているだろうけど、俺は本気だよ。俺と結婚して欲しい」


「わ、私ロベルトに秘密にしていることがあるの」


「うん」


「それに家族もいないような得体の知れない女よ」


「うん」


「それに、それにね、私は……私は」




『王妃になることだけを考えろ!』


『王妃になることが貴女のすべてよ!!』




 両親の言葉がフラッシュバックする。

 私のすべて。

 王妃になることがすべてだった。




「もう、なんにもないの」




 王妃になれなかった私は空っぽになってしまった。


 ただ漠然と生きる毎日。仕事がなければナターシャはただの脱け殻になっていたかもそれない。

 生きたいという思いで両親の元から逃げ出したが、本当は両親と共に罰を受けるべきだったのかもしれないと何度も後悔した。


 ナーディル家はナターシャが逃げ出した後、隣国との戦争を助長させたことやそれまでの悪事を暴かれ処刑された。ウィルのお陰かはわからないが、その中にナターシャも含まれていたことになっており、貴族としてのナターシャは既に死んだことになっている。


 なぜ、ウィルはナターシャを助けたのか。

 あの日以来ウィルと直接会ったことはない。数回、ウィルの配下の者がやってきてナターシャに家や金銭を与えてくれた。それもここ2、3年ほどは来ていない。おそらくもう援助はいらないだろうと判断したのだろう。




「私にロベルトはもったいないわ」




 こんな、なにもない女なんて。そう思ってナターシャは身を引く。

 しかしロベルトがそれを拒むように強く腕を引いた。




「もし、本当にナターシャがなにもないって言うなら……そこに俺を入れてくれないか? 俺がナターシャの全部になってあげる。そしていつかはその中に俺以外の大切なものも増やしていけばいい」


「ロベルト以外も……?」


「そう、だって家族になったら子どもができるかもしれない。夢もできるかもしれない。俺だけっていうのも嬉しいけど、ナターシャにとって大切なものが増えるのは俺にとっても大切なものが増えることだから」


「で、でも……」


「ナターシャは、俺のことが嫌い?」


「そんなわけ」


「じゃあ、好き?」


「っ……」


「俺が幸せにするから。だから、好きって言って」




 真剣な眼差しで見つめられ、ナターシャはついに小さな声で呟いた。




「私も……私もロベルトが好き」










 それからナターシャはロベルトと結婚し、その翌年には子どもにも恵まれた。

 それから何十年とナターシャとロベルトは仲睦まじく寄り添い、ロベルトが息を引き取った晩年にはナターシャも後を追うようにその生涯に幕を閉じた。




『ねぇ、ロベルト。私の大切なものは沢山増えたけれど、やっぱり一番は貴方だけなのよ』




 だから貴方がいない世界では生きていけないの。




『だって貴方は私のすべてだから』












 ウィルはその報告書を読み、これでよかったのだと自分を納得させた。




「戦争も回避され、ナターシャのことも守れた……それでいいではないか」




 自分が、ナターシャに恋さえしていなければ。



 元々、ナターシャはウィルの婚約者にはなれないはずだった。王家はエレナという存在を既に知っており、最初から婚約者にはエレナをあてがうつもりだったのだ。

 そして、その婚約を発表するのと同時にナーディル家を断罪するはずだった。




『おとうさま、ぼくはあの子とけっこんしたいです』




 まだ一人称がぼくだった幼い頃、ウィルはナターシャに一目惚れした。

 儚くも美しい彼女がどんな境遇にいて、どんな風に育てられていたかも知らず、ウィルはその願望を口にした。




『ウィル、あの娘はダメなんだよ』




 父にそう諭されたが、ウィルは嫌だ嫌だと首を振った。普段は我が儘を言わないウィルがそこまで言うのならと父は折れたのだ。

 しかし、決して結婚はできないよと忠告して。




 その言葉の意味を知ったのはかなり後になってからだった。

 父から渡されたナーディル家の調査報告書を読んで思わず絶句した。ナーディル家は近々この国を裏切り、隣国に寝返るつもりだという。ナターシャが王妃になればナターシャがウィルの弱みになると踏んでのことだった。ナーディル家は他にも多くの悪事を行っており、ウィルにも救う手だてはなかった。




『ナターシャは、ナターシャはどうなるのですか!?』




 ウィルの疑問に答えたのは母だった。ナーディル家をこちらが生かせば隣国と戦争になり甚大な被害が出る。また、ナーディル家を処刑すれば隣国との戦争を先伸ばしに出来るが火種は残る。




『戦争は避けられないのですか……?』




 ウィルは王子として母に尋ねた。

 隣国はこの国よりも大きな国だ。戦争は回避するべきだろう。




『戦争を避ける方法は一つだけ。隣国の王家の血を引くエレナという男爵令嬢をお前の妻にするのです』


『エレナ? 男爵令嬢がなぜ隣国の王家の血を引いているのですか?』


『隣国の王が昔この国の式典に出席した時、男爵の妻と一夜の過ちを犯したそうです』


『男爵とは数年も身体の関係を持っておらず、それなのに男爵の妻は妊娠した。……彼女はすぐ夫である男爵に謝ったそうだ。そして、男爵は私たちにその罪を告白した』


『ですが隣国はそのような事実はないと否定するかもしれません』


『証拠が、あるのだ。男爵の妻は隣国の王からある指輪を渡されていた』


『まさか……?』


『ああ、そのまさかだ。彼女が受け取ったのは隣国の王位継承者のみ持つことを許された指輪だ』


『隣国の王は愚かにも本気の恋をしてしまったようですね』


『エレナをお前の妻にするというのも隣国の王が提案したことだ。そして、もし無事に戦争を回避した暁には、男爵の妻を側妃に欲しいと』


『ウィル、お前ならこの意味がわかるな? 男爵はこの件について既に了承済みだ』




 ウィルはその時のことを生涯忘れないだろう。なぜならその時、ウィルはこの国の次期王として初めて決断したのだから。




「ナターシャ私は君のことが……ずっと好きだった」




 報告書にはナターシャの近況と、ロベルトという冒険者と結婚したことが書かれていた。

 ナターシャを城から逃がすことができたのは奇跡だった。あの時ナターシャが逃がして欲しいとウィルに言わなければ、ナターシャはナーディル家の一員として処刑されていたかもしれないのだから。




「だが、私は……この国の王に成る者。この国が、わたしのすべてだ」




 だから、君が自ら逃げるという選択をしてくれて嬉しかった。

 ウィルは報告書の文字を指でなぞり、優しく微笑んだ。







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― 新着の感想 ―
[一言] ナターシャもウィルもそれなりにつらい思いをしてると思うんですが個人的には男爵が不憫でなりません。 妻に裏切られそして取られる不憫です。男爵には幸せになって欲しいです。
[一言] >それなのに、卒業パーティーで王子は私ではない女子生徒をエスコートした。  エスコートの意味は人に付き添っていくこと。また、その人。主に男性が女性を送り届けるときや、儀礼的護衛についていう。…
[良い点] ナターシャ視点の前半は存在意義喪失のほろ苦さと愛する人できた幸せがきれいに書かれたと思います 後半のウィル王子視点は「個人の思いより王家の立場優先せざるを得なかったつらさ」がにじみ出て味…
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