桃尻JKと密室の死闘
「んだ、テメ、コルァ!」
「やんのか、コルァ!」
「上等だ、コルァ!」
「ケツ出せコルァ!」
「テメから出せ、コルァ!」
「既に出してるわ、コルァ!」
「フライングだぞ、コルァ!」
「うるせぇ! ケツでもくらえコルァ!」
不意に、市バスの中で小競り合いを始めたマッチョガイ8名。
なんと、彼らは車内で『おしくらまんじゅう』を始めるという暴挙に出た。
バチーン、バチーン!
引き締まった大臀筋同士が衝突し、不穏な音が車内にこだまする。
その激しさに恐れをなしたのか、他の乗客たちはじっと俯いたまま、目を合わせようともしない。
運転手ですら、何の注意も行わなかった。
結果、車内はおしくらまんじゅう地獄と化した。
そんな中、一人の少女が座席から腰を浮かせた。
彼女は高校生である。
成績も悪くなく、素行も比較的良好だ。
しかし、彼女には致命的な欠点があった。
出席日数が、足りていないのである。
一日・二日の補修で帳消しにできるレベルではない。
ヘタすりゃ留年と言う事態にまで、彼女は落ちぶれてしまっていた。
本日、寝坊により午前の授業を欠席した彼女に猶予はなかった。
午後の授業に遅刻したら、丸一日欠席という扱いになってしまう。
だから、どうしても次のバス停で降りる必要があった。
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
「すみません! 降ろしてください!」
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
空しくも、その声はケツとケツの衝突音に掻き消された……。
こうなると、彼女に選択権は無い。
その怒涛の戦火の中に身を投じることを余儀なくされた。
「南無三!」
彼女は空のカバンを防空頭巾のように頭から被ると、男たちの戦場へと突進していった。
果敢にもケツとケツの間に、その身をねじ込む。
脳裏にはBoaの『VARENTI』が流れ始める。
これは彼女のカラオケにおける十八番であった。
『ターイトなー♪』
バチーン!
『ジーンズにー♪』
バチーン!
『ねーじーこーむー♪』
バチーン!
『わたーしと、いーう、♪』
バチーン!
『た・た・かう!♪』
バチーン!
『バーディー!♪』
バチーン!
バチーン!
バチーン!
バチーン!
しかし、悲しいかな……、
……その身をねじ込むのは『タイトなジーンズ』ではない。
益荒男どもの、屈強な『尻の隙間』である。
そのことは、無論、彼女自身にも分かっていた。
「どぐうぅッ!」
と叫びつつ、彼女は弾き飛ばされた。
凄まじいケツの圧力、すなわちケツ圧により、無残にも後部座席に叩きつけられた。
「ゴボォ……(エア吐血)」
もはや、立ち上がる力は残っていなかった。
身体的な力だけでない。
精神的な力まで、彼女は失ってしまっていた。
心が、折れてしまったのである。
――父さん、
――母さん、
――ごめんなさい……
――私は、悪い子です……
――男たちの尻に屈し、
――留年する不幸をお許しください……
諦観の涙が、彼女の両頬を濡らした。
そんな彼女の耳に、微かに届く声があった。
ケツがバチる騒音の中で、ただ一つ拾えた声があったのだ。
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
バチーン! バチーン! バチーン!
声の主は齢90に達しようかと言う老人であった。
彼は優先座席から立ち上がると、
徐にベルトを外し、
ズボンを脱ぎ、
アテントをパージした。
アテントの下には、燃えるように赤いフンドシが締められていた。
――まさか、
――このおじいさん、
――そんなTIGHTなBODYで戦うというの?
(無謀である!)
誰もがそう思った。
しかし、奇跡はすでに起こっていた。
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
『おしくらまんじゅう、押されて泣くな』
……聞こえてきたのは大合唱。
それまで黙りこくっていた他の乗客たちが、一斉に不条理に立ち向かい始めたのである。
一人の尻では敵わなくとも、みんなの尻が合わされば、益荒男のケツも凌駕し得る。
じつに、デモクラシー的な発想である。
一人の少女が巻き起こした奇跡と言えよう。
大きいお尻、
小さいお尻、
柔いお尻、
堅いお尻、
みんな違って、
イイ尻だった。
少女は個性豊かな尻の波に押し出された。
そして再度、荒ぶる益荒男のケツにその身を捻じ込んで行ったのである。
苔生した岩の様に頑強な生尻が、容赦なく彼女を研磨した。
しかし、彼女は泣かなかった。
「おしくらまんじゅうは、泣いたら負けなのよ!」
彼女は不屈の精神でケツの荒波を掻い潜り、ついに降車口まで達することが出来た。
完璧な勝利であった。
乗客たちは一斉に拍手をした。
益荒男たちも、照れくさそうに手を叩いている。
「おめでとう」パチパチ「おめでとう」パチパチ
「おめでとう」パチパチ「おめでとう」パチパチ
「おめでとう」パチパチ「おめでとう」パチパチ
「おめでとう」パチパチ「おめでとう」パチパチ
「おめでとう」パチパチ「おめでとう」パチパチ
「おめでとう」パチパチ「おめでとう」パチパチ……
「みんな……ありがとう……此処、降りたかった停留所じゃないケド……」
彼女は涙を流していた。
それは諦観の涙ではなかった。
勝利の涙であり――、
――留年の涙でもあった。